06. 揺れる心〜恋が足りないの?
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レベッカは、アンドリューからのキスを思い出してはうっとりしてしまう。伯父夫婦は高齢になってこれ以上ホテルを維持していくのは無理だという。いったい、どうしたらいいのだろう。
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この日チェックアウトする最後の客が出発するのを見送った後、レベッカは帳簿をつけながら、あれこれ考えていた。
まず考えなくてはならないのは、アンドリューに土地を売ること。客観的に考えると、伯父が言うように、検討すべきなのだろう。
だが客観的になれないのが、彼とのキスだ。
レベッカは恋愛経験が少ない。もちろん男性とつきあったことはあるが、すべてを忘れるほど夢中になったことはない。
――それにしてもさっきのキスはなんだったの。
時間がたっても唇で感じたあの熱、あの感触が鮮やかによみがえってくる。全身を駆けぬけた戦慄、立っていられないほどの恍惚感、そして永遠に続いてほしいと……。
やめなさい、レベッカ・ポーター!
あの男は世界中を飛びまわるビジネスマンで、魅力的なルックスの持ち主よ。あんなキスなんて、だれとでもしているに決まってる。
そう、あんなふうに感じてしまったのは、久しぶりのキスだったからだ。伯母が口癖のように言ってるでしょう、“若いんだから働いてばかりいないで、もっと外へ出て、デートをしなさい”って。
伯母の言うとおりだ。でなければ、昨日会ったばかりで、ホテルと土地のこと以外、ろくに会話もしたことのない相手にいきなりキスをされ、それでうっとりするなんてあり得ない。そんなに私って恋に飢えていたのかしら?
そして、土地を売ることについての昨晩の会話を思い出した。レベッカは、もちろんいまでも心情的には絶対反対だ。
「伯父さま、どうして土地を売るなんて考えたの?」
昨晩アンドリューが居間を去ったあと、レベッカは伯父に言葉を向けた。
どうしても納得できなかったからだ。
「そうさなレベッカ、人は年を取るってことに気がついたってことかな」
デイビッドは静かに答えた。スーザンも横で相づちを打っている。
「でも、いつも言っているように、〈ラミティエ〉は私が後を継ぐって決まっているでしょう?」
そして、いつものように伯父夫婦は困ったように顔を見合わせた。
「ああ、レベッカ。だが人を雇うにも、このホテルを修繕したり改装したりするにも金はかかる。いまのこじんまりしたやり方もいいが、俺たちが動けなくなったらもっと人だって雇わなくちゃならない。そのためにも準備は早いほうがいいってことだ」
「……たしかにそうだけど」
「それに、ハート氏は個人の別荘を建てるって言っているんだ。商売だとどんな人間が来るかわからんが、個人の別荘なら、そういったことはない。あとは持ち主の人柄次第だしな」
「ニューヨークなんかで仕事ばかりしている人間だったら、油断できないかもしれないわよ」
「ああ、もちろん。だからこそ、ここに来てもらって、人となりを見ているのさ」デイビッドは笑みを浮かべた。「いまのところは上々だ。しっかりしていて浮ついたところがない。なかなかああいった人間はいないからな」
レベッカは言いかけた言葉をのみ込んだ。
たしかに、彼が提示している金額は相当なものだ。決して無視できるものではない。伯父や伯母が年老いてきて、だんだん無理がきかなくなってきているのも事実だ。レベッカが頑張るとは言っても、ひとりで伯父と伯母の分までカバーできるわけがない。
まして広大な土地の一角に、私用の別荘を建てるというのだから、このあたりの雰囲気が壊されることはないのかもしれない。
「伯父さま、伯母さま、もちろん私には反対する権利はないけれど、でも、この場所を大切に思っている気持ちは変わらないわ」レベッカは、説得をあきらめなかった。「何か方法はあると思うの。だから、土地を売ることは考えないでほしいわ」
「もちろんおまえの気持ちを無視する気はないよ、レベッカ。だが、そんなに長くは待てないということもわかってくれないか」
こうして思い出していてもふつふつと沸いてくる怒りは、突然踏み込んで来たアンドリューに向けたものだけではない。年老いてきた伯父や伯母の状況に気づけなかった自分の不甲斐なさにも向かっている。
あんなに大切に育ててもらっていながら、自分では何もできないかもしれないなんて。
レベッカは憂鬱な気持ちで物思いにふけりながら、自分の部屋へ戻った。そして着替えをするために鏡を見て、その姿にため息をついた。
身体はいわゆる中肉中背、手足がほっそりしているので、どちらかというと華奢な印象だ。髪は栗色で、目は髪より少し薄い茶色。本当に平凡だ。
小さなホテルとはいえ、接客業だからマスカラとグロスという最低限のメイクはしているけれど、肩まである髪は邪魔にならないようポニーテールにまとめ、服は実用一点張り。クローゼットを開けても、動きやすくて、洗濯が簡単なものばかりだ。たとえすてきな男性と出会ったとしても、デートに着ていくようなドレスなどない。
これでは伯母が、ホテルだけでなくレベッカの将来を心配するのも無理ないのかもしれない。
これまで自分が選んだ道を後悔していないが、もう少し余裕を持って、デートする相手くらいいてもよかったのかも。
「まあ、いまさら急になにかを変えられるわけでもないし」声に出して言ってみた。
くよくよしていてもしょうがない。まずは自分にできることから始めることだわ。せっかくの午後の休憩時間だし、お気に入りの木陰で依頼されているキルトのデザインを考えることにしよう。
気持ちの切り替えの早いレベッカは、スケッチブックを手に、外へ出ることにした。
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