第23話 ハイドロフラーレン

202X年 6月11日 午後7時過ぎ


 埼玉県の郊外にある、我問さんの研究所に到着する私達。そこは蔦の絡まった、古い洋風の館。


 私達は、我問さんの研究室に案内されると、早速ジェイドさんが訪ねる。


「それで、君の言う組織とは一体何者なんだ?」


「ドイツの軍事産業王、リヒャルト・ゲッヘラーが、松羽目の残党を傘下に付けたのです」


「ゲッヘラー? では、ヤツが密かに進めていたネオナチス党が復活を?」


「新日本帝国軍の復活を目論んでいた松羽目が去り、軍部のリーダーだったあなたも抜けてしまった日本の秘密組織の残党は、ゲッヘラーのいいなりになっていますが・・・」

 

 キラが、今まで自分が倒して来たロボット達の事を訪ねる。


「それにしても、あの鉄クズ人形達は何?」


「あれは自律制御の武装ロボット、オートマトンと、その改良型のグランドマトンです」


 ジェイドが驚きの表情を隠せずに、

 

「オートマトンだと、我問? 私が見せられていたのは、まだ設計図の段階だったが・・・。それが量産され、改良までされていると言うのか?」 


「ゲッヘラーが、松羽目の開発組織を引き抜いて、ドイツの地下基地で秘密裏に開発を続けています」 


「それにしても、あんなロボット、一体どうやって動いているの?」 


「キラさん、松羽目も後押ししていたミハエルさん達のハイドロフラーレンの基礎研究を、ゲッヘラーが実用化に成功したんです。そしてとても恐ろしい事を計画している」


「ハイドロ、何?」


「ハイドロ = 水素、つまり実在する元素の中では最も軽い原子が、従来までは不可能とされていた60個を、安定したサッカーボール型で超共有結合させた分子体です。また、マイクロプロセッサ、つまりコンピューターで電荷状態をコントロールし、燃料としては最もクリーンな水素ガスを安定して取り出す事が出来る、革命的なエネルギー貯蔵システムなんです」

 

「へぇ~、でもなんで ” フラーレン ” なんて、ヘンな名前が付いているの?」

 

「その名前は、『宇宙船地球号操縦マニュアル』と言う概念を提唱したアメリカの建築家や思想家でもあった、バックミンスター・フラー博士に由来しています」

 

「あ、その言葉くらいなら、TV番組や化粧品とかで聞いた事あるけど、それとどんな関係?」

 

「キラさん、フラー博士は、60個の多面体の接合構造を応用して、大型で頑丈なドーム建築構造を設計した人でもあるんですよ。1967年のモントリオール万国博覧会のアメリカ館でも、鉄骨とガラス張りで建設された頑丈な構造です。そして、その基礎構造である60個の多面体の建築方法が、20世紀後半の物理学会で偶然に発見された『C60 = 炭素フラーレン』と言う、ナノ・テクノロジー革命の基本とも言える、『カーボン・ナノチューブ』の基本構造と酷似していたんです」

 

「我問サン、ごめん。 ちょっとオタチック過ぎてワカンない」


「ん、ん~。 まあ良いでしょう。とにかく、C60とH60、カーボンとハイドロのフラーレン構造が、これからの世界経済の利害関係をひっくり返す位の発明だって事、とご理解頂ければ・・・」


「だが、その新システムは、武器としても転用可能と言う事か・・・」


「はい、ジェイドさん。ゲッヘラーは、バックミンスター、通称『バッキーシステム『を使用するハイドロフラーレンを使ったエンジンで、さらに大型でヒトが乗る『サイバーマトン』も試作しています。

 

 また、現代のマイクロプロセッサ技術では、二足歩行の戦闘ロボットを操るO.S.が未完成なので、ヒトの自律神経や反射神経をコピーして、そのままロボットのO.S.として使用する” バイオモデム ”が研究されています」

 

 キラとジェイドが、口を揃えた様に訪ねる。


「バイオモデム?」


「これを見ていて下さい」


 バッグからタブレット端末を取り出し、電源をオンにする我問。


 その瞬間、私の頭の中に、怒濤の様にデジタルデータが流れ込んで来る。


「ウッ! 頭が・・・」


「奈々、どうしたの?」


「キラ、分からない。 何かが頭の中に入って来る」


 私のスマホストラップのカプセルが小刻みに点滅している状態を、我問さんが解説し始める。


「これが ” バイオモデム ( " BIOnic MOdulator DE-Modulator ” = 生体暗号通信装置)の実装状態です。

 

 越路篤人博士が、娘婿のミハエルさんご夫妻と研究なさっていた、人体の神経組織のホルモン伝達をデジタル信号に変換し、ワイヤレスで外部の電子機器と情報を交換、ネットに接続したり、ロボットを操作したりする技術なのです。実は博士自らがご自身に装置をインプラントして実験なさっていた。奈々さんの携帯ストラップに付いているカプセルが、そのバイオモデムです」


「こ、このストラップが? あれ? キラ? 何か・・・、建物の設計図みたいな画面が頭に浮かんで来る・・・」


「えっ? こっちのタブレットの画面にも設計図みたいなのが出てるけど・・・」


 我問さんが解説を続ける。

 

「奈々さん。実はあなたの脳にも、このバイオモデムがインプラント = 移植されているんですよ。それも世界でまだ二つしか完成されていない物です」


「私は、そんな事、覚えていないけど・・・」


「越路博士は、奈々さんの実験台としての記憶を消されたので、覚えていないのも無理はありません」


 自分の知らないもう一人の『ワタシ』の存在に気が付いていた私は、我問さんの言葉に戸惑いを隠せないでいると・・・。


「おい、キラ、我問。これを見ろ!」


「ジェイド、何よ?」


 我問のタブレットを見ていたジェイドが、何かを見つける。


「こりゃあ、とんでも無い事になっているぞ」


「葛西臨海地区にある、建造物の見取り図ね・・・。これは!」


「ああ、見た目はただの建物だが、これは紛れも無く軍事施設だ。耐震装備、浸水対策、自家発電施設、そして地下には大型の工場まである。ヤツらはここで何かの兵器を生産している様だが、これが何だか分かるか、我問?」」


「それは小型ながら、水素爆弾並の破壊力を持っている ”ハイドロフラーレン爆弾” です」

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