私と俺と

 すばるは、事もあろうに茶箪笥の前を陣取った。

 そして、高笑いしながら親指で自分を指し示した。


「俺はあるお方の命令で君たちと行動してきたに過ぎんのだよ」


 あるお方、命令。偉い人って……まさか、母さん!

 いや……そんなはずはない。だったら一体、誰なんだろう。


 けど寮旗を横取りしようとしているのは明らか。

 くーっ。汚いぞ、春川すばる!


 だが俺は、まだ隠し場所を明かしていなかった。

 すばるは隠し場所について、重大なミスを犯している。


「純! 君はさっき『ビンゴ!』って言ったよね」


 たしかに言った。それは間違いない。

 けど、それとがどういう関係なんだ? まっ、まさか!

 いけない。すばる、それは絶対に辞めておくんだーっ。


 と、「ちょっと待ってよ、僕の公式ルームメイトさん」と真壁。

 絶妙なタイミングだ。さすがはイケメン大親友。

 けど、今回ばかりは火に油を注いでしまったようだ。


「さんってゆーなーっ! 俺は、男だーっ!」

 えっ、まじ? 巨乳なのに? イケボなのに?

 俺はてっきり女だと思ってたのに。やばいやばい!


「違うよ。君は立派な女の子さ!」

 と真壁が言う。あれ? どっち? すばるは男? 女?

 分かんなくなった。どっちだ、どっちだ?


 動揺しまくりのすばると、冷静沈着の真壁。

 あーっ。これは間違いなくすばるは女だ。

 でも、何で男だって言い張るんだろう。


 いずれにしても、この場は真壁に任せておけば何とかなる。

 だから俺はもうこれ以上慌てるのは辞めにして、こたつに入ってくつろぐ。

 野良メイド3人衆も同行してきて、俺に熱めのお茶をいれてくれる。


 うん。極楽、極楽!


 動揺のすばるは、さらに大声をあげる。


「そんなことはない。あのお方が女だから、俺は男でなければならないんだ」

 またあのお方。すばるはあのお方とやらに取り憑かれてるみたいだ。

 そう考えると哀れでしかたない。


「すばるさん。好きなんだね、その人のこと」

「だっ、だからさんって言うな、くんって言えーっ!」


「いいや、さんだよ。僕のルームメイトは春川すばるさんだ!」

「そ、それだって、あのお方のための演技なのさ……」


「本当に?」

「あ、あぁ。本当だとも……」

 流し目の真壁にすばるはタジタジになっている。


「すばるさん、嘘つくとき、鼻の穴が膨らむよね」

「う、嘘なんかついてないもん!」

 すばるはまるで子供。言いながら鼻を隠したんじゃ、自白したようなもの。


「もう、いい加減素直になりなよ。僕のルームメイトのすばるさん!」

「さんってゆーなーっ!」


 今度は興奮からか、手を下ろして拳を握りしめる。

 涙目で、少し長めの髪の毛が心なし逆立っている。

 そのときのすばるの鼻の穴はもちろん全開だった。


「いいや、すばるさんだよ。とってもかわいい女の子!」

「お、女の子ってゆーなーっ。私は……俺は男だーっ!」


「女の子だよ。僕のルームメイトで、秋山の公式ライバルさ」


 それは違うぞ、真壁。たしかにすばるは俺を公式ライバルと呼ぶ。

 しかし俺からすれば、ライバルはすばるじゃない。真壁、お前だ!

 真壁こそ俺のライバルにしてイケメン大親友の幼馴染だ。


 い、いかん。ついにすばるが逆上してしまった。


 真壁の言うように、すばるは女で間違いない。

 巨乳だし、かわいいところもある。俺だって1度は告った相手だ。


 けど、逆上してしまったら何をするか分からない。

 もしこのまま茶箪笥を開けてしまったら、すばるはもう……。

 ここらで潮時か。ああなる前に、始末をつける。


 俺は熱いお茶を3度に分けてゆっくり飲み干した。

 それから「ごちそうさま」と言って湯呑みをりえに渡した。

 りえは真面目な顔をして「お粗末様です」と返してくれた。


 あとは、すばると向き合うだけ。

 ところが、一瞬早くすばるが逆上してしまう。

 そのこと自体は、予想外だった。


「ちっ、ちきしょー! 兄妹して私のこと、無視すんなーっ!」


 逆上したすばるは、ある意味では素に戻っていた。私を俺と言い直さない。

 その前には兄妹と言った。これも予想外のことだった。

 けど、2つの予想外とすばるが中等部出身であることを合わせて考えてみる。


 すると俺は妙に納得してしまうのだった。

 すばるが度々『あのお方』と呼んだ人のことを、俺は知っている。

 妹のあおいのことで間違いはなさそうだ。


 今のすばるの一言で、真壁も気付いているだろう。

 あるいは、それよりもずっと前から分かっていたのかもしれない。

 俺に気付かせるためにすばるを誘導したとも考えられる。


「くれてやるーっ。旗なんか、くれてやるーっ……」

 それはそれは、悲痛な叫びだった。茶箪笥の扉にすばるの手がかかる。


「……だから私を無視するのは……無視するのはやめてください……」

 そう言ったあと、すばるが茶箪笥を開けることはなかった。

 すばるはただしゃがみ込み、うずくまるのだった。

________________________

 あのお方の出自が明らかに。今後、物語に登場するのでしょうか!


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 これからも応援よろしくお願いいたします。

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