05. アンドリューの作戦〜それは恋?

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アンドリューは、自分がレベッカに惹かれていることに気づき、驚く。そういえば、このホテルの美しいキルトはレベッカ作だという。キルト作りの依頼を口実に、滞在をあと2日延ばすことにした。


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 アンドリュー・ハートは常に冷静かつ大胆に決断して会社を経営し、世界的な成功を収めてきた。

 10代のころでさえ、衝動的に行動することなどほとんどなかった。いつでも自分の行動、自分の感情を分析し、それが間違っていたり、あるいは将来のためにならないと判断したら、二度と繰り返すことはない。

 そもそも感情を表に出すことはほとんどなかった。

 もちろん、30歳近くになるのだから、恋愛経験はそれなりにある。ハイスクールから大学ではステディな恋人がいたし、社会に出てからもそれなりにガールフレンドはいた。もっとも最近は仕事に時間も気持ちもとられてしまい、決まった相手はいない。

 社交界でのつきあいも社長としての仕事の一部なので、パーティに出席することも多く、魅力的な女性と出会う機会も多い。だが、心を動かされることはなかった。

 そんなアンドリューだったから、思わずレベッカにキスしたことで一番驚いていたのは、彼自身だった。同じくらい驚いたのは、そのキスが起こした衝撃だ。そしてレベッカの平手打ちも。

「くそっ、いったいどうしたっていうんだ?」

 甘いキスの快感を思い出しながらも、アンドリューは自分を叱咤していた。衝動的な行動など自分にもっとも似つかわしくない。いったい、どうしたっていうんだ? 思ったままの言葉が口に出ていることにも気づかず、アンドリューは部屋のなかをうろうろ歩き回っていた。

 自制のきかなかった自分の行動、キスがもたらした信じられないほどの快感、思いきりひっぱたかれた頬の痛み。

 衝撃のトリプルパンチをくらって呆然としたまま自分の部屋へ戻ると、少し落ち着きを取り戻し、自分の行動を分析した。

 あの目だ。

 レベッカの瞳のせいだ。

 レベッカの目はごく平凡な淡い茶色をしている。だが腹を立てたり、気持ちが高ぶったりすると黄金色に輝くのだ。

 その瞳に魅せられ、気がつくと唇を重ねていた。そして唇が触れた瞬間、いっきに沸点に達したみたいに、身体が熱くなった。

 アンドリューは歩き回るのをやめて、立ち止まった。昼近くの落ち着いた空気が〈ラミティエ〉に流れている。窓の外に広がる湖岸と青い空、そして陽光に輝く緑の木々や花を見ると、ようやく衝撃を受け入れる気持ちに変化した。

 いますぐに結論を出せることではない。そう判断したのだ。

 アンドリューは窓の外が見える椅子に腰かけた。

 もうひとつわかったことがある。ポーター夫妻は土地を売ることに前向きだが、姪のレベッカは反対しているということだ。つまり、土地の購入には少し時間がかかるということになる。

 彼女のきらきらと怒りに燃え立つ瞳を思い出すと、体の奥が熱くなった。そして気づくと、またしてもさっきのキスを反芻していた。

「いや、こんなことではいけない」

 またしても、アンドリューはつぶやいていた。


 もう一度考えを別荘に戻す。

 ニューヨークを拠点にしているアンドリューにとって、この地は別荘を建てるのに最適だ。ニューヨークから近く、それでいて自然に囲まれ、週末にはリラックスできるだろう。

 ここなら、バラ栽培を趣味にしている母も気楽に滞在できるにちがいない。アンドリューは、湖畔の別荘でくつろぐ母の姿を思い描き、心があたたかくなるのを感じた。

 ニューヨークのセレブは、夏になるとその多くがハンプトンへ移住する。ハンプトンに別荘をもつことが、一種のステイタスだからだ。豪壮な邸宅や、高級ホテルやショッピングストリートがあり、リゾート地でありながらニューヨークと同じような生活を送ることができる。

 アンドリューの友人や知人もみなそこに別荘を持っているし、毎夜のようにパーティが開かれている。ハンプトンに別荘を持てば、仕事上のつながりはさらに広がるだろう。

 だが、それでは意味がないのだ。

 ここ数年、アンドリューは仕事から自分を切り離すことのできる場所を探していた。そしてようやく、ここなら、と思える土地を見つけた。仕事に支障がでるほど離れてはいないが、ありのままの自然を堪能できる場所。

 プチホテル〈ラミティエ〉も気に入った。

 国内外の一流ホテルを利用してきたが、〈ラミティエ〉はわが家に帰ってきたみたいに気が休まった。はじめてなのにどこか懐かしい温もりを与えてくれる。客室を飾っているキルトもすばらしい。

 アンドリューの母はアンティークキルトの収集や製作を趣味にしている。おかげでアンドリューもキルトには目が肥えている。この〈ラミティエ〉の各部屋を飾っているキルトは、間違いなく最高の品だ。そして彼女も……。

 何度も考えがレベッカにもどることに、さすがにあきれながらも、そのキルトをレベッカが作っていることを知ったときの驚きを思い出した。


 今朝、チェックアウトする客がスーザンと話しているのを耳にした。

「お部屋にあったキルトはすばらしいわね。どこへ行けば手にはいるかしら?」中年の女性客が言った。

「あれは姪のレベッカがデザインから作ったものなんですよ。すべてオリジナルの一点ものなんです」スーザンは自慢げだ。

「まあ、そうだったの。ぜひ今度、作っていただけないかしら?」

「ここの仕事をしながらですので少し時間がかかりますけど、それでよろしければどうぞご依頼ください」

「じゃあ、今度来たときにお願いするわ。それまでにイメージを決めておくわね」

「ぜひ。またお目にかかれるのを楽しみにしています。どうぞお気をつけて」


 そこでアンドリューは、母の誕生日が来月だということを思いだした。土地の取引とは別に、キルトの製作をレベッカに頼むことができれば、また彼女に会う口実にもなる。それに、キルトを作ってもらっているあいだに、自分の感情を分析する時間も稼げる。

 そう考えたところで気持ちにゆとりが出たアンドリューは、コンピュータを立ち上げてメールをチェックし、秘書に電話をしてスケジュール調整をした。

 もう少し、この土地のことを知りたい。そして彼女のことも。

 アンドリューは、2泊の予定だった休暇をさらに2日、延ばすことにした。


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