6.レイン*オータム

 暗い空からポツポツと雨が降り注ぐ。

 校舎から校門へ向かう生徒の姿は多種多様で、傘をさし歩いていく人もいれば、上着を頭に被せて走っていく人もいる。


 そして俺の隣にいる二人の男子生徒は、後者だ。


「わりぃ、佐藤さとう。先行くな」

「うむ。達者でな同志桜野さくらの弾丸雨注だんがんうちゅうへ果敢に飛び込み散ったお前は、我らSSSスリーエス戦隊の名誉鉄砲玉として、末代まで偉大なる勇者であったと――」

「いやお前も行くんだろ、西東さいとう


 学生鞄を抱えて雨の中を走り出す桜野さくらのを、ここへ着くまでに同行すると言っていた西東さいとうが、何やら敬礼をしていた。


 俺が白けた目で西東さいとうを見ていると視線が合い、厳つい画風の様な顔つきで再度敬礼する。


「ではまた会おう、戦友佐藤さとう。我ら二人の突撃により血路を開く故、再び相見える事は不可能に近いだろうが。天命尽きず、神にこの命が許されたその時には、貴殿との祝杯を楽しみにしている」

「んなこと言ってたら桜野さくらのの方が風邪ひくぞ。さっさと行け」

「それもそうだな。ではまた」


 西東さいとう西東さいとうで、男らしくそのまま雨の中を突っ切っていく。

 バシャバシャと雨の濡れた地面を駆けていく音は、すぐに遠くへと消え去り。

 俺も持ってきていた折り畳み傘をさして、一人何も言わず歩き始める。


「――あれ、かえでくん一人だけですか?」

雨宮あめみやか。そんなに不思議か」


 校門を出た辺りで、後ろから聞き慣れた少女の声が聞こえた。

 振り返ると、意外そうな顔をした雨宮あめみやがいた。


 俺とは違いしっかりとした紺色の傘を、両手で支えてさしている。


「そうですね。前はミッカ先輩、今は西東さいとうくんと桜野さくらのくんと一緒のイメージが有ったので」

「いつも一緒って訳じゃねえよ。それを言うなら、雨宮あめみやは今日バイトじゃないのか」

「私も違います。本当は毎日お店に行きたいですけど」


 会話が続くたびに、お互いの歩幅が変わっていく。

 俺は遅く、雨宮あめみやは少し速く。


 道路側に寄った俺の横に並んだ雨宮あめみやは、雨に負けそうなくらい落ち着いた声で話を続ける。


「受験がありますから。勉強を疎かにしたら、私はもうあの店に顔は出せません」

「アイツは気にしないと思うけどな」

「そう見えるようにするのが、上手い人なんですよね。先輩は」

「……かもな」


 無理をしていないか。

 辛い時は何時でも言えよ。


 どんなにアイツを思った言葉を投げかけても、返ってくるのは決まって困った様子の苦笑いだけ。

 昔はそんな事は無かったはずなのに、気が付いたらそういう仕草がアイツの癖になっていた。


「それを言ったら、かえでくんも何ですけどね」

「はあ? 何を言ってんだ雨宮あめみや

「だってかえでくんも、ミッカ先輩の前だと本当の事を言わないですよね」

「んなことねえよ。気のせいだ、気のせい」


 ふふっと軽く笑う雨宮あめみやは、あろう事か俺もミッカと同じだと言い始める。


 好みも趣味も、考え方すら違う俺たちを一括りにされるのは癪なのだが、俺の弁明を待たずに雨宮あめみやは続きを話していく。


「同じです。同じなんですよ、私にとっては。二人がいてくれたから、私は今の私でいられるんです」


 交差点に差し掛かり、信号が赤になっていた為、横断歩道の一歩手前で俺たちは立ち止まる。


 傘に当たり跳ねていく雨の音に、通り過ぎていく車たち。

 二つの騒音は今にも雨宮あめみやの声をかき消しそうで、俺は必死に小さな声を拾おうとする。


「何が何でも一番になるって。他は何もいらないって思ってた私を、こんなにも甘くしてくれたのは、二人じゃないですか」

「俺は何もしてねえよ。ミッカも、ただ見ていて放っておけなくなっただけだ」

「それで良いです。いえ、そんな二人だから私はこう言えるんです」


 傘と傘の合間から、陰のある眼差しに光を灯す雨宮あめみやと目が合った。


「好きです。ミッカ先輩も、かえでくんも。私にとっての一番を増やしてくれたお二人が」


 信号が赤から青に変わっても、俺は雨宮あめみやの言葉に何も言い返せなかった。

 雨宮あめみやは呆然とする俺を置いて横断歩道を渡り始め、傘で見せない背中越しに明るい声を張り上げた。


「だから私は頑張ります。一番好きな二人に恥ずかしい所は見せられないから! 二兎でも三兎でも追いに追って、全部手に入れるのが今の私です!」

「おい、結局一番に拘るのは変わってねえのかよ!」

「勿論です。なのでかえでくん」


 反対側に辿り着いた雨宮あめみやはおもむろに振り向き、言葉を続ける。


「――私が今のかえでくんに出来る、一番良い方法は何ですか?」


 そんな雨宮あめみやの問いに、俺は答えを思い浮かべることは出来なかった。


 いいや、違う。

 思い浮かべてしまったものに蓋をして、込み上げてくる叫びを俺は必死に押さえ込んでいた。


 言いたい、言ってしまいたい。

 だけどそうしてしまったら最後、その甘さから抜けられなくなる気がして。


「……さっさと帰れ、雨宮あめみや。お前に何かあったら、ミッカのやつがうっとおしい」

「そう、ですか」


 小さく頷く声。

 傘に阻まれて見えづらくなった雨宮あめみやの顔を、俺は直視できず、点滅する青の信号をただ待つだけ。


「まだ私は、お二人の一番には成れていないんですね」


 それだけ言い残して彼女の背中は、傘に隠れたまま遠ざかっていく。

 俺は雨宮あめみやの姿を見失うまで、何度も繰り返す赤と青の入れ替わりを待っていた。

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