鈴村廉造 3


「そもそも、研究が始まったのは、とある花が発見されたから。その花は、衰弱している生き物の生命力を上げる、という神秘の青い花だった。まあ、その効果は微々たるもので、特に人間には効き目が悪かったから、その花の効力を強めて、不老不死の薬を作ることができるのではないか、と考えた愚かな人間どもは、研究員が実験台となり、何度か完成した薬を飲んだ。まあ、何の効力もなくて、そのまま失敗したと思われていたけど、実験に参加していて、そのときに妊娠していた研究員の1人が、その後子どもを産み落とした。その子どもは、その花と同じ、青い瞳を持っていた」


「その子どもを調べてみると、不老不死ではなかったものの、不思議な力があることがわかった。それは、青い花を変質させる力だった」


「子どもが泣き喚けば青い花は棘を出し、子どもが笑えば青い花は満開になった。そう。その子どもは、青い花と一心同体だった」


「青い花の蜜を使って実験をする側としては、その時々によって変容する花の扱いが難しくなって辟易していただろうけど、逆に考えると、その子どもを上手く育て上げれば、その花からどんなものでも作り出せるようになる。目指している、不老不死にも手が届く。人を生き返らせることだってできるかもしれない」


「そこで、研究員どもは『青花会』という宗教組織を作り出した。『病が治る』だの『若返りの秘術』だの、そういうものを謳い文句にして、ね。そして、子どもを神様に仕立て上げた。無垢なものとして扱い、人々の賞賛を浴びせ、清く尊いものへと変化させるために」


「……なるほど。青花会の成り立ちについてはよくわかった」


 ひとまず、神妙に頷いておく。あまりにも予想外な真相だったため、全てを呑み込むにはまだ時間がかかりそうだったが。

 それをわかっているのかわかっていないのか、再びほしのは話を続ける。


「でもね。青花会は、少し大きくなりすぎた。入信者は寮に住まわされ、さらに、行方不明者も多くいた。……恐らく、実験で亡くなったのかな? しかも、神様、と呼ばれていた子どもを虐待していた。そもそも、それ以前から随分と怪しまれていたから、警察に目をつけられて、潰されたってわけ」

「……待て、それはおかしいぞ。その子どもと青い花は連動していて、虐待なんて受けていたら、青い花が枯れてしまうのがオチだろう。虐待は、不可能なはずだぞ」


 頭をフル回転させて呑み込んだ情報の中に、矛盾する点を見つけて、俺は素直に疑問を口にする。ネットで調べた情報によると、神様と呼ばれていた少女は、日常的に暴行を受けた痕が残っていたらしい。もしも、彼女が痛みにもがき苦しんでいたのならば、青い花はそれと連動する筈だった。


「……やっぱりあなたはかしこいね」


 ほしのは俺を興味深そうに見つめる。

 そうなのだ。俺は、小中高と勉強がよくでき、普通なら、今頃高学歴で素晴らしい人生を送っていた筈の人間だ。この見た目のせいでいじめられ、家から出られなくなってしまっただけだ。

 そうだ、俺は優れた人間なのだ。

 

「ねぇ。青花会が、教会に入るのを禁止していた人間はどういう人間だった?」

「外国人だろ?」

「そう。そして、精通を迎えたもの」


 あの気色の悪い規則か。ということは、一定年齢の男児は、あの宗教組織に存在していなかったことになる。しかし、保護された神様は女。しかし、日常的に暴行を受けていた……


「……まさか?!」


 俺の優秀な脳が導き出した答えを肯定するように、ほしのが微笑む。


「神様は、神様でいられなくなってしまった。それに、そろそろ警察の目を誤魔化すのも限界が来ていた。だから、子どもを違うところに移し、代わりに、違う子どもを神様に仕立てあげようとした。青花会が潰されても、また青い花が咲き乱れるように」


 そこで、ほしのは口を噤んだ。どうやら青花会の話は終わりのようだった。

 恐ろしい真実だった。しかし、その真実は、俺が感じた違和感を全て払拭するようなものだった。それにしても、誰かが気づきそうなものだが。世の中の人間はやはり、頭が悪いらしい。


「その青い花があれば、俺もあいつらなんかより……」


 ギリッ、と唇を噛む。俺に屈辱を与えた奴らは、今でも幸福に生きている。主犯の奴は、風の噂で、超一流企業に就職したと聞いた。俺よりも頭は悪かったが、見目の良い男だった。世の中は……


「不平等だよねぇ」


 俺の思考と全く同じタイミングで、ほしの同じ言葉を呟く。それまで握られていた手が離され、あっ、と思う暇もなく、今度はベッドに押し倒された。ぎし、と音を立てて、ベッドが弾む。


「世の中は、いつだって不平等で、理不尽だ。生まれながらに神様である奴だとか、生まれながらに綺麗な奴だとか。それに比べて、仕方の無いことを自分のせいにされる奴だとか、誰かの代わりとしてしか生きられない奴だとか。僕は、恵まれていることに全く気づいていないクソみたいな奴のことが大っ嫌いなんだ」


 扇情的な体勢であるのに、ほしのの目は何処までも冷たかった。唇はロボットのようで、表情は抜け落ちている。


「だからね。僕は、恵まれていない奴の味方になりたい。僕は、かみさまになるんだ。本物じゃなくていい。どうせ、あいつも、誰も、神様になんかなれやしないんだから」


 ほしのの湖のような青い瞳が徐々に光を取り戻し、妖しげに揺らめいて、俺に迫ってくる。膠着して上手く身体が動かせない中で、やっぱり俺の頭は冷静で、こんな状況になって初めて、その黒い髪がウィッグであり、その間から金の輝きが見えることに気づいた。

 かつて神様の身代わりに捧げられた少女の唇と、散々痛めつけられた男のそれが触れ合う直前、ほしのは小さく呟いた。


「僕はあなたのかみさまだ。お願いを叶えてあげよう。神様に魂を売って」

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