最終話 これからもほのぼのと

 それから、季節は瞬く間に過ぎて行った。

 沢木さわきさんは「本当に良かったわね。めぐみ」と祝福してくれた。


「ありがとう。お母さんのおかげだよ」


 お母さんっ子の恵ちゃんとしては色々思うところがあったんだろう。

 なんだか涙ぐんでいた。


「結婚したら、裕二ゆうじ君のところに住むの?」

「うん。裕二君もそれでいいって言ってくれるし」

「うちの子をよろしくね」

「もちろんです」


 沢木さんは僕のことを甥っ子のようなものだと言ってたっけ。

 なら、その信頼を裏切らないようにしないと。


「でも、甥っ子と思っていたけど、結婚したら義理の息子ね」


 沢木さんは妙に嬉しそうで、なんというか昔からほわほわした人だ。


「沢木さんの事をお義母さんと呼ぶのは微妙にむず痒いんですがね」


 昔から縁のある人だからこその照れくささかもしれない。


「別にどっちでもいいわよ?好きなように呼んでくれれば」

「じゃあ、沢木さんでお願いします」

「裕二君も意外なところで恥ずかしがりやですよね」

「そういう事言うと、夜はイジメるよ?」

「お母さんの前でやめてくださいよ。そういうこと」


 などと、沢木さんとの顔あわせは和やかに終わったのだった。


 そして、やはり外せないのは「なつかし焼き」の秀子ひでこさんだ。

 この店で出会ったから僕たちの今があるのだから。


「裕二君もぼーっとした子やったけど、これで安心できるねえ」

「さすがに僕も成長しましたからね?」

「私にしてみればいつまでも子どもだよ」


 秀子さんの店は、昔から、思春期の人間のたまり場だった。

 色々な人の出会いや別れ、あるいは結ばれたカップルなどを見てきたそうな。

 

「でも、常連さんから今でもお土産が送られて来るんだから凄いですよ」

「それも私の人徳よ」


 偉そうな物言いだけど、かつてお世話になった身だ。反論できない。


「でも、2人とも、結婚しても店には来るんよ?」

「それはもちろん」

「少し恥ずかしいですが……もちろん」


 僕の家から歩いてたかだか30分足らず。

 これからも足を運ぶ機会はあるだろう。


 そして、僕の両親。

 といっても京都市内なので会うのもすぐだった。


「ゆうちゃんがこうして結婚するなんて感慨深いわねえ」

「あれ?裕二君って、お母様には「ゆうちゃん」って呼ばれてたんですか?」


 何やら弱みを見つけたとばかりににやけている。


「そうだよ。20代の息子を「ちゃん」付けもないだろうに」

「呼び方にこだわるところがまだまだ子どもだな」


 まあ、親にとっては何歳になっても息子なんだろう。

 僕らも親になったらいつかわかるだろうか。


「ところで、孫はいつ抱かせてくれるの?」


 また、嫌な話題が来た。

 もう僕も社会人でそれなりの給料をもらっている身だ。

 恵ちゃんはまだ大学生だけど、少しは話し合っている。


「授かりものですから、確かなことは言えませんが……再来年くらいには」


 恵ちゃんは恥ずかしそうにぽつりとつぶやく。


「さすがに大学は卒業してからの方がいいからね」


 しかし、僕も数年後には人の親になるのか。

 いや、もちろん出来るとは限らないわけだけど。


「子育てで困ったらサポートしてあげるから。いつでも頼りなさいね」

「ああ。いつでも頼らせてもらうよ。恵ちゃんも遠慮なくね」

「は、はい。出来るだけお手数をおかけしないようにしますが……」


 うちの親とはまだそれほど親しいわけではない恵ちゃん。

 頼っていいと言われても少し恐縮してしまうんだろう。


 こうして、両家との顔合わせは無事終わり。

 同棲と同時に籍を入れてさらに季節が流れた。


◇◇◇◇


「やっぱり桜の季節の天神てんじんさんはいいですね」


 翌年の春。僕らは2人して北野天満宮きたのてんまんぐうを訪れていた。

 満開の桜はやはりいつ見ても綺麗だ。


「しかし、お腹も大きくなってきたよね」

「私もいよいよお母さんになっちゃうんですね」


 結局、再来年とか言ってたけど、歳の暮れに恵ちゃんの妊娠が発覚。

 妊娠初期はやっぱり色々不安定になったけど、ようやく安定期だ。

 とはいっても、お腹が大きくなってくると別の辛さはあるらしい。


「僕もお父さんか。こんなに早くなるとはね……」

「裕二君もお父さんとして、しっかりしてくださいね?」

「頑張るよ。頼りない部分はあるけど」

「そこのところは、もちろん私も支えますからね」

「でも、生まれる前後とか色々抱えこまないでね」


 彼女は聡いけど、そういうところがある。

 一応だけど、釘を刺しておかないと。


「はい。きっちり頼らせてもらいますから。旦那様」

「その旦那様っていうの、やめない?」


 彼女がいたずら半分で言っているのはわかるんだけど。


「なんでですか?いいじゃないですか、旦那様」

「だって、僕にとっては裕二君の方が親しみがあるし」

「じゃあ……ユウちゃんで、どうですか?」

「母さんと話した時のことか……」


 年上としてはちょっと勘弁願いたいのだけど。


「母さんに呼ばれてるみたいで凄い微妙な気分」

「じゃあ、やめておいてあげますよ」

「恵ちゃんもそういう悪戯をするようになったよね」

「それはもう。夜によくイジメられたの忘れてませんからね?」


 まあ、確かにそういう事はあったけども。


「まあ、復讐はほどほどにね?」

「それは裕二君次第ですから」

「なに?恵ちゃんとしてはどうしたいの?」

「今は無理ですけど……お腹の子が生まれたら、今度はイジメたいです」

「ええー」


 なんと。


「まあいいや。とにかく、これからもよろしくね、恵ちゃん」

「はい。裕二君。ずっと、ずっとよろしくお願いします!」


 賑やかに話しながら桜が満開の天神さんを歩く僕たち。

 ちょっとした再会から始まった物語はこうして続いていくのだろう。


 いつまでも仲良く居られますように。

 そう、天神さんに祈った僕たちだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

のんびり京都市内を散策したり、いちゃいちゃする物語もこれにて終わりになります。もうちょっと色々紹介できればよかったのですが、コロナ禍で新鮮なネタをお届けするのが案外難しかったのがネックだったでしょうか。


ともあれ、二人は今後も子育てに忙しくしたりと、京都での生活は続いていく気がします。


応援コメントなどお待ちしています。ではでは。

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桜の都と少女の恋 久野真一 @kuno1234

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