第27話 勘違いするなよ


 クズールとの距離は十歩。

 この距離はまずい。

 俺は全力で駆け、クズールへと迫る。

 次いで右手を掲げた。

 瞬間、銀の糸がクズールへと伸びる。

 糸の伸びる速度は尋常ではない。

 数瞬でクズールに到達する――はずだった。


「フレイムブレス」


 クズールの手から生まれた放射状の炎に俺の銀の糸は溶解する。

 炎の攻勢は止まらない。

 熱風が僅かに髪を焦がす。

 俺は後方へと銀の鞭を伸ばし、後方の家屋の柱に巻き付け、後方へ飛びのいた。

 鞭を引っ張り後方へ移動するも、家事で脆くなっていた柱は瓦解する。

 空中で支えを失い、体勢を崩すも何とか着地する。

 数秒の隙だった。


「フレアアロー」


 火矢が俺へと迫る。

 数十に及ぶ矢は、空から俺に降り注ぐ。

 回避は不可能。

 俺は銀の盾を生成し、自分の身体を覆った。

 だが銀の小手の質量では俺の十分な厚みを作り出すことはできない。

 一本一本が強力な火矢は盾に突き刺さり、焦がす。


「ちぃっ!」


 舌打ちをしながら、大小の形が歪な銀のナイフを何本かクズールに投げる。

 それは形はバラバラで、中には刀身のみのものもあった。


「ファイアウォール」


 それを予見していたのか、クズールは炎の盾を作り出す。

 いくつかの銀のナイフはクズールに届く前に溶け、灰となった。

 残りの銀のナイフは明後日の方向に飛んで行った。


「下手くそだなぁ。せめて私に当てたらどうだ?

 形も歪で不格好。そんなに怯えて。私が恐ろしいのかぁ?」


 下卑た笑いを俺に向けるクズール。


「く、くそぉーーッ!」


 俺は躍起になってナイフを投げ続けた。

 だが結果は同じだった。

 それどころか銀の小手の質量が減っていき、三分の一程度にまでなってしまう。


「くはははっ! 滑稽だ。滑稽すぎて涙が出てくるなあ!」


 やはり通じない。

 通じるはずがなかった。

 何をしても奴は咄嗟に魔術を発動し、すべて対応してくる。

 下位魔術であれば呪文は簡素で済むが、上位になればなるほど呪文は長く、そして消費魔力も多くなる。

 しかしこれほどの魔術を一瞬で扱うことができる人間はそうはいない。

 クズでも五賢者。

 魔術においては奴は天才だ。

 何とかファイアアローの攻撃を防ぎ切った。

 しかし、体中に無数の火傷が刻まれた。

 その上、銀の小手の一部は焦げてしまい、【金属という扱いにならなくなり】まともに機能しなくなる。


「げほっ、げほっ!!」


 上がる硝煙が俺の灰を蝕む。


「どうした? これで終わりか」


 クズールが余裕を見せてきた。

 楽しそうに顔を歪ませている。

 苛立ちを覚えるも、俺は冷静さを保つことに終始した。

 最初からわかっていたことだ。

 まともに戦えば俺が不利だということは。

 不意打ち、あるいは近距離での戦いは俺に分がある。

 しかし同時に戦いを始めた場合、金属魔術では火魔術に対して劣勢になることは明白だった。

 金属は火に弱い。

 ある程度の火力ならば金属でも対抗はできる。


 だが相手は火魔術師の頂点、五賢者のクズールだ。

 奴の火魔術はドラゴンをも軽く焼き殺す。

 魔力を通した銀でも、火耐性があるわけではない。

 つまり、俺の攻撃は奴の火魔術にすべて防がれるということだ。

 もちろん呪文の隙を狙い攻撃するという方法もある。

 だがクズールの詠唱速度は五賢者の中でも上位。

 よほどの不意を突かない限りは厳しいだろう。


「くくくっ、焦っているな? さっきまでの勢いはどうした? んー?」


 俺は服についた埃を払いつつ、クズールと対峙する。

 どうやら俺を見くびるのはやめたようだった。

 油断をしていた頃ならば不意を突くこともできただろうが、今の奴にその隙はなさそうだった。

 最初は戸惑っていた弟子たちだったが、平静を取り戻したようだった。


「き、金属魔術師がクズール先生にかなうものか!」

「そ、そうだ! 大人しく燃え死ね!」


 クズールをの反応を見つつ、言葉に気を付けているのは見て取れた。

 先ほど燃やされた弟子は動かない。

 だというのに他の弟子は、クズールを賞賛する。

 そんな状態が異常であると気づいてもいない。


「グロウくぅん? 君は自分が有能だと、思い込んでしまった。

 だがな、それは間違いだ。五賢者の私に君が敵うはずがないだろう?」


 その通り。

 俺はただの金属魔術師だ。

 鍛えに鍛えたが、それは五賢者であるクズールを超えられたということではない。

 金属魔術の立場はどうやら変わりつつあるらしい。

 しかし、金属魔術がメタルに有効であっても、他の魔術に対して有効なわけでもない。 

 金属魔術は強い。

 汎用性は高いし、うまく使えば魔術師を殺すこともできる。

 だがそれは、ただの魔術師相手であれば、だ。

 俺の足からガクッと力が抜ける。


「がっ、はっ……!」


 俺は跪き、息を荒げた。


「おやおや、煙にやられたか? まともに息もできないだろう? 

 視界も不明瞭だ。火魔術師の私には心地良さしか感じないがね。

 それが火魔術のいいところだ。燃やし、焦がし、窒息させることができる最高の魔術だからな。

 金属魔術なんてしょぼいクソみたいな魔術とは違う、崇高な魔術なんだよ。

 しかし残念だ。もっと貴様を弄び、悲鳴をあげさせたいところだったんだが。

 少々目立ち過ぎた。さっさと殺しておかないとなぁ?」


 クズールが俺に向けて手を伸ばす。

 慣れた様子で呪文を流れるように唱えた。


「死ね。無能」


 手のひらから巨大な火の塊が射出され――なかった。


「あ?」


 クズールが素っ頓狂な声を上げると同時に、何かが宙を飛んだ。


「ああ?」


 何が起きたのかわからず、奴は首を傾げた。

 そして手元を見下ろすと、わなわなと震え始めた。


「あ、あ……あ、ああっ!」


 そこにはなにもない。


「わ、わわ、私の、腕、腕がああああッッーーーーー!!!!!」


 クズールの叫びと同時に、頭上から何かが落ちてきた。

 人間の前腕部が血を垂れ流しながら、地面に横たわっていた。

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