第三章 京都紀行

第8話 京都談義

 僕とめぐみちゃんが改めて「告白」し合ったその日の夜。

 もう少し一緒に居たいという彼女の言葉もあって、僕の家に泊めることになった。


 なお、彼女の母親である沢木さわきさんはと言えば。


「楽しんでらっしゃいね、恵」


 とのほほんとしたものだった。きっと、信頼されているんだろうけど。

 というわけで、夜のリビングで紅茶を飲んでいる僕たちだけど。


「あ、あの。裕二ゆうじ君」

「どうしたの、恵ちゃん?」

「え、えーと。今日、泊まるのはいいのですけど、明日、お仕事は大丈夫ですか?」


 ああ、なんだ、そんなことか。


「大丈夫。うちの会社、完全裁量労働制で、十一時出社とかでもOKだから」

「IT業界って、そんなにホワイトなんですか?」


 さすがに、ビビられてしまった。


「うーん。人にもよるけど、うちだと、十二時に来る人も居るよ」

「それ、大学生の私よりもユルユルな気が……」

「そういう人も優秀っちゃ優秀だからね。やる事やってれば、OK」

「逆に、深夜まで働いたりとかは?」

「納期直前とかはあるけどね。そこまで多くないかな」

「なんだか、私もITエンジニアを目指したくなって来ました」

「恵ちゃんなら今から勉強してもいけそうだけど。ま、それはともかく」


 少し咳払いをして。


「今日、泊めるのはいいけど、えーと……そういう事は、また今度ね?」

「私はその、覚悟してきたんですが」

「僕の覚悟が定まってないんだよ」

「童貞だから、うまく出来るか心配、とかですか?」

「またそういう弄り方をする。でも、そうだね。正直、それもある」

「そこで正直に来られると逆に困ってしまうんですけど」

「だって、出来る限り、恵ちゃんにとっていい思い出にしたいし」

「そういう口説き文句は、キュンとしちゃうので、やめてください」

「いや、本心なんだけど」

「そういえば、裕二君はそういう人でしたね。はあ……」


 どうにも、覚悟を決めていたらしい恵ちゃん。

 何もないとわかって、気が抜けたらしい。


「まあ、ゆっくりと、寝るまでお話でもしようか」

「何の話をします?」

京都きょうと談義。いやー、色々懐かしくてさ」

「私は、ずっと京都だから、実感わかないですけど。何ですか?」

「いやさ、京都市内の中心って碁盤の目状でしょ?」

「そうですね。慣れすぎてて、意識したこともないですけど」

「東西南北にきっちり通りがあるって素晴らしいって感動するんだよ」

「そういえば、東京とかは、もっと曲がってるらしいですね」

「そう、そうなんだよ!僕なんか、方向音痴な方だから、マップアプリがないとほんと困って困って。その点、こっちは、大通りさえ抑えておけば、自転車でスイスイだから気楽だね」


 特に、北は北大路通。南は九条通。西は西大路通。東は東大路通。

 その四つの通りで囲まれた、洛中と呼ばれる地域は、端から端まで自転車で行っても、頑張れば自転車で二時間かからずに行けてしまう。


「裕二君、なんか、テンション高いですね」


 ボソっと恵ちゃんのツッコミ。


「もう夜も十一時だからね。深夜のテンションって奴かも」

「っぷ」


 何を思い出したのか、恵ちゃんがクスクスと笑いだした。


「どうしたの?」

「いえ。ただ、裕二君とお母さんたちと、「なつかし焼き」で新年迎えるのが恒例だったじゃないですか。裕二君がすっごいはしゃいでたなあって、思い出しちゃったんです」

「あそこで迎える新年はなんだか特別感があったんだよ」


 まあ、深夜三時に帰宅する頃には、眠気の方が勝っていたけど。


「そうですね。私も、楽しかったです。でも、来年からは、また、一緒ですね」


 とても嬉しそうに言う恵ちゃんに、なんだかほのぼのとしてしまう。


「そうだね。また、四人で新年を迎えようね」

「それなんですけど。来年の元旦は、二人きり、の、方が、いいです」


 何を考えたのやら。頬が真っ赤になっている。


「恵ちゃんも、たいがい、ムッツリスケベだね」

「ムッツリスケベってなんですか。童貞なのに」

「一度、突っ込もうと思ってたけど、恵ちゃんも、経験ないよね?」


 まあ、僕としてはそこにはこだわらないけど。

 これまでの反応を見る限り、ほぼ間違いない。


「そ、それは、そうですけど。とにかく。四人で過ごすのも楽しかったですけど。来年は一緒に過ごしたいんですよ」

「そうだね。そうしようか」


 ふと、そんな彼女が愛しくなって、抱き寄せてみる。


「ちょっと……裕二君」

「これくらいならいいでしょ?」

「いいですけど。なんか、小六の頃に戻ったみたいです」

「恵ちゃんにそんなことした覚えはないんだけど?」


 そんな、甘えんぼな子じゃなかったはずだし。


「一回だけありましたよ。覚えてないんですね」

「え?いつ、いつ?」

「覚えてないなら、そのままでいいです」


 気になったのだけど、彼女は答える様子はなく。

 その後も、眠くなるまで、お喋りに興じたのだった。

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