第26話 よくも


 全力で山を降りた。

 銀の糸を木々に巻き付け、宙を移動し、着地すると勢い殺さず地を蹴る。

 肺が悲鳴を上げるのを構わずに走り続けた。

 村に近づくごとに視界が明るくなっていく。

 同時に焦げたニオイが鼻をつく。

 村に到着したころには不快感が体中を駆け巡った。

 燃えている。

 家屋がすべて炎に包まれていた。

 木造のため火の回りは早い。

 屋根が落ち、あるいは崩落している家もあった。

 一体何があった。

 俺は焦燥感と共に、村の中を走り、辺りを見回した。

 灰まみれになっている老人たちが、自分たちの家を前に呆然としていた。

 怪我をしている様子はなかった。

 一瞬だけ胸を撫で下ろすと、視界の隅にカタリナの姿が見えた。

 彼女は地面にぺたんと座り、何かを見ていた。


「おい、カタリナ。何があった」


 カタリナに駆け寄り肩を揺さぶる。

 心ここにあらずといった感じで、彼女は呟く。


「グ、グロウ様……あ、あたしのせいで……」


 要領を得ないことを言いながら、俺の腕にしがみついてくる。

 不意に魔力を感じ、俺は咄嗟に振り向いた。

 そこにいたのは。


「久しぶりじゃないか。無能」


 五賢者の一人クズールだった。

 奴は弟子の魔術師を十人ほど連れていた。

 中には見知った顔もある。

 俺をバカにした奴、俺を宿舎から追い出した奴。

 奴らが俺を見る目は蔑み以外を含まない。


「なぜここにいる」

「下品な商人が情報を持ってきたのさ。貴様は国中で指名手配されているからなぁ」


 不安要素ではあったが、的中してしまった。

 やはり殺しておくべきだったのだ。


「……なぜ村を燃やした。こいつらは関係ないはずだ」

「私は紳士なのでね。薄汚い村人であっても丁寧な姿勢を崩さなかった。

 だが貴様の所在を聞いたところ、知らないの一点張りだったんだ。

 魔術師相手に、村人風情が嘘を吐く。罪深いとは思わないかぁ?」

「だから燃やしたと」

「ふふふっ、そうだ。殺さないでやっただけでありがたく思え」

「平民の癖にクズール先生のお手を煩わせるとは!」

「本来なら処刑されてもおかしくないぞ!」


 弟子たちがクズールの言動に賛辞を贈る。

 俺も以前はあの立場にいたと思うと吐き気がする。

 ぐいっと、カタリナに腕を引っ張られた。


「に、逃げてください。グロウ様……」


 カタリナは涙を流し、震えている。

 魔術師の恐ろしさをまざまざと見せつけられながらも、俺を案ずるのか。


「北に逃げたとなぜ言わなかった」


 カタリナは俯いて答えなかった。


「傑作だったぞぉ。やめてぇ、燃やさないでぇ、って額を地面にこすりつける様はなぁ。

 あそこまで見事な底辺の人間を私は見たことがない。くっくっくっ!」

「……クズが」


 俺の言葉に受け、笑顔だったクズールの顔に一瞬で怒りが宿る。


「疾く走れ焔」


 呪文と共に手のひら大の火炎の塊が放出された。

 それは俺たちのすぐ横を通り、後方に着弾。

 後方の家屋は破裂し、火の粉が散った。

 ファイアボール。

 下級火魔術だが、あれほどの速度で唱えられるのはクズールくらいだろう。

 直撃していれば無事ではすまない。


「次は当てるぞ」


 俺はカタリナをやんわりと押しのけた。


「他の奴らと一緒にここから離れろ」

「で、でも」

「邪魔だ」


 有無を言わさないほど威圧的に言うと、カタリナはぐっと言葉を飲み込んだ。


「死なないでください」


 カタリナの声は震えていた。

 言葉を皮切りに、足音が遠ざかっていく。

 クズールや弟子たちは俺を睨んだままで、カタリナたちを攻撃する様子はなかった。

 目的の俺以外はどうでもいい、ということか。


「実はな、生死問わず捕縛するという貴様の指名手配は解かれたんだ。

 代わりに丁重に扱い、王のもとに連れていくという文言に変わった。

 どうやらメタルを殺せるのは金属魔術師だけらしくてなぁ。

 しかもメタルの身体には膨大な魔素があるということも判明した。

 それがわかった途端、手のひら返しだ。

 散々殺せ殺せと言っていた癖になぁ。笑えるだろう? あーっはっはははっ!」


 高笑いをしているクズールに同調するように、弟子の一人が笑った。

 クズールは笑いをぴたりと止め、その弟子に振り返る。


「何がおかしい?」

「え? あ、い、いえ……せ、先生が笑って――」


 クズールの火炎が弟子を包み込む。

 呪文さえ聞こえないほどの早さだった。


「ぎゃあああああああ!?!?」


 弟子は痛みに叫び、他の弟子たちに駆け寄った。

 他の連中は恐れ戦きながらも、クズールの動向を見つつ、慌ててローブで火を消していた。

 こいつ弟子を手にかけやがった。


「許せないだろう。私を笑った人間を見逃すなんてなぁ。

 私は見下されるのが嫌いでね。

 言葉の端々、行動の一つ一つ、僅かな片鱗でさえそれが見えたら無性に殺したくなる。

 それも無能で底辺の金属魔術師ごときがしたとなれば、例え王の命令だったとしても……。

 許せないよなぁ? ゆ、許せるはずが、な、ない。

 ゆ、許せ、許せるはずが、な、な、ななな、ないぃっ!」


 徐々に言動がおかしくなっていく。

 平静さの欠片もない表情。

 瞳孔は開き、俺を射抜く視線は魔物のそれだった。

 過剰な殺気。

 総毛立ち、額から汗が滴る。


「こ、ここ、ころ、殺してやるぅ。貴様は、この場でぇっ!」


 常軌を逸している師の状況に、弟子たちは狼狽していた。

 燃やされた弟子の一人は、気絶しているのか事切れているのか動く気配がない。

 そんな状態でも、弟子たちは逃げなかった。

 ああ、わかってる。

 ここで逃げたら魔術師のキャリアは終わるからな。

 奴らは過去の俺だ。

 魔術の呪縛に捕らわれた哀れな子羊。

 だが、そんなこと今の俺には知ったことじゃない。


 たった三文字が俺の頭に浮かぶ。

 ……よくも。

 よくも俺をバカにし続けたな。

 よくも俺で遊びやがったな。

 よくも俺を利用したな。

 よくも俺に期待を持たせたな。

 よくも俺の魔術師としての人生殺したな。

 よくも村を焼いたな。

 よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも。


 殺してやる。

 黒い感情が全身を駆け巡る。

 理性はない

 あるのはただ相手を殺すという意志だけだった。

 俺は重心を落とした。

 クズールは両手を正面に伸ばした。

 数秒の沈黙。

 後に。

 互いに地を蹴った。

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