溺死

 男が警察署を訪れ、二十年前、未成年の時に犯した殺人について、早口で供述をはじめた。


 自首を選んだ犯人は、良心のしゃくや発覚の恐怖から解放されて、落ち着いて話す者も多いのだが、その男はちがっていた。


 また、葛藤を乗り越えて自首を決めた者たちは、たいてい憔悴しており、男もそうだったのだが、どこか他の者たちとは様子が異なった。

 何かにおびえているように見えた。



 興奮しながら要領を得ない話をする男をながめながら、私は取り調べをつづけた。

「いわゆるパワースポットとして、一部に知られていた山奥の池を、友人三人と訪れ、その付近でキャンプをしていた女性を四人でごうかんした。その後、あなたの友人のひとりが絞殺し、あなたを含めた残りの三人で池に投げ捨てた。そういう話でいいですか?」

 私が尋ねると、男は黙ってうなづいた。


「それでは……、自首の理由を教えてもらえますか。良心が痛んだとか」

と私が問いかけた途端、男は身を乗り出し、友人三人の名前を叫んだ。


「みんな急に変な死に方をしたんだよ。たぶん、次は俺なんだ。それを防ぐには警察の力が必要なんだ。女を殺したことなんて、つい最近まで忘れていたよ」


 私の部下に取り押さえられた男が落ち着くのを待って、私は尋ねた。

「どういう風に亡くなられたんですか?」

「三人とも溺れ死んだ……」

「みんなで海にでも出かけて?」


 首を振ってしばらく沈黙したのちに、再度、男は口を開いた。

「最初に死んだのは友也だった。友也の母親が教えてくれた話だと、真夏の工事現場で、急に鼻や口から水を吐き出して死んだらしい。死因は溺死だったが、心不全で片づけられた」


 にわかには信じられない話だったが、私は話の続きをうながした。

「次は智だった。塾の教壇に立っていた智がもがきはじめ……、あとは友也とおんなじ話さ。悠太はジムで筋トレ中だった」


 先ほどから、部下の調書を書く手は止まったままだった。

 しばらくの静けさののち、男が怒気を込め、机を叩いた。

「信じられないのなら、三人を扱った警察署に確認を取れよ」


 こういう時は相手に合わせてはいけないので、私はできるかぎり落ち着いた口調で、「そうさせてもらいます」と応じた。


「ご友人のことをわかりました。それで、あなたはなぜ自首をしたのですか?」

「……行こうとしたんだ」

「どこに?」

「女を捨てた池だよ。池から骨を出して供養をすれば、死なずにすむかもしれない」

「なるほど。あなたは急いでいるが、ひとりではむずかしい。それならば、二十年前の未成年の時の殺人だから、警察の手を借りるのが金もかからず、手っ取り早いと……」


 私が話している最中、入室してきた刑事がメモを渡してきた。

 横目で見たところ、男の話から特定された、被害者と思われる女性の氏名などが書かれていた。


「それで、どうしてくれるんだ?」

 哀願するような声を出した男に、「オカルトじみた部分はともかく、その池にご遺体がある以上、引き上げなければならないでしょうね」と、私は答えた。


 私の返答に満足したのか、男はあんのため息をもらした。

「盛大に葬ってくれよ」

「それは、遺族しだいですよ」

 そう言い残し、私は席を立った。



 翌週、実況見分が行われた。

 濁った池は小さいわりに水深が深く、コンプレッサーで水を吸い出すのに、思ったよりも時間がかかった。

 やがて底から出てきたのは、金属製の仏像と、それに抱きついている白骨死体であった。

 捜査員は、全員死体には慣れていたが、その異様な光景を見て作業をとめた。


 私の隣にいた男は、ずっと手を合わせて何事かをつぶやいていたが、捜査員に連れられて、雑木林の中へ消えて行った。


 手持ち無沙汰でいると、部下のひとりが、私に話しかけてきた。

「男の供述通り、仲間の三人は水のないところで溺れ死んだらしいですが、本当ですかね」

「さあ。この目で見ない限り、そんなことは認めないよ、私は」

「私もそうです。しかし、気味の悪い仏像ですね」

「単なる金属の塊さ。それよりも、あっちのかげきゅうけいしよう」



 女性の遺体は遺族に引き渡され、男の願いとは関係なく、丁重に葬られた。

 遺族から事情を聴いた僧侶は、くだんの仏像を引き上げ、自分の寺に安置した。



 それから一年後、男はハローワークの面談中に、鼻と口から濁った液体を吐き出すと、その場で死んだ。

 死因は溺死であった。


 同時刻、仏像を引き取った寺の住職も同じ目に会い、亡くなった。

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