第7話 彼女の本当の気持ち

 「なつかし焼き」を後にした僕らは最寄りの北野天満宮きたのてんまんぐうへ。


 平安時代の貴族であり、学者であり、詩人であり、政治家であった菅原道真すがわらのみちざね。よく知られているように、九州の太宰府だざいふに左遷されて、失意の中、世を去った。


 その後、彼の怨霊ではないかという出来事が立て続けに起こったため、恐れをなした当時の朝廷は、彼を神として祭り、怒りを鎮めようとした。それが、彼が神となった「天神様」の始まり。そして、この北野天満宮は、その中でも最古のものの一つ。


 昔よく見た、大きな鳥居をくぐって、参道を歩いていると、そこかしこに桜が。


「なんだか、とても落ち着くね」

「そ、そうですね」


 ん?なんだか、微妙にめぐみちゃんが挙動不審だ。

 まあいいか。


「確か、僕が大学受験のときに、合格祈願のお守りをくれたよね」


 大切な思い出だ。


「私なりに、裕二ゆうじ君への気持ちを形にしたかったんですよ」

「勇気百倍だったよ。おかげで合格出来たよ」

「なくても合格してたと思いますけど。そういえば、あの日は雪が降ってましたね」

「寒い中、ああしてお守りをくれたのは、心がほっこりしたよ」


 つくづく、恵ちゃんはいい子だと思う。

 周りは観光客で大賑わい。

 その中を、僕たちは、昔を懐かしみながら歩く。


「そういえば。裕二君が関東に行く前日。凄く寂しかったです」

「うん。それはわかってた、つもり、だけど」


 僕としても、恵ちゃんの事は妹のように思っていたのだし。


「ううん。裕二君が思ってるより、きっと、ずっと、寂しかったです」

「そっか。君の中に、そこまで残ってたのなら、光栄なのかな」


 連絡をずっと取っていなかったことが申し訳なくなる。


「裕二君の中に、私はどれだけ残っていましたか?」


 真剣な問いかけ。


「どうだろ。恵ちゃんが受験で忙しいって聞いて。沢木さんが転職でバタバタしてるって聞いて。僕が入り込んじゃいけないんじゃないか。そんな事を思ってたよ」


 今思えば、とんでもない勘違いだった。


「私は、入り込んで欲しかったです」

「それは、どういう、意味?」


 彼女が何を伝えようとしているのか。

 予想がつくような気もするし、あたっていて欲しくないことでもあった。

 だって、もしそうだったら、ずっと寂しい思いをさせていたんだから。


「裕二君。私がこないだ付き合い始める時に言った言葉、覚えてますか?」

「ああ。お母さんを喜ばせたいのと、君もまんざらじゃないって話だよね」


 あの時は、彼女の本音だと思っていたけど、まさか。


「あれはですね。本当は、臆病だっただけなんです」

「臆病?何が?」

「だって、「まんざらじゃない」どころじゃなかったんです」


 その言葉に胸がドキンと跳ねる。


「ああいう言い方なら、もし、お断りされても、あまり傷つかないで済むから」

「そっか……」


 ということは、これから待っている言葉は。


「でも、ずるいですけど、今はお付き合いしてるから、言っちゃいますね」

「うん。聞くよ」

「本当は、裕二君が関東に行く前から、ずっと、大好きでした。きっと、妹としてしか見てもらえないと思っていたから、ずっと言えなかったんです」


 その言葉を聞いたとき、妙に腑に落ちている自分が居た。

 何やらそれらしい理屈で誤魔化していたけど、変だとは思っていた。

 僕の自意識過剰かもと思っていたから、自信はなかったけど。


「こういうところ、ちょっと、ずるいですよね。私」


 自嘲気味につぶやく、恵ちゃん。


「別にいいんじゃない?僕だって、振られて傷つくのは怖いよ」


 だから、恵ちゃんが予防線を張った理由だってわかる。


「ありがとうございます。それで、裕二君は、どう思ってくれてますか?」


 どう思っているか、か。


「正直ね。僕も単純なもので。昔、こっちに居たときは、確かに、妹のような人としか見られなかった。でも、僕も社会人三年目。恵ちゃんみたいに、可愛くて、知的で、気遣いもあって、それに、茶目っ気もある子に好かれたら、すぐ陥落だったよ」


 ずっと、ずっと、想ってくれていた彼女に比べたら、軽い気持ち。


「もう。嘘でも、ずっと好きだった、って言ってくれれば良かったのに」

「ごめん。嘘のつけない性格で」

「いいです。そんな所も、やっぱり裕二君ですから」


 気がついたら、人気の無い場所に来ていた。


「改めて、正式に、告白しますね。私は、あの時から。裕二君は覚えていないかもしれないけど。ずっと、ずっと、大好きでした。何年も連絡が無くても、忘れられないくらい。そして、再会した裕二君は、ちっとも変わっていなくて。もっと好きになりました」


 精一杯の告白に、申し訳ないような、とても嬉しいような気持ちになる。


「ありがとう、恵ちゃん。僕も、君の事を。連絡が取れなかった間も含めて。もっと、もっと知って。もっと好きになりたい。だから、改めて、よろしく」


 彼女の想いの強さにはちっとも見合っていないかもしれない。


「それじゃあ、キス、していいですか?」

「うん。僕も、そうしたい」


 お互いに抱きしめあって、自然と口付けを交わしていた。


「なんだか、凄く恥ずかしいです」

「僕も、ね。情熱的な告白をされたからかもしれない。ちょっと意外だったよ」


 だって、僕のよく知る彼女は、冷静で。もちろん、情に厚い子だったけど。

 それでも、こんなに情熱的だとは思わなかった。


「本当に、いい女性になったね」

「私なりに自分を磨きましたから」


 こうして、僕たちは、あっという間に仲が進んでしまった。


 この先に僕たちを待っているのは、どんな景色なんだろう。

 でも、彼女と一緒なら、きっと、楽しくやっていけそうだ。


☆☆☆☆

第2章はこれで終わりです。

今度こそ、京都ローカルネタ盛り盛り&イチャイチャなお話……の予定です。

続き読みたいって方は、☆レビューとか、応援コメントいただけると嬉しいです。

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