パッチ
エヌ氏は企業向けの空調設備を取り扱う会社に勤めていた。
冷房設備に力を入れている会社だったので、夏場ともなると社員全員が休みなく働いた。
その代わりとして、冬季にはかなり長い休暇が用意されており、条件が整えば、一か月の休みも取れた。
夏場に多く働かせるので、その分を冬場に休ませなければ、法令違反になってしまうのだ。
この休みを目的に会社へ入ってくる者も多った。
そもそもスノーボード好きの創業者が、夏場に稼いで冬場に遊ぶために、作った会社であった。
「休み中はどこかにいくのかい?」
三週間の休みを取ることになったエヌ氏が、机の周りを片付けていると、同僚が声をかけてきた。
エヌ氏は無言のまま、鞄から小袋を取り出して、同僚に渡した。
白い小袋を同僚が逆さにすると、一枚のパッチが出てきた。
肌色で、一辺は二センチくらい、真ん中に穴が開いていた。
「これは、今はやりの減量パッチじゃないか」
「そうだよ。医者に薦められてね。どこにも行かず、それをお腹に貼って、ぼくの休みはおしまいさ」
同僚が慎重にパッチを袋へ戻しながら、「これ、ずいぶんと高いのだろう」とエヌ氏に尋ねた。
「高かったよ。夏のボーナスが消し飛んだ」
嘆くエヌ氏に同僚が小袋を返した。
その際、ついでとばかりに、エヌ氏の腹をつまみ、「まあ、自業自得だね」と同僚が笑った。
エヌ氏もつられて、同僚に苦笑いを返した。
その夜、一人住まいのマンションで、エヌ氏はパッチをへその横に貼ると、いつもより早めに就寝した。
翌日、つまり長期連休の初日。
エヌ氏は薬の副作用で気分がわるく、ベッドで横になったまま、テレビを見て過ごした。
夜になって、腹のパッチをながめてみると、パッチの真ん中の穴から、豆粒ほどの瘤が盛り上がっていた。
それから一週間ほど、エヌ氏は体のだるさと嘔吐感に襲われつづけたが、体調は徐々によくなり、日常生活に支障はなくなった。
その頃になると、パッチの穴から出ている瘤は、ゴルフボールほどになっていた。
エヌ氏が引っ張ると、思わず声が出るほどの痛みに襲われた。
さらに一週間が過ぎると、瘤がサッカーボールほどの大きさになった代わりに、エヌ氏の体は全体的にやせてきた。
この頃になると、専用のサポーターで肉の塊を固定しておかないと、痛みで寝起きができなかった。
やがて一人で生活をするのが難しくなってきたので、エヌ氏は入院することにした。
病院に入ってから、エヌ氏はベッドのうえで始終過ごした。
食欲は普通にあり、瘤を動かさなければ、痛みもなかった。
その瘤は、巨大なスイカぐらいにまでふくれあがっており、色は黒くなっていた。
この中に、不摂生な生活でため込んだ、エヌ氏の脂肪が収まっているのだった。
休暇も残すところ三日となったところで、エヌ氏の手術が行われた。
手術と言っても、スイカを収穫するように瘤を切るだけであった。
部分麻酔をかけられたエヌ氏の目の前で、瘤は切られた。
「持って帰りますか」という医者の冗談を、エヌ氏は笑って受け流した。
翌日の朝、スマートな体形に変じていたエヌ氏は、用意していた服を着て、家へ帰った。
自宅の鏡の前で、エヌ氏はあらためて自分のからだを確認した。
減量に成功し、二重あごはすっかりなくなっていた。
腹も出ていない。
事前の説明によると、この減量方法は後遺症がないとの話だった。
万が一、なにかあったとしても、十分なケアが保証されていた。
「すばらしい効果だが、日ごろの体調管理をしっかりしていれば、大金を払い、休みを潰すこともなかった」
反省を口にしているエヌ氏に、友人から電話がかかってきた。
エヌ氏は自分の体験をじっくり話してやろうと、友人を飲みに誘った。
短編集「パワースポット」 青切 @aogiri
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