第5話 辻斬り(4)囮作戦

 真っ暗で、足元も見えない。

 そんな中を、酔っているのか、芸者がフラフラと歩いて行く。

 八雲だ。抱えている三味線は、バチは研がれた刃物で、棹を引き抜けば短刀にもなる。

 その後を暗闇に紛れ、時に屋根の上から見てついて歩くのは、疾風と狭霧だ。今夜は忍びに戻り、気配を断って、周囲を警戒していた。暗闇に同化して、そこにいると分かった上で目を凝らしても、なかなか見つからない。

<今夜は現れるのかな>

<場所だって、今まではこの範囲内だったけど、変えるかも知れないし>

 疾風と狭霧は不安もあるが、八雲は鼻歌をいい感じに歌いながら千鳥足を装っている。

 と、ミミズクの声を聞いていた疾風が、表情を引き締めた。

<ミミズクが、長い棒で女を殺す怖い奴が来たと警戒している。

 来たぞ>

 前方から武士が1人で歩いて来た。深編笠をかぶっており、顔はわからない。ただ、着ている物や刀のこしらえから、そこそこ裕福な家の者ではないかと思われた。

 八雲がそのまますれ違った瞬間、武士は急に刀を引き抜きながら振り返った。

 刀が振り抜かれ、派手な着物がひらりと翻る。

 と、酔ってご機嫌に歩いていたはずの芸者が、短刀で武士の刀を受けていた。

「危ないじゃあございませんか」

「――クッ」

 武士は少し下がって刀を構え直したが、その背後に誰かの気配を感じて鋭く振り返る。

「辻斬りを繰り返しているのは、あんただな」

 疾風が確認した。

「旗本の伊藤家の家紋だよ」

 不意に横から声がして、焦ったまま辻斬りが目を向けると、狭霧がいつの間にか彼の腰に揺れる印籠を見ていた。

「うわあっ!」

 いつの間にか接近されていたのに気付かなかった事に、辻斬りは驚き、そして腹が立った。

「貴様っ!」

 怒りのままに、狭霧に向かって刀を振り下ろす。

 が、狭霧は素早く下がって、そばの塀に跳んで逃げた。

 それを追おうとしかけ、背後からの気配に振り返ると、疾風が投げた鉄串が飛んで来ていた。

 それを辛くも弾くが、それと同時に接近していた八雲に腕を掴まれる。

「なっ!?」

 恐ろしいほどの握力で、振りほどけないどころか、刀を掴んでいる事もできなくなって、取り落としてしまう。

 辻斬りは、襲う相手を間違えた事に、やっと気付いた。

 しかし、家紋を見られた以上、口を塞ぐしかない。辻斬りは腕を掴んでいる八雲の腕を反対に掴むと、思い切り投げた――つもりだった。

 ふわりとした浮遊感があり、曇り空が見え、逆さになった八雲が見え、衝撃と共に地面に自分が叩きつけられているのがわかった。

 信じ難い思いで起き上がろうとした時には、背後に回った疾風が辻斬りの首に三味線の弦を巻きつけ、力一杯締め上げていた。

「――!!」

 ジタバタともがく足の上に塀から飛び降りた狭霧が乗って押さえ、引き剥がそうとする腕は八雲が掴んで押さえ、そのまま待つ。

 やがて抵抗が一切なくなると、首に手に入れて来た長い黒髪を巻きつけた。


「お。いなり寿司か」

 昼の営業時間に来た富田は、今日の料理に顔をほころばせた。

 ねこまんまのいなり寿司は、五目で、揚げの味も甘辛くて人気がある。富田もこれが好物だった。

「では。いただきます。んんー、これこれ」

 いなり寿司を満面の笑みでひとつ頬張り、スズキのあらいに箸をすすめた。

 今日は、いなり寿司、スズキのあらい、切り干し大根の煮物、具だくさんの味噌汁だ。どの客も満足そうにかきこんでいる。

 そんな中、客が話を始めた。

「そういや、辻斬りが見付かったんだってな」

「驚いたねえ。まあ、刀でばっさりなんだからお侍には決まってるけどよ。まさか、あんな死に方をなあ」

 そこに、別の客も加わって行く。

「まだ知らないんだがよ、どうしたんだい?」

「首に三味線の弦と長あい女の黒髪が巻き付いてたって話だぜ」

「これは恨みかも知れねえってんで家へ調べに行ったら、これまでに殺された女たちの着ていた着物の片袖が、部屋に隠してあったらしいぜ」

「へえ!そいつぁ……」

「斬られた芸者や夜鷹が幽霊になって、恨めしや――って出たに違いねえよ」

 客達は怖い怖いと言い合い、食事を済ませると、店を出て行った。

 富田も、

「ご馳走様。

 一足早く怪談を聞く事になるとはねえ」

と言って、笑いながら帰って行った。

 疾風、八雲、狭霧は、そっと目を見交わして小さく笑い合った。


 



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