第26話

 「綺麗な夜空ね……」

 「そうですね……」


 空は闇の世界に覆われつつあるが、街の光がそれに抗っている。

 そんな中間に位置するリアナ達の住む家の屋根にて、アリシアとラスティは寂しげな表情で夜空を見上げている。


 「「…………」」


 ホントであれば、リアナにお願いして妹や息子達との会話をしたかった二人なのだが、やる気ゲージがマイナスを振り切っていたリアナはその後も黙って天井を見つめるだけ。


 だから、そんなリアナの姿を見た二人はその願いを諦め、とりあえず次の案が浮かぶまで、屋根上に座って考える事にしたのであるが。


 (あぁ、何か話さなければ……。 何かを……)


 沈黙多々な時間に、ラスティは耐えられなかった。


 それはラスティが《沈黙の時間は悪い》と言う認識を持っていたからであるが。


 「アリシアさん」

 「ん?」

 「そう言えば息子さん達、元気そうでしたね!」

 「えぇ、ホントに良かったわ……」

 「ですねぇ……」

 「「…………」」


 そんな認識など持たないアリシアは会話を続けようとしなかった。

 彼女には時間が無いのだから……。


 (あと少しで天界に戻る訳ね……)

 

 アリシアは憂鬱だった。

 一年に一度しか、会えないこの時、しかも幽霊と話せる相手が見つかったのに、その相手は今、通訳してくれる様子もない。


 「はぁ……」


 だから彼女は今深いため息をついた。

 息子達とコミュニケーションをとりたい。

 そんな欲求が起こす激しいモヤモヤのせいで……。


 (アリシアさん……)


 そんな姿のアリシアを見た時、ラスティは察した。

 彼女の気持ちを……。


 だが、それを察したからといって、適切な対応が思いつくのとは別の事。


 「…………」


 だから彼は、どう対応すべきか、腕を組んで考え始めるのであった。

 だがその様子に焦りがない。


 その為、ふとラスティを見つめたアリシアはやや睨みつける様に表情を変え、こう尋ねるのである。


 「……ラスティ」

 「ど、どうしましたアリシアさん?」

 「一つ聞きたいのだけど、ミーナちゃんは昨日、何していたか分かるかしら?」

 「は、はぁ……」


 それは一見、ただの質問にしか認識出来ないかもしれない。

 一瞬戸惑いを見せながらも、直ぐに落ち着き答え出したラスティだってそうだ。


 「昨日は〜……。 確か、料理を作ってましたね。 そうしたら、とても美味しく出来たみたいで『メルシス神様ありがとうございます』と……」

 「何故貴方は昨日の事を知っているのかしら? 私達幽霊は、この日しか現世にいる事は出来ないはずよね?」

 「…………」


 だがそれは、その質問をする前置きだった。

 

 アリシアは焦りのないラスティの表情を見てふと思ったのだ。


 《あと少しで天界に戻らなければいけないのに、何故焦りがないのか?》

 《それ以前に、何故ラスティは二人の成り行きを知っているのか?》


 そんな疑問が浮かんだと同時に(もしやラスティは、何らかの手段で現世に留まっているのでは?)の可能性を脳裏に浮かべた。


 本来、幽霊は現世にとどまる事が出来ない。

 それは死んだ人間が、現世にあまり影響を与えない様にと神が決めたかららしいが、勿論そんな事など知った事ではないと言う幽霊も一部いる。

 だが、そんな幽霊は必ず天界の兵士達に捕まり連れ戻されてしまう。


 だから彼女は立ち上がると、ラスティの首元を掴むと、座る彼を見下ろし問い詰め始める。


 「大人しく教えなさい!」

 「そうだ、教えるんだ! シスコン人妻キラーめ!」


 そんな時、アリシアの耳に聞きなれない声が入り、声がした左へ顔を向けると、エドガーの働く店の店長であるショーモトがニヤニヤした表情を浮かべ、立っているのであった。


 「……誰、アナタ?」


 それはアリシアにとってあまりに予想外の出来事であった為、彼女はキョトンとした顔でそう尋ねてしまう。


 「な、何でショーモトさんがここに!? と言うか、どうやってここに!?」

 「そりゃ、元幽霊の方々からの報告を受け、元幽霊の方々にご迷惑をお掛けしてここにいるに決まってるだろう!」


 だが、それ以上に驚いたのはラスティの方だった。

 そして、驚きを隠せないラスティは、冗談と言わんばかりの声でそう言ったショーモトを見ていたが。


 「「「ぜぇぜぇ……」」」


 複数の幽霊達が息を切らせている姿を見るに、きっとホントだろうとラスティは考える。


 「あの、二人の関係って何なの?」


 そんな二人にラスティを掴んだままのアリシアは相変わらずキョトンとした顔で尋ねるのだが、そんな彼女に帰ってきた言葉は、ショーモトらしさを僅かに含む、真面目な答えであった。


 「彼は俺と契約し、幽霊からアンデットになっているんすよ。 だから彼はもう天界に戻らなくとも良いんすよね、シスコン幽霊じゃないから」

 「……ネクロマンサーって訳ね、貴方は」


 そう口にした時、アリシアはショーモトを睨みつけていた。


 それは、一般的にネクロマンサーは悪しき存在であり、実際ネクロマンサーが起こした事件が多々あるからだ。


 「お姉さん、コイツは悪いネクロマンサーじゃないよ!」

 「そうだぞお姉さん! コイツはデブで性格の悪い奴だけど……いだっ、何で叩いたショーモトさんよ!?」

 「お前が『叩いて欲しい』って言ったからなんだよなぁ……」

 「言ってねーべよそんな事……って痛い、痛いって!」


 自身をからかった幽霊を容赦なく叩くショーモトの姿を見ていた結果。


 (何コレ?)


 アリシアの目は呆れたモノへと変化していた。


 「あ、アリシアさん、本当です! ショーモトさんはネクロマンサーであるけど、良い人なんです!」


 そして、そんなアリシアに対し、必死に訴えるラスティを見たアリシアは、ラスティを掴む手を下ろし、とりあえず話を聞いてみる事にするのである。


 「ラスティ、どういう事情かしら?」

 「ショーモトさんは、ネクロマンサーですが、幼い子供を残して亡くなった親や、恋人を残して亡くなった人達が、天界に戻らず現世で見守れる様に、アンデットにしているだけなんです!」

 「…………」

 「だからショーモトさんは僕の人格を縛ったりしていないでしょう!? ショーモトさんは良い人なんです!」


 真剣だった。

 まるで自分の中に溜まった思いの空気を一気に吐き出す様な、そんな迫力をラスティは放っていた。


 (ホントみたいね……)


 だからアリシアは信じた。

 初めてラスティが見せた叫びから……。


 「あ、うん、俺、すごく恥ずかしいんだけど……。 ラスティお前、営業妨害だからな、俺のイメージ崩すの止めてくんない?」


 だが、そんな叫びを間近で聞かされた本人は流石に照れくさいらしい。

 ショーモトは顔を背け、赤く染めた頬をぽりぽり掻いている。


 しかしながら、その微笑ましい様子はアリシアの信頼を十分なのであった。


 「ねぇネクロマンサー君、お願い出来るかしら?」

 「ん? 何をすか?」

 「あの子達に伝言を伝えて欲しいの、『お母さん、二人の幸せそうな姿を見れて良かった』って」

 「了解っすわ」


 そしてアリシアはショーモトにそう伝えると屋根から降りていく。


 (やはり、アンデットになった方が良かったのかしら? でもそれは神に叛く事だし……)


 そう迷いを胸に秘めながら……。


 「良いんですかショーモトさん? アンデットにならないか?って聞かなくて……」

 「まだ相手の事をちゃんと知らないに、そう言うのは無責任じゃないの?」


 …………。


 天界に戻るまであと僅か。

 残された時間、アレクを見守る事にしたアリシアは今、床に敷かれた布団に眠るアレクを窓に腰掛け眺めていた。


 「スー……スー……」


 子供の様な可愛らしい寝顔を浮かべたその顔には無垢と言う言葉がよく似合う。


 (……長居をすると、帰りにくくなりそうだわ……)


 そう思いアリシアが立ち去ろうと立ち上がる、すると。


 「帰るのか?」


 ベッドに寝たまま天井を見つめるリアナが、窓の外へ体を向け終えたアリシアの動きを止めた。


 「えぇ、帰りづらくなる前に……」

 「そうか……」


 再びアリシアの体が外に動き出し、その身体がフワフワ浮き始めたその瞬間。


 「……来年は出迎えるとしよう。 通訳くらいはしてやる」

 「……ありがとう」


 リアナにそう言葉を残し、アリシアは窓の外へ旅立とうとしている。

 不意をつかれた嬉しさの雫を、床に残して……。


 「ふひっ、兄上、兄上ぇぇぇぇ……。 ふへ、ふへへへ……。 あ、兄上、ダメであります……ぐふっ!?」


 だが、そんな素敵な瞬間は眠りながら興奮し鼻血を吹き出したアレクによってぶち壊された。

 だからアリシアはリアナに頭を下げてこう告げたのである。


 「息子がご迷惑をかけてごめんなさい……」

 「正直、慣れてきているんだが、私は……」

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