第6話 支えられて生きていく

 あれから僕は毎日ベルトランとポーとの3人でいつも一緒にいる。


 2人は本当に優しくて、いろんなことを教えてくれる。


 狩りのことだけじゃなくちょっとした抜け道や、

 街のどこのおばちゃんがお菓子をくれるかとか毎日飽きないよ。


 今日もみんなの為にホーンラビット狩りをしている。

 前半で3匹を仕留め解体したあとテンポよく続け、今5匹目をやっつけた所だ。


 手間取っていた解体も慣れて手早くなったよ。

 血抜きもまめにしているし、お肉屋のベッツィーが今日はなんて言ってくるか楽しみだなぁ。


 今日のノルマも終わり城門に向かって歩いていた時、森の方から人影が出てきた。


 最初は夕日でよく分からなかったが、近づいていくとその正体がわかった。


 その姿は緑色の肌で尖った鼻や耳を持つ醜悪なモンスター、そうゴブリンだった。


 遂にゴブリンとの対面。 すごい! 想像していたそのままだ。

 ザコキャラにして冒険者の闘龍門。


 たった1匹なのにギャブギャブ騒ぎ威嚇してくる。

 うーわー、ヒョロくて、ちっちゃくて弱そうなクセに粋がっているよ。


 あっ、石投げた。ブッッ! 届いてないじゃん。

 ベルトランが1~2歩踏み出したら、もう森の中だし何がしたかったんだ?


 でも本当にゴブリンっているんだ。

 顔は怖いけど、もし襲われたとしてあんなの楽勝かな!

 こうやってズバッとやれば……………………………………………………………………………………………………。


 アレ? 待てよ。…………アレを殺……………る?


 人に似た生き物を殺す?


 ……僕にできるのか? 睨んでくるアレを、怯えた表情のアレを…………。




 ……無理だ。


 このときなって僕は想像と現実とのギャップに恐怖した。




 夕食後、みんなと話しているガーラル院長の所へ行く。


「あの~、お時間よろしいですか? お話ししたいことがありまして……」


「ああ、もちろん歓迎するよ」


 周りで楽しく喋りをしていた子供たちも、気を利かせて距離を置いてくれた。


 ガーラル院長の前に来たものの、僕はどう話していいのか分からなかった。


 溢れる想いで、頭の中の考えがうまく繋がらない。

 兎に角、思ったことを口にしてみた。


「実は今日、ゴブリンを初めて見ました」


「………………」


「初めて見たアレは、なんかちっちゃいくせに、

 やけに好戦的で意地悪そうだしそのままだと襲ってきそうな感じでした」


「そうなると戦いになるなと思って、あとの展開を想像したんです。

 結末までを……。

 そして『僕はこの人に似た生き物を本当に殺せるだろうか』と思ったんです。

 すると考えるより先に、心の底から

『出来ない』と返ってきました」


「だって人そっくりなんですよ。

 怖くなったんです」


「……………………」


「……僕の生まれ育った……日本は平和なところでした。

 モンスターはおろか戦争だってないし、

 物は溢れていて、人が誰かに殺されたって話はすごく遠い所での出来事で、

 庭先で鶏をさばくなんて聞いたこともありませんでした」


「…………」


「こっちに来てホーンラビットを捌くのも最初は抵抗がありました。

 でもすぐにそれは、人が生きるって事に対してはままな考えだって理解できましたし、納得がいったんです」



「でも人を殺すのは怖いんです。

 もちろんゴブリンが人ではないって知っています。

 ……でも心の中から聞こえてくるんです。

『お前はソレを殺すのか?』

『そんな事をして、自分自身を許せるのか?』って」



「もう何をどうしたらいいのか。

 このままでは戦えないし、2人に迷惑をかけることになる。

 僕はどうしたら……教えて下さい、ガーラル院長。

 僕はどうしたらいいのですか?」



「……ユウマは本当に優しい子だね」

 (違う、ただ臆病なだけなんです)


「それに仲間思いで、頑張り屋だ」

 (一人ぼっちか怖いだけ)


「ベルトランやポーの事が好きなんだね」

 (そんなの答えは決まっています)


「2人と一緒に行きたいんだね」


「…………はい」


「でも今のままじゃ進めない、無理だと思ったんだ?」


「……………………」


「自分の嫌だと思う気持ちを押し殺してでも、したほうがいいと思うかい?」


「一緒に進みたいんです」


「うん、わかる。

 ……でも2人がそれを喜ぶ?

 辛そうにしている君を見て2人は平気でいられるかな?

 日は浅いけど、そんな2人じゃないって事ユウマは分かるんじゃない?」


 だから余計に辛いんだ。


「人はね、出来ない事が沢山あるんだ。

 無論、努力は大事。でも無理をする必要はない。

 それにその事を2人は受け入れてくれると思うよ」


 うつむいてしまう、辛い。

 こんな世界で1人になって、与えられた小さな拠り所にさえしがみつけないなんて……。

 僕は……僕は……。


「う~ん、ユウマにはもう少し、

 ゴブリンやモンスターの事を知ってもらった方がいいね」


「私たちや動物は君のいう通り、他者の命をもらい生きている。

 それが自然なことだし、とても意味のあることだ」


「だがね、モンスターは違うんだ。

 只々人をあやめる為だけに襲うのだ。

 そこに命の循環はないし、次への繋りもないのだよ」


「ただ殺したいから殺す……それだけだ……」


 その昔ある学者が、もしかしてそこに意味があるのでは? と研究をしたらしい。


 ゴブリンの言語を覚え、習慣を読み取り、意思の疎通を図った。

 そして得られたのは、会話にならない言葉のやりとりだった。


 ゴブリンにとって、人類はただの殺戮の対象物。

 何を聞いても『お前らは死ねば良いのだ』それ以外にない。

 そしてその学者は研究を放棄した。



「モンスターが邪悪なのか、それとも人類が罪深いのか、私にはわからない」


「…………らないですね」



「……ああ、難しい問題だな。

 ただ……これから君は色々な経験をするだろう。

 その中には剣を振り下ろさなければならない時が来るかもしれない。

 それは仕方なくもしれないし、

 はたまた無理強いをされてなのかも」



「だが君に知って欲しいのは、

 命を絶つことにより、

 その一太刀により、

 救われる命・笑顔があるという事。

 そのお陰で生まれてくる命も出てくるんだよ」



「もし、振り下ろした刃に心をさいなまれるのであれば、

 葛藤で押し潰されそうになったらこう考えてくれ」


 《この一振りで救えたものがそこにある》


「みんなそうして命を繋ぐんだ」


 肩に置かれた手が暖かい。


「……わかりません」


「うむ……」


「もしその時が来たとしても、僕に何ができるかとか分かりません。

 …………でも、今は少し心が軽くなりました」



「それは良かった。

 まっ、私も同じように悩んだことがあるからね。

 ホーンラビットでも嫌で泣いていたよ。

 でも、おいしいから今では鹿ですら、捌けるようになったよ」



「ははっ、この国の聖職者って肉好きばかりなのですか?」


「おや、君の国は違うのかい?」


「ええ、戒律で野菜のみって聞きました。

 でも最近はゆるいって……」


「よかったよ、もし君の国に行っても神父は続けていけそうだ」


「ハハハハハハ」


「……みんなには私から言っておくよ」


「はい、ありがとうございます。

 ……でも2人には僕から話をしたいです」


「それは良い事だ。

 友と言葉を交わす事で絆は深まるからね」


「はい」



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