第6話 季節外れのゆきだるま(1)うまい話
「へえ。斜め向かいの小間物屋の後にできたゆきだるまって店、商品がないと思ったら」
ねこまんまに来た客が、食後にお茶を飲みつつそんな話をしていた。
「相場とは違うんだろう?」
「ああ、違う。投資ってやつだ。早く入会した方が得なんだ」
片方が、生き生きとして説明する。
「まず誰かの子になるんだ。子になったら、親に1分金を10枚渡す。
親はそれを自分の親に渡すんだがな。子の数の分だけ、配当金がもらえるんだ」
「ふうん?」
「いいか。まず親は1枚だ。その親は2枚、その親が3枚って仕組みだ」
「なるほど。早いうちに入会して親になった方が儲かるってのは、そういうわけかい」
「そうさ。それで、せっせと子をつくりゃあいい」
客はひとしきりその話をして、店を出て行った。
聞いていた八雲は、首を傾げた。
「よくわからないわ」
それに狭霧が、テーブルの水滴で簡単な絵を描いてやる。
「例えばこの場合。ここが10枚払う。で、ここが配当金2枚、ここが8枚、ここが24枚、一番の親が64枚、とするだろ。それでここが各々子を2人ずつ作ると――姉ちゃん?ついて来てる?」
「ん……んん?」
八雲は武闘派。こういうのは苦手だった。
「うちもやる?」
それに疾風が苦笑し、狭霧が嘆いた。
「姉ちゃん。これ、サギだよ」
「え!?」
「いずれは入会者がいなくなるだろ、八重」
疾風が丁寧に教える。八雲が全財産を握りしめて走って行くと困るからだ。
「まあ、そうね。全員が入ったら――あ!」
「会は儲からなくなるよね。でも、上の方だけが儲けた形になるよね」
八雲にもわかったらしい。
「危なかった。有り金抱えて、入りに行こうかと思ったわ」
疾風と狭霧は、冷や汗を拭った。
聞いていた富田の御隠居は、
「うまい話には、気を付けないとなあ」
と笑い、
「ご馳走様」
と勘定を置いて席を立った。
投資の会「ゆきだるま」の祖、河上宗右衛門は、座敷の奥に積まれた千両箱を見てニタニタと嗤っていた。
上方から来た経済の申し子、という触れ込みだが、店を潰してこの投資詐欺を思い付き、荒稼ぎした後は訴えられる前にサッと上方から引き上げ、江戸へと逃げて来たろくでなしである。
狭い店を借りて会を設立し、出資者を募ったのだ。
短期間で切り上げて姿を消す計画だった。
「悪知恵の回るやつだ」
共犯の雲海が嗤う。寺の住職で、集めた金を保管し、宗右衛門を逃がす事を請け負う、悪い遊び仲間だ。集めた金の三分の一を受け取る事になっていた。
寺社へは、奉行所は立ち入れない。それを利用しての、保険だ。
「そういうあんたこそ、うまい汁を啜るのが上手い」
「万が一の時は寺というのが役に立つ。そうだろう?」
「違いねえ。その時は、頼むぜ」
2人は含み笑いをして、盃を掲げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます