第9話 鴨川デート

 四月十日の土曜日。雲一つ無い快晴だ。


「いやー、晴れて良かったね」

「ええ。本当に」


 京都の四条大橋しじょうおおはしの真下辺りでほのぼのとしている僕たち。

 四条河原町しじょうかわらまち付近にある、鴨川かもがわ沿いのデートスポットでもある。

 四条河原町は京都最大の繁華街はんかがいで、今日、ここに来るまででも、人でごった返していた。春の京都は本当に人が多い。

 で、なんで僕たちがここにいるかというと、


鴨川かもがわデートしましょうよ!」


 という恵ちゃんの提案があったから。

 というわけで、麗らかな昼下がりを、河辺に二人で並んで過ごしている。


 いいお天気で暑くなり過ぎそうなところ。

 でも、鴨川沿いに吹く爽やかな風のおかげで、ちょうどいい過ごし安さだ。


「にしても、鴨川というと、川沿いに延々と並ぶカップルが有名だけど……」

「私たちも、そのカップルの一組ですけどね。忘れてませんか?」


 ちらと横目で伺うと、少し不満そうな恵ちゃん。


「ごめんごめん。目を酷使する職業だから、つい、のんびりしちゃって」

「そんなに、ですか?」

「別に僕だけじゃなくて、ITエンジニアはみんなそんなものだよ」

「ちょっと、顔をマッサージしてあげますよ」


 と立ち上がった恵ちゃんが、後ろからこめかみをグリグリと揉んでくれる。


「あ、それ、結構、いい、かも」


 本当に目を酷使しているのだと実感する。

 続いて、目の回りや、首の後ろ辺りも。


「なんか、肩凝りもよくなった気が」

「実際には首の、辺り、が、凝ってること、も、多い、んですよ」


 指圧しながら、教えてくれる。


「にしても、上手だね。まさか、マッサージ屋さんでバイトでもしてるの?」

「お母さんが肩凝ること、多いんですよ」


 なるほど。お母さんのために、と。


「もう十分だよ。ありがとう」

「どういたしまして、お兄ちゃん」


 !?


「ど、どうしたの?急に」


 ビックリして隣を見ると、小悪魔めいた笑み。


「裕二君の本棚」

「ま、まさか……」


 先日、彼女を泊めた時のことか。

 素知らぬ顔をしていたけど、密かに僕の本棚を覗いてたとは。

 そして、知ったのだろう。その中に、「妹もの」があることを。

 もちろん、特別妹趣味というわけじゃないけど、好みのジャンルではある。


「裕二君、「お兄ちゃん」て呼ばれたかったんですよね?」


 それは、否定できないけども。


「エッチな本見て、何も思わなかったの?」


 彼氏としては、そっちが気になるところだ。


「無かったらどうしようって思ってました」


 何故かほっとされてしまった。


「マジか。そっちが心配だったの?」


 恵ちゃん、理解があるのはいいけど、それでいいの?


「今だって、私より景色眺めてます」


 ぷくっと膨れてみせる恵ちゃんだけど、


「景色に嫉妬しないでよ」

「冗談ですよ、冗談。私も春の鴨川は好きですから」


 と、川の向こう岸を眺めてるけど、


「何か面白いものでもあった?」

「いえ。あそこに、肩を寄せ合ってる恋人が」


 言われてみれば、向こう岸に、肩を寄せ合う若いカップル。


「ひょっとして、ああしたいの?」


 と率直に聞いてみるも。


「裕二君はデリカシーが足りません!」


 と怒られてしまった。

 

「ごめんごめん。はい」


 と僕の方に彼女を抱き寄せる。


「はじめから、こうしてくれれば良かったのに……。というか、裕二君、余裕綽々で、私の方が初心なの、納得行きません。やっぱり、経験あるんじゃないですか?」


 眉を寄せて、何やら不機嫌そうな表情で睨まれてしまう。


「だから無いって。でも、そうだね。大学時代、サークルでスキンシップ大好きな後輩が居たから、そのせいかも」

「元カノさんですか?」


 なぜそうなる。


「だから違うってば。恵ちゃん、意外に嫉妬深い?」

「だって、ずっと、連絡くれなかったですし。その間に彼女さんが居たって不思議はないですもん」


 なんともはや。

 そんなにまで想われているとは嬉しい限り。

 でも、彼女、ね。


「実のところね。大学時代、一度、妄想したことはあるよ。恵ちゃんが彼女だったら、って」


 こんな恥ずかしい話、封印しておきたかったんだけど。


「え?そ、それは、その、ありがとう、ござい、ます」


 途端に顔を赤くして、照れ始めた。


「やっぱり、可愛いね、恵ちゃんは」


 と、きめ細やかな髪を優しく梳いてあげる。


「もう。やっぱり余裕綽々よゆうしゃくしゃくなんですね」


 そういいつつも、今度はご機嫌な彼女。


「実は、鴨川デート、憧れだったんです」

「なるほどね。なら、良かったよ」


 実に京都市民らしい憧れだ。

 実際、周囲にはカップルがうじゃうじゃ。

 大学の学友が見たら、「リア充爆発しろ!」と叫んでそうだ。


「今の僕たちって、リア充って奴なのかな」

「知りませんよ。そんなの。でも、嬉しいのは、確かです」


 しかし、恵ちゃんと過ごすと、なんとものんびりしてしまう。

 ふわあー。なんか、眠く、なってきた。


「裕二君、眠いんですか?」

「昨日、技術書読んでて、ちょっとね。あ、もちろん、自主的にね」


 ITエンジニアの宿命という奴で、

 仕事時間以外でもつい技術書を読みふけってしまう。


「そうですか。裕二君も大変なんですね」


 と、ポンポンと恵ちゃんが自分の膝を叩いている。まさか。


「膝枕とか、いうつもり?」

「してあげたくなったんです。裕二君が嫌ならもちろん……」

「いや、それなら、お言葉に甘えて」


 頭をスカートの上に乗っけると、何やら安心してくる。


「なんだか、ちょっと可愛いです」

「もう、なんでもいいよ。それじゃ、お休み……」


 こうして、日が暮れるまで、僕は、彼女の膝で眠りこけてしまったのだった。

 夕方になって、起きてみると、彼女もすやすやと眠りこけていて、

 なんだかとても可愛らしく思えた。


(実は、彼女は癒やし系だったりするんだろうか?)


 などとどうでもいい事を考えてみるけど、どっちでもいいか。

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