愛知るAI

 「おはよう」


 男は寝巻きのまま正面に向かう小ぶりなロボットに挨拶をした。ロボットは何も言わず、突然踵を返したかと思えば、クローゼットから上下の服を揃え、男の前に差し出す。男はそのツルツルとしていて、触ると少しヒヤリとする頭を優しく撫でる。男の一日は、こうして始まるのである。


 男がこのロボットを手に入れたのは、丁度一年前の事。とある怪しい人物からだった。


「———君、独り暮らしかい?」

「ええ、まあ。急に何です」

「さぞ愛に飢えているだろう」

「はあ、何を仰っているのかよくわかりませんが」

「ここで立ち話すのも何だ、そこの喫茶店で話そう。何、怪しい者ではない。ほら、名刺もしっかり———」


 怪しい男の話はこうだった。その男はしがない発明家で、つい最近、長い時をかけようやく『愛で成長するロボット』が出来たと言うのだ。まるで犬や子供のようになつき、主人の世話をしてくれる。長い間愛情をかけてやればやる程、その世話も丁寧で親切になっていく。男は勿論、信頼などしなかったが、金も貰わないと言うし、何より男が独り暮らしを始めたばかりで寂しさを覚えていたのも事実だった。男は半信半疑でそのロボットを受け取り、そしてそこから一年が経過したと言う事だ。


 そのロボットの性能は悪くはなかった。むしろ褒められる程優秀である。独り暮らしの大事な癒しとなり、そして生活の為になる。電気代を大分食う事と、何も喋ってくれないのが玉に瑕だが、そんな事は男にとって目に見えぬ程の些事であった。


 そして次第に生活も、順風満帆とまではいかないが、徐々に良いものになっていった。時間に余裕ができ、遊びに惚ける事も、バイトに集中する事も出来た。


 そんなある日、男は思い切って、前々から気になっていた女性に声をかけることにした。


 「家に面白いロボットがいるんだ」


メカニカル的なブームが来ているその時代では、その口説き文句は女性を家に来させるのに充分な言い分だった。


 「あら、思っていたよりも可愛いロボットなのね」

その女は玄関で待っていたロボットを見るや否や屈み込み、男と同じように頭を撫でた。

「この人をもてなしてやって」

男は自慢げにロボットにそう指図する。ロボットはすぐさま二杯の茶と、菓子を持って来た。女は大喜びで、その日は一日中男の家に活気と騒がしさがやって来ていた。


 その日の夜は、二人とも寝入ってしまい、次の日に男は女を家まで送り、そこでようやく別れた。男は未だ夢心地で家に帰り、待っているロボットに感謝しながら家に着いた。玄関を開ける。ロボットが目の前に立っている。いつも通りの光景だ。


 しかし、何か様子がおかしい。急にロボットが手を上げたかと思うと、首が綺麗に一周回って、今までに見た事も無い速さで男の前に近付き、腕を力強く男の体に打ちつけた。男は急な攻撃と激痛に後退りしてしまい、ロボット共々外に出てしまった。遂にロボットが壊れてしまった。男は焦って逃げ始める。しかしロボットはそれを追いかける。いたちごっこの始まりだった。首と両腕を回しながら近付くロボットから男も手を上げ逃げ回り、着いたのはあの怪しい発明家の家だった。丁度良い機会だ。文句を言ってやろう。そう思い男は迫り来るロボットから逃げるようにして目の前の家の扉を開けた。


 「おや、久しぶりで。記憶違いでなければ一年前の……」

「そうだ、そいつだ。よくも一年もかけ俺を騙したな」

「何、騙した?心外ですな」

男は今までの経緯を話した。あんなにも急に壊れるのは悪意のある悪戯だと。今も扉の外側でドンドンと音をたてて追いかけているのが証拠だと。しかしその発明家は手を叩いて笑い、男にこう説明した。

「さてはあなた、恋人が居るでしょう」

男は分が悪そうに頷く。

「そしてその恋人を家に上がり込ませたでしょう。それが原因ですよ。愛に飢えている人の為のロボットなのです。その愛が別の物に向かい始めたら、きっとそのロボットも『嫉妬』してしまうんでしょうね」


 そんな話を聞いて男は迷ってしまった。彼女はあのロボットが居ないと自分には目も向けないだろう。しかし彼女が居るとロボットは怒りっぱなしだ。


 勿論男がそのロボットにだけ愛情を注ぎ込めれたら良い話なのだが、それは今回の件でとても出来そうにない。


 


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