7.オータム*トリート -1-

 ハロウィン。

 それは仮装した人たちが街を練り歩き、家々を回ってTrick or Treatトリック・オア・トリートと言ってお菓子を貰っていくイベント。

 本来の行事とは離れたイメージを持った日本のハロウィンは、一度始まってしまえばただの仮装推奨のお祭りだ。


「お祭り。そう、これはお祭り。文化祭と変わらない」


 今日もハニカム・ベーカリーで働くアタシは、来店するお客さんたちの格好を見て、高校であった文化祭のバカ騒ぎを思い出していた。

 みんながみんなでは無いけれど、思い思いにハロウィンにちなんだ仮装をしていて、とても楽しそうにしている。


 白いローブを被ったお化けに、なんちゃっての魔女や吸血鬼。

 オオカミ男とミイラとフランケンシュタインに、カボチャ頭。


「そうですミッカ先輩。文化祭と変わりません。どんなに先輩が素敵な衣装を着ていたとしても、それは文化祭の出し物みたいなものです!」

「いやでも……これは……。無理っ……」


 アタシの隣では品揃えが薄くなってきたパンの追加を持つ雨宮あめみやが、アレンジの効いたお化けの格好をしていた。

 膝元まである真っ白なフード付きのローブを着て、興奮気味になりながらも仕事をこなす彼女は、足の無い幽霊並みに素早く動いている。


 対してアタシは、いつも以上に鈍い動きでカウンターに立っていた。

 ノースリーブの上着に丈の短いスカート、体のラインが良く出る黒い衣装は、仮装というよりかはコスプレだ。

 モチーフは吸血鬼らしいけれど、マントもタイもそれっぽく見えるだけで、コウモリの髪留めとか最早関係ない。


 特に男性客の視線が素肌と一部に突き刺さり、それだけでも気が滅入ってくる。


「何でアタシがこんな格好しなくちゃイケないの」

「それは勿論、ハロウィンだからです!」

「もっとマシな衣装があるでしょう! 今雨宮あめみやが着てるやつみたいな」


 肩を出すものとか足を出す衣装には、よく着ている物と同じなので抵抗は無い。

 でも異様に体のラインを主張するものとか、一人だけ視線を集める変わった衣装とかは話が別だ。


 もう顔が熱くなっている事が手で触れなくても分かるし、心臓もばっくばっくと早鐘を打っている。


雨宮あめみや。変な動きをしてる奴いたら、分かってるよね」

「勿論ですっ! 盗撮とかしてる奴がいたら、ボッコボコにします!」

「それダメだから。ちゃんと捕まえて、注意したらデータ消して」


 お祭り騒ぎのテンションのせいか、妙に過激な思考に走りつつある雨宮あめみや

 もし何かあった時の不安が増す一方で、隣ではお客さんを手際よく捌いているピエロがいた。


 赤鼻を付けて、赤と白のスート柄が描かれた衣装を着ているのは、高校の時の後輩――西東さいとうみなみ君。


 語り口は長いけれど、今の格好が功を奏しているのか、子供たちが彼の下に集まっていた。


「成る程成る程。君たちはこの私、SSSスリーエス旅団提督の西さいとうみなみぃ……に、お菓子か悪戯かTrick or Treatと畏れも知らずに告げるのだな」


 ハニカム・ベーカリーがある商店街付近の子供たちが、お菓子を貰いにうちへ来たのは良いが、何故かアタシの補助役として呼んだ西東さいとう君の下へ、彼らは一直線に駆け寄ってきた。

 それを見るや否や、話が長いけど好青年みたいな振る舞いで接客をしていた彼は、たちまち豹変する。


 声を低めにして訳分からないポーズを取り、お菓子を貰いに来た子供たちどころか他のお客さんの視線を独り占めした。


「ならばぁ良しぃっ! この西さいとうみなみぃ……の、渾身の供物を受けるがいい。幼き勇士たちよ!」

西東さいとう君。もう少し普通に渡せないの」

「蜂須賀先輩。これは彼彼女たちにとっての試練。見ず知らずの家、親兄弟に頼る術もなく、一欠片の希望を胸にここまでやってきた。ならば至高のもてなしを捧げるが、我が今生の運命さだめ


 仰々しく両腕を広げて歓迎する西東さいとう君の寸劇に、子供たちは圧倒されたまま立ち尽くしていた。

 周りで見ていたお客さんは、目線を合わせてヒソヒソと会話を交わしている。


「おい西東さいとう。ぐだぐだ言ってないで菓子だせ、菓子。コイツら待ってんだろ」

「おおそうであった。では諸君。これが此度の戦果である!」


 子供たちの反応を待っていたのか、それともまだ何かを続けようとしていたのか。

 そっと子供たちの隣に膝を付いて現れたカボチャのお化けの一言で、西東さいとう君はいそいそとお菓子を準備し始める。


 黒いローブに大きいカボチャの被り物を被っているのは、西東さいとう君と同じ後輩の桜野さくらの君。

 雰囲気で怖がらせてしまうからと、西東さいとう君が彼に被り物を渡していたが、それはそれで怖いのは黙っておく。


「ふぅはははははっ! さあ存分に持っていくがいい!」

「このバカの言うことは放っておけ。こっちで配っから、好きなもん持ってけー」


 大量のお菓子が積められた籠を西東さいとう君から受け取った桜野さくらの君は、そのまま子供たちを連れて外へと向かっていく。

 ジャック・オ・ランタンについていく小さな怪物たちは微笑ましいものだけど、隣の魔王さながら高笑いしている西東さいとう君は、煩いの一言だ。


「そういえば西東さいとうくん。かえでくんの仮装ってどんなものか、知っていますか?」

「ふむ? ……待て、何だったか。確かそう、血を滴らせ夜闇よやみを舞う貴人だったかな」

「えっと………………。吸血鬼の事ですか?」

「まさしく」


 西東さいとう君の言い回しにピンとこない雨宮あめみやは、間を置いた後に問いかけると西東さいとう君は大きく頷いた。


 その隣でアタシの心臓がトクンと跳ね上がる。

 奇しくもアタシと同じモチーフである事に、複雑な感情が心の中を渦巻いていく。


 モチーフが被った事への不満と、アタシと同じように恥ずかしい格好をしていれば良いのにという好奇心。

 そこに混ざる僅かな嬉しさは、羞恥心が共有できるかもしれない希望が出来たから。


「ここへ顔を出す前に少しDayoffへ寄ったのだが、そこで見たのは――。ああ、丁度来たな」


 西東さいとう君が言葉を区切る辺りで、店内の一部がほんの少し静かになる。

 息を呑んだのは女性客ばかりで、西東さいとう君が指し示した店の外に彼女たちの視線が集まっていた。


 まず目に入ったのは、アタシが着ているそれとは違う、気合の入った白黒と赤の衣装。

 羽織るマントも被る帽子も真っ黒で、営業スマイルとはいえ珈琲を給仕する姿は、確かに目を見張るものがある。

 髪型も今日ばかりはワックスを使っているようで、耳につけているピアスも今の姿なら良く似合っていた。


 そう。

 吸血鬼は吸血鬼でも、コスプレではなく本来の貴族をイメージした衣装で、かえではせっせと働いていた。


「まさに貴族。盟友佐藤さとうも中々にやる」

「えっと……」

「あれ絶対マスターが本気出したやつですよ、先輩」


 やたら女性客に囲まれながら接客をしているかえで

 衣装の本気具合に引いている雨宮あめみやの声はアタシには聞こえず、胸の中にあった色んな感情は、火へとくべられ燃え滾るものに変わっていた。

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ハニー*メープル 薪原カナユキ @makihara

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