ライバル!

 俺は、立ち上がってすばるの方を向く。


「そろそろ旗を掲げるとするか。千秋、千春、りえたち。手伝えよ」

 と、あえて芝居じみて言い、すばるの方へと歩いた。

 5人とも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているが、それでいい。


「は……はい」

「わ、分かりましたわ」

「……」 「……」 「……」


 時間はもうギリギリしか残っていない。

 何も考えずに旗を掲げるのを手伝ってくれた方がありがたい。

 が、俺にはその前にするべきことがある。すばるのこと。


 すばるは俺のことを公式ライバルと呼ぶ。

 けど実のところ、俺にとってのすばるはライバルじゃない。

 大事なカノジョ候補のひとりだ。立派な巨乳だ!


 オール1の俺が言うのも何だが、少し頭が良くなればいつでもウェルカム。


 俺は、体育座りにうずくまるすばるの正面で立ち止まり、右手を差し出す。

 すばるの首が深く傾く。避けられたが、1度は俺の手が視界に入った証拠。

 それで充分。俺は微笑むのだが、すばるには見えていないのは承知の上だ。


「すばる、悪かったな……」

 そこで1度言葉を切る。すばるの様子を観察する。

 全く動かないのは、聞こえている証拠だろう。

 

「……別に無視してたわけじゃないんだ……」


 ひくりとすばるの首が動く。目を背けようとしているのだろう。

 殻に閉じこもる誰かをほじくり出すのなんて、俺の性に合わない。

 けど、今はそうしてあげなくっちゃいけないんだ。


 妹のあおいが絡んでいるなら、すばるも被害者とみていい。

 だったら、すばるは俺が助けてあげなくっちゃいけない。


 真壁も心配そうに俺に近付いてくる。妹を知ってるからはなしが早い。

 俺の横に着いたときには、しっかりと爽やかな笑顔を作っていた。

 すばるからは見えてはいないが……見えていないからこそだ。


「……なんつーかさ、すばるは俺好みのかわいい女子だからさ……」

 俺好み、つまりは巨乳。そう、すばるは巨乳だから俺は放ってはおかない。


「……俺もちょっと緊張しちまって、上手くはなせなかった。ごめんな」

 バカだから相手にしたくなかったのもあるが、それはこの際は封印。


 と、遅れてすばるが応えた。蚊の鳴くような小さな声。

 だけど俺も真壁も聞き逃すことはなかった。しっかり聞いた。


「……女子だからなんだよ……緊張ってなんだよ……」

 あれ、怒ってる? バカだと思ってることを見透かされたか。

 すばる、ゆっくり顔を上げる。


「……純の方が美少女じゃん……」

 その目にはうっすらと涙が浮かんでいるが、いい笑顔でもある。

 どうやら、封印はまだ解かれてはいないようだ。


 ほっとする自分と、あれっおっかしいなぁと思う自分とがいる。

 そーだよ、すばる。違うから。俺は美少女じゃないから。そこおかしいから!

 人が気にしていること言いやがって。すばるのこと、殴ってやりたい!


 が、その前に割って入ってきたのが真壁だった。


「だよね。秋山は腹が立つほどの美少女だもの。女としての自信、なくすよね」


 と、横から爽やかなオーラが醸し出されている。これは、名シーンだ。

 イケメン大親友の真壁と巨乳非公認ライバルのすばるが織りなす物語だ。

 すばるに差し出したままの俺の手が虚しい。虚しいが、真壁、さすがだ。


 って、ちがーう。まーかーべーっ! お前まで、何言ってやがる!

 俺は男だって! 美少女じゃない。自信なくすってどういうことだよ。

 四六時中イケメン大親友の横にいる俺の方が自信なくす。責任取れよ!


 ま、これも全て、真壁のすばるに対する気の利かせ方に過ぎない。

 本心はどうあれ、このときはすばるに共感してあげることが必要だった。

 そう思えるから俺は、様々文句を言いたいのを押し殺して笑った。


 笑うといえば、真壁の右に出るものはいないが、真壁はそれだけじゃない。

 小道具にハンカチを持ち出し、すばるに右の手を差し出す。行動がイケメンだ。

 すばるからだと満面の笑みと男にしては細くて小さな右手が一直線上に並ぶ。


 すばるは左手でハンカチを受け取ると、涙を拭う。

 直後に反対の手で真壁の右手をぎゅっと握る。

 真壁が支えとなりすばるが立ち上がると、すばるの顔にもう涙はない。


「ほんと、そうだよね。君たち兄妹は、女殺しだ」

「こっ、殺してなんかいねぇし」

 妹と一緒にすんじゃねぇよ!


「ふふふっ。たとえに過ぎないのに。真に受けんなよ、バーカ!」

「な、なんだよ。お前の方がバカじゃん!」

 もー、頭にきた!


「そんなことないよ。純は世界公式バカだよ!」

「すばるこそ、宇宙公式バカじゃん!」


「……バカッ……」 「……バーカ……」 …………。


 それから数十秒、俺とすばるは互いに相手のことをバカと言い合った。

 真壁が止めに入らなかったのは、それを見て面白がっていたからだ。


「で、純様。私たちは何をすればよろしいのですか?」

「そうですわ。私たちを放って、盛り上がらないでください」


 俺は、すっかり忘れていた。千秋たちに何の指示もしていなかった。

________________________

 純くん、制限時間内に旗を掲げることはできるのでしょうか?


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 これからも応援よろしくお願いいたします。

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