第25話

 一人の息子が幸せそうな事は分かった。

 すると自然にもう一人の息子を心配するのは、親として自然な事だろう。

 だから彼女は、エドガーの幸せそうな笑顔を見た後。


 「アレクは幸せかしら……」


 そう呟いてしまう。


 アリシアはアレクの事をずっと心配していた。


 自分に優しくしてくれた人に対し、自分を犠牲にしてでも誠意を尽くそうとする。

 まるで、忠犬の様に……。


 しかしそれは良い事である一方、悪い人間に簡単に騙されるのではないか?

 裏切られ、傷付くのではないか?


 アレクの事をそう認識していたアリシアは、それが不安だった。


 だから彼女は今、家の中へ入っていくアレクの背後をスーッとつけている訳だ。


 「ただいま帰りました、リアナさん」

 「んー……」

 「了解であります、もう少ししてから出かけるでありますな! では自分は、出かけるまでの間にサッと二階の掃除を済ませるでありますね!」

 「んっ……」


 さて、家の中に入ったアレクは、テーブルに倒れ込む様にして座るリアナに見つめられ、出迎えられた訳だが。


 (な、何なの、この人!? あ、アレク、アナタはその方とどういった関係なの!?)


 そんな姿は、母親から見てあまり良い第一印象ではないだろう。

 だから、そんなリアナを見たアリシアは驚きを隠せない表情を浮かべているのだろう。


 「アリシアさん……」

 「はい?」

 「あの……、うちの国のグータラ元騎士団長が息子さんに面倒をおかけして申し訳ありません……」

 「えっ、えっ!? と、とりあえず頭を上げて、ラスティ君!」

 「あの、悪い奴ではないのですが、リアナは大変な面倒臭がりでして……。 大変申し訳ありません!」

 「わ、分かったから、落ち着いてラスティ君!?」


 そんなアリシアに対し、ラスティは申し訳なかった。

 それは自分の国の元騎士団長が、アリシアの息子に迷惑をかけていると理解したから。

 だから彼は今、扉の前で部屋の中にいるアリシアに土下座し、振り返ったアリシアはその態度に戸惑ってしまっている。


 (何を見せられているんだ……)


 そんな光景をリアナは認識していた。

 目の前で、ミーナをストーカーしている若い男の幽霊が、見慣れない綺麗な女性の幽霊に土下座している光景を……。


 しかも話の内容を聞くに、男は自分の事を知っており、女性はアレクの母親である様だ。

 だが、面倒事が嫌いなリアナは当然。


 (まぁ私は何も知らない、何も見ていない、面倒事反対……)


 そう思い、目線を右へ逸らすのである。

 さて、再びリアナを眺め始めたアリシアは、ふと考察を始めたのだが。


 (しかしこの方、元騎士団長なのね……。 グータラな点はあれど、それを補う有能さが……。 あっ!? 有能であるなら幽霊が見える可能性もあるわね!)


 それは偶然ながら正解を導き出した。

 なので早速、アリシアはリアナの目線の先に立つと、テーブル向こうのリアナに、笑顔を浮かべて手を振り始めた。


 「元騎士団長さん! 私の事、見えてるかしら? んっ?」


 リアナの目線は左へ逸れた。

 アリシアは再び視線の前へ移動し、手を振り始める。


 「あの、元騎士団長さん! 私の事、見えてるかしら? んんっ?」


 次は目線が右へ逸れた。

 そして、アリシアが諦めずにリアナにアピールする姿をしばらくジーッと眺めていたラスティはスッと立ち上がると、リアナの目の前に立ちこう告げた。

 笑顔の中に怒りを織り交ぜながら……。


 「……リアナ、見えてるな?」

 「……見えてないが……」

 「やはり貴様、見えているではないか!? 貴様には、国に対する忠義はないのか!? ミーナを守ろうとする気持ちはないのか!?」


 そして、ラスティはバンッとテーブルを叩き、ダラーっとした姿のリアナに対し怒り混じりの声で訴える、しかし。


 「なぜ疫病神を守らなければいけないんだ? 第一面倒臭い……」

 「リアナ、貴様ぁぁぁぁ!?」

 「ら、ラスティ君落ち着いてっ!?」


 不満げな顔のリアナが放った言葉は、ラスティを怒り狂わせ、アリシアは必死に止めようとする。

 だが、一度爆発した感情を抑えられる訳もなく。


 「止めるなアリシアさん!」


 その様に強く叫んでしまった。

 その瞬間、アリシアは優しく対応するのを止め。


 「ラスティ、いい加減にしなさい!」


 まるで母親が子供を叱りつけるかの様に声を上げ、ラスティを入り口へと突き飛ばした。

 そして両手を腰に当て、鋭くさせた目つきでラスティを見下ろしながら説教し始める。


 「妹が心配なのは分かるわ! だけど、それを人に押し付けるのは卑怯よ! やってる事は押し売りと変わらないわ!」

 「…………」

 (あのアリシアと言う女性、怖いな……)


 それは母親の貫禄とでも言うモノなのだろうか?

 ラスティはそのお叱りにより、上半身を軽く起こした状態で固まってしまう。

 だが、事態はそれだけでは終わらなかった。


 「あと、リアナ!」

 「!?」(な、なんだ!? 私がどうしたんだ!?)

 「ラスティが妹さんを大切にしている事は察せるでしょう! 疫病神なんて言い方をしない!」

 「は、はぁ……」

 「返事はしっかり!」

 「は、はい!」(な、何故私まで……)


 アリシアはリアナの方を向くと、その様に説教をし始める。

 それは、ラスティが怒った理由が理解していたからであるが、それは同時に彼女の説教スイッチを起動させる結果を生んだのかもしれない。


 「だいたい、二人は何で相手を敬う事が出来ないのかしら? まず、生きていく上で……」


 …………。


 「ん? リアナさん、どうして足を伸ばして床に座っているありますか? って何があったでありますか!?」


 さて、二階の掃除をサッと済ませ、一階に降りてきたアレクは、ポロポロと泣きそうな表情を浮かべて床に座るリアナに尋ねた。


 「ん……(お前の母親と思わしき吊り目の女に説教されていたからだ……)」

 「えっ? えっ!?」(た、確かに母上は吊り目でしたし、誰にでも説教をしていましたし、まさか本当に母上が!?)


 その言葉からアレクは母の存在を感じ取り、嬉しそうな表情を浮かべる。


 「んん……(おかげで足が痺れて動けない……。 集中力が切れたのに怒られたから辛い……。 私は叱られる為に騎士団を辞めた訳じゃない……)」

 「な、何かごめんなさいであります……」


 だがそれは一瞬の事。

 真っ直ぐ扉を見つめるリアナから続けて帰ってきた答えは、アレクに《母親が申し訳ない事をした》という罪悪感に包まれた。


 さて、そんな罪悪感の元となった母親はと言うと。


 「あぁぁぁぁ……」

 「ご、ごめんなさいね、二人とも……。 あはははは……」


 足の痺れから床に寝転がるラスティと、その隣に座るリアナに向けて両手を合わせ、軽い笑顔を浮かべ、入り口前から謝っている。


 それは流石の説教スイッチも、泣きそうな顔のリアナの前では保つ事が出来なかったからだが、そんな事を知りようもないアレクは、リアナの横に立つと、部屋を見渡しながらこう訴えたのであった。


 「母親、リアナさんは宿屋を追い出され困っていた見ず知らずの自分を、この家に招待してくれた恩人なのであります!? だから、リアナさんには優しくして欲しいであります!」


 その瞬間、リアナの好感度は大幅に上昇した。

 そして、アリシアはゆっくりリアナに近づくと、ニッコリ笑顔でこう囁いた。


 「うちの子、貰ってくれません?」

 (何を言ってるんだ、この人は?)


 それは(この人なら息子を大切にしてくれるかも?)という想像、それに(息子の結婚する姿を見たい)と言う思いから出た冗談混じりの本音であったが、残念ながらリアナの頭にハテナマークを付けるだけ。


 ただ、そんなリアナの表情が気になったアレクはこう尋ねたのである。


 「あの、母上は何と言ったのでありますか?」

 (え〜……)


 その瞬間、リアナは非常に面倒臭そうな表情を浮かべていた。

 と言うのは、もしアリシアが話した内容を正直に伝えるとすると、思春期なアレクの事だ。

 きっと。


 「じ、自分がリアナさんと結婚!?」


 とでも言って倒れるだろう。

 そうすれば、昼ご飯の時間が間違いなく遅れてしまう。

 かと言って、アリシアの説教でやる気ゲージがマイナスを振り切っている今、嘘を考える気力すらない。


 (…………)

 「あ、あの、リアナさん? 母上は何と!? リアナさん!?」


 だから彼女は静かに寝転がると、潤んだ瞳でただ天井を見つめ始めたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る