第27話 婚約指輪とかつてのきっかけ
さて、時は猛暑が過ぎた9月初旬。相変わらず激暑だけど。
京都は
目的はと言えば恵ちゃんへの婚約指輪を買うこと。
男女の付き合いを始めてまだ半年足らず。傍から見れば少し早すぎるのではないか。そう思う人もいるだろうけど、うちの両親にも会ってもらったし、沢木さんには言うに及ばず。
このまま交際が長くなって、お互いに幻滅するなんてこともなさそうだし、もうプロポーズしても良いだろうと。そう判断してのことだ。
だた、少し悩んだのは婚約指輪の価格帯。俗に給料3か月分とも言われるらしいけど、恵ちゃんとしてもあんまり高い婚約指輪を送られても気後れしてしまうだろう。「それよりも、そのお金で思い出を作りたい」なんて言うのが彼女の性格だ。
しかし、あんまり安物を送るのも僕としてはどうかと思うわけで、結果、20万円くらいの高過ぎない、そして、小粒のダイヤが嵌め込まれた装飾過剰でない代物を選ぶことにした。
(でも、OKしてくれる事を確信してるってのもどうかと思うな)
ただ、直感だけど、別に悪い返事は来ないだろうと確信していた。
(あとはプロポーズの場所だよねえ)
きっと、どこでも受けてくれるだろうとは思うけど、一生に一度の機会。思い出に残る場所にしたいというのが正直なところだ。
(やっぱり天神さんかな)
北野天満宮はやはり僕と彼女にとっての出会いの場所で、いろいろな意味で思い出の場所でもある。季節的にも観光客でごろごろっていう感じではないし、いいかもしれない。
よし。予定を聞こうと思いきや、着信。
見ると、
「もしもし、恵ちゃん?どうしたの?」
時計を見れば13時を回ったところ。
今日は土曜日だし、家に遊びに行きたいという話かも。
「今夜、ちょっと付き合ってほしいところがあるんですけどいいですか?」
付き合ってほしいところか。
「家とかじゃなくて、どこか外?」
「はい。ちょっと……その。私としても重要な事を告白したくて、ですね」
思い当たるのは、以前の「好きになったきっかけ」辺りだろうか。
「おっけ。どこに何時で待ち合わせする?僕は今日はもう予定ないし」
「んーと……天神さんに、20時頃、というのはどうでしょうか?」
「あれ?その時間だともう参拝は終わりじゃないのかな?」
「実はちょうどライトアップしてて、夜間も空いてるらしいんですよ」
「へー。それはいいかもね。じゃあ、現地で20時待ち合わせで」
「は、はい。よろしく、お願いします」
最後のところ、少し緊張していた気がするけど……まああとでわかるか。
しかし、これは婚約指輪を渡すのにベストタイミングかもしれない。
ライトアップされた天神さんでのプロポーズ。
結構ありに思えてきた。
(プロポーズの言葉はアドリブで考えればいいか)
なんとも適当なことだけど、その場になれば言葉はきっと出てくるもの。
でも、恵ちゃんは……内容は想像がつくけど、一体何を話してくれるんだろうか。
今考えても彼女が僕をいつ好きになってくれたかは検討がつかない。
◇◇◇◇
「あ、裕二くーん」
ぶんぶんと手を振り回して、駆け寄って来る……って着物?
「ちょっとせっかくだから、着付けしてみたんです。どうですか?」
くるりんと一回転。かわいい。
「完敗。負けたよ」
「ふふーん。やりましたよ!」
やけにドヤ顔だけど、それも可愛いとか思ってしまう。
「それで、参拝していく?」
見上げると暗闇に浮かび上がる大きな鳥居。
あの頃から……いや、もっと昔から変わらずあるそれ。
何百年とこの地を見守ってきた代物なんだろう、きっと。
「うーんとですね。参拝じゃなくて、入口近くの木の下に用があるんです」
「うん?まあいいけど」
例の、好きになったきっかけの件だろうか。
北野天満宮を2人で歩いたことは一度や二度じゃない。
果てさて、一体いつの事やら。
入口を入って、少しわき道に逸れたところに一本の梅の木があった。
といっても今はもう季節を過ぎているけど。
「ここです」
「ん-、何か特別なことがあったかな」
何か話したような記憶はあるのだけど、何か特別な記憶があっただろうか。
「ああ。ひょっとしたら、裕二君には何気ない日常の一幕だったのかもです」
「そっか。続けて?」
「はい。当時の私は中2でした。それで……春頃、色々不安定だったんですよ」
「まあ。思春期っていうくらいだからね」
僕が同じころはどんなだっただろうか。
なんか、のほほんと過ごしていた気もする。
「それもですが。やっぱりあの頃って男と女って言うのが違うっていうのをはっきり自覚してくるじゃないですか」
「まあ……わかるよ」
要は第二次性徴の事だろう。
「それで。変にからかい出す男の子も出て来るし、女の子も女の子で、妙なコミュニティが出来上がり始めますし」
「女の子の方は知らないけど、確かに、妙に色気づくガキはいっぱいいたかも」
無神経な奴に至っては、突然ボディタッチして総スカンを食らうケースすらも。
「それで、なんで男と女なんてあるんだろう。皆仲良くできればいいのに、とか、色々悩んでしまいまして……」
「ああ。そういえば、妙に暗かった時期があったね」
言われてようやく思い出した。
「なつかし焼き」で会った時に、妙に口数が少なくなっていた時期があった。
「それで、本当は家出たくなかったんですが、お母さんがなつかし焼きに行きたそうでしたし、お母さんはお母さんで私が一人で家にいるとかいうと気にしそうでしたし」
「確かに。そういうこともあるかも」
彼女は早熟だったけど、当時に色々気を遣う子だった。
だから、思春期の悩みを沢木さんに素直に打ち明ける事も難しかったんだろう。
「でも、とにかく、楽しそうにお母さんたちが話してるのがなんとなく辛くて。天神さんお参りしてくるから、って言って逃げちゃったんですよね」
「ああ、ああ。確かにあったね。沢木さんたちもちょっとびっくりしてたけど」
泣きそうな顔をしていたから、皆して心配したものだった。
「あ、そっか。お母さんたちもそりゃ心配しますよね」
「君もそれがわからないわけじゃなかっただろうけどね」
「とにかく、天神さんの中で人が居ない一角で座ってたんですよ。こうして」
着物だと汚れるだろうに。
懐かしそうに、そっと彼女は腰を下ろしたのだった。
「ああ、そっか。なんかあったのかなってちょっと見に行ったら居たよね」
「ええ。私としては、見られたくないところを見られたって感じでしたが」
「強がりたかったんだよね」
「はい。やっぱり子どもでしたから」
でも、そんな話のはずなのに、不思議と彼女は懐かしそうに目を細めている。
「で、僕が何か恰好いい言葉をかけてあげたことでもあったっけ?」
あえておどけて言ってみる。
きっと、そんな言葉はなかっただろうけど。
「いいえ。ただ、「恵ちゃん、なんか辛い?」とだけ」
うーむ。それはいいことなんだろうか。
「「色々あって、疲れちゃいました」っていったんですよね。そしたら……」
「なんかあったかな?」
「「まあ、そういうことだってあるよ」って黙って手を繋いでくれました」
うわあ。当時の僕、何やってるんだ。
「何やってるの?当時の僕?」
なんか聞いてるとすっごい偉そうだ。
「私はうれしかったんですよ?細かく話せることでもなかったですから」
「なんか、思いっきり結果論な気がする……」
「別に黒歴史なんかじゃないですから。裕二君も誇ってくださいよ!」
少し拗ねたような言葉がむず痒い。
「いやでもさあ。歳の差があったから、なのかな?よくそんなことできたな、僕」
「ともかく。黙って落ち着くまで手を繋いでくれて。この人の前では安心していいんだって、そう思えたんです」
「なら、光栄なのかな」
僕としては、色々背中がかゆくなってきそうなんだけど。
「その夜、思い返してたんですよね。なんだか胸の中が暖かくなるような、なんかすっごく恥ずかしいような。あれ?これって何なんだろう?て気持ちが湧いて来て……」
「つまり……」
僕はその時は気づいてなかったけど。
「その時に、好きになっちゃったんです」
顔を真っ赤にしながら、そんな思い出を告白されてしまった。
どうせたわいないことだろうなと、平然と聞けるだろうと思っていたけど、思い違いだった。僕にとっては少々恥ずかしすぎる。
「そういえば。あの頃以降に、態度が変わった気がしたんだけど……」
「それは……好きな人に振りむいてほしかったですから」
「うわぁ」
いや、でも。気づかなくたってしょうがない。
だって、当時の彼女は中2で僕は高3だ。
妹のように見てたのは本音でもあったし。
「……?なんで、裕二君が妙な表情してるんですか?」
「僕は、嬉しいのか恥ずかしいのか。なんて受け取ればいいのかわからないよ」
しかも、気づかずにそのまま、大学に進学して離れ離れになったわけだし。
「平然としてるかと思えば、妙なところで恥ずかしがるんですね」
「僕はね。そういう歯の浮く言葉が死ぬ程苦手なんだよ……!本当に!」
「何言ってるんですか。再会してからもいっぱい言ってる癖に」
「僕的には違うの!」
付き合って数か月なのに、なんだこの気持ちはと正直思う。
しかし、僕は僕で今夜は決める気で来たのだ。
せめて、指輪はきちんと渡そう。
「とにかく。僕の方も実は今日、言いたいことがあったんだ」
「なんか言いたそうでしたよね」
「長口上は死にそうだから、一言でいうね。結婚してください!」
傅きつつ、箱を差し出す。
「……え?その……」
何を言っていいのか。そんな顔で恵ちゃんは固まってしまった。
「え、ええと。これは。プロポーズ、で、いい、ん、でしょうか」
顔がこれまで見たほどない程まっかっかになっている。
「そういうこと。で、どうかな?」
さすがにこれは悪い反応ではない、と思いたい。
「あの。本当にいいんでしょうか。私、で」
「いったはずだよ。結婚を前提にって」
「もちろんそうですし。嬉しいんですけど。私、まだ大学生ですし、裕二君にふさわしいかとか色々わかりませんし……えーと、えーと」
「落ち着いて、恵ちゃん」
逆にここまで彼女がパニックになるとは思っていなかった。
「恵ちゃん自身の心として、僕と結婚したいと思ってくれるか。それだけ知りたい」
「ずるいですよ。だったら、「はい」って答えるしかないじゃないですか……!」
そう言うとぐすぐすと泣き始めてしまった。
「あの。これ、婚約指輪、ですよね?」
「そうだけど」
「嵌めて……くれますか?」
「りょ、りょうかい」
僕まで緊張が伝染しそうだ。
ともあれ、サイズは以前に聞いたことがあるし、間違いない。
そっと、彼女の細い薬指に婚約指輪をはめると、
「これ。私、裕二君のお嫁さんになるってこと、ですよね?」
「それは、そのつもり。うん」
「あの。不束者ですが、よろしくお願いしますね」
地面にわざわざ三つ指ついて、そんな事を言われたのだった。
しかし、着物だとお似合い感が半端ないなあ。
「うん。色々あるだろうけど、一緒にやっていこう?」
「はい。でも、籍とかっていつ入れます?」
「えーと……いつがいい?」
「その……もし、裕二君がいいなら、ですが」
「ああ」
「今年中とか。えと、いやその早すぎるとかなら、別に待てますから」
「落ち着いて。大丈夫。少なくとも、うちは2人泊まれるから、場所はあるし」
「あとは、お母さんと、裕二君のお父様、お母様の許可がいりますよね」
「厳密には成人してるからいらないけど。ちゃんと言った方がいいだろうね」
「ああ。緊張してきました……以前にご挨拶はしましたけど」
「大丈夫。大丈夫だから、ね?」
「その。色々とフォローできると助かります」
「OK。まあ、沢木さんは……たぶん大丈夫だろうね」
「ええ。きっと、喜んでくれますよ」
なんて言いあった僕たち。
しかし、今年中には妻帯者の仲間入りか。早いような遅いような。
「なんか遠い目してませんか?」
「いや、人生の墓場というやつに踏み込んだのかな、と」
「もちろん、墓場とかにならないように尽くしますけど?」
「冗談だよ」
「ムード考えてくださいよ。もう」
「ごめんごめん」
なんて言いつつ、天神さんを後にした僕たちだった。
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