幽霊達はそれぞれ心配事をもっている

第24話

 空気に蒸し暑さの気配が僅かに混じり始める頃。


 丁度その日は、天界にいた幽霊達が一日だけ現世に戻ってこれる特別な時である。

 その為、生前親交のあった人物や家族等の下へ、霊たちは向かうのだ。


 そんな幽霊の一人、アイリス・フォン・リンドブルムもその一人だ。


 毛先がフワフワした癖っ毛茶髪にやや気が強そうな印象を受ける吊り目、だが全体的に大人の美しさを感じさせる顔立ち。

 そして、モデルの様なスタイル抜群の体に、白のワイシャツに濃い紺色の綿パンを纏う彼女は、エドガーとアレクの母親である。


 そんなアリシアは、今年も息子の様子を見ようと、エドガーとミーナの家の前に舞い降りた訳だが。


 (あれ? ここは一体どこかしら? 見たところ城ではないし、何よりリンドブルムの街でもなさそうね……)


 今まで舞い降りていたリンドブルムの城とは違う場所に舞い降りた事に戸惑い、周りをキョロキョロ見渡してしまう。


 (あら? あの幽霊は一体?)


 そんな時ふと上を見上げると、窓から顔を出すミーナをフワフワ浮く若い男性の幽霊がジーッと眺めている姿が目に入った。


 見た目は金色短髪の好青年なのだが、白銀の鎧を纏っている為、騎士だった事がわかる。

 しかし、外傷らしい外傷が見当たらない為、毒殺されたのか?もしくは病死したのだろうか?


 アイリスは眉間にしわ寄せ、静かに青年が何者なのか考える。

 そんなアイリスの姿に気がついた青年は、スーッと地面へおりてくると、真剣な表情でアイリスにこう告げたのである。


 「もしや、エドガー君の関係者の方ですか?」

 「え、えぇ!? 私はエドガーの母でして、アイリスと言いますが……」


 そのアイリスは咄嗟に自己紹介をしてしまったが、それを聞いた青年は一瞬驚きながらも、より丁寧な自己紹介を言葉を返してきた。


 「え、エドガー君のお母様でしたか!? 僕はエドガー君の妻、ミーナの兄でして……。 ラスティと申します」

 「お、お兄さんでしたか!? と言うか、エドガーは結婚しているのですか!? まさか、あの子が!?」


 ただ、その自己紹介からアリシアはエドガーの結婚を知り、驚きのあまり口を手で隠してしまう。


 それは一年の間に、アリシアの想像を超える速度で結婚までたどり着いていたからに他ならない。


 「えぇ。 ただ、結婚してあまり時間は経っていませんが……」

 「そ、そうなのですか……」


 ただアリシアは驚く一方で、息子が結婚したという喜びを感じつつあった。

 それはきっと、彼女が持つ息子への愛情といったモノなのだろう。


 しかしそんな彼女の脳裏に一つ、気になっていた事が再び浮かんできたのである。


 「あの、すみません。 話は変わるのですが、ここは何処なのですか?」

 「ここですか? カラカスの街ですよ」

 「か、カラカスですか!? な、何であの子がカラカスに!? 教えてくれませんか!?」


 またしてもアリシアは驚き、子を心配する気持ちからラスティにそう尋ねる。

 ただ、残念ながらラスティだって何でも知っている訳ではない。


 「すいません、そこまでは……。 ただ、僕が知っている範囲のエドガー君の話なら……」

 「お、お願いします!」


 だが、それでも彼は自分が知る範囲の事をアリシアに伝え始める。

 それは、アリシアの親心を察したから。

 だからラスティは、ずっとミーナの背中から見守ってきた者の目線で、エドガーという人物を語り始める。


 …………。


 「あの子ったら、あははははは!? 笑い殺す気かしら!?」

 「ダメですってアリシアさん!? かわいそうですよ!? それより『貴族や王族が大嫌いって言い合いまして……』って話した時に、アリシアさんが『えっ!? うちの子、リンドブルムの王子ですよ!?』って仰ったのが……。 ぷっ……」

 「「あはははははっ!?」」


 ラスティが知る話が終わった時、宙に浮く幽霊二人は、ミーナの目の前で爆笑した。

 それはエドガーとミーナの二人が、自身が王族であるにも関わらず『貴族や王族が大嫌い』と相手に語った上に、互いに王族である事をバレない様に生活している事が分かった為である。


 ただ、徐々に笑いが落ち着いてきた二人は、それと同時にとある事実に気がついてしまう。


 ((……あれ? 冷静に考えたら、敵国同士の結婚ですよね……))


 リンドブルムとラドライン、この二カ国は昔から仲が悪く、戦争もしてきた。

 とは言え、中間にカラカスが出来てからは、互いに戦争を控える様になった訳だが……。


 さて、その事実を理解した二人は互いに相手の顔へ視線をゆっくり移した。


 (か、顔が引きつっている……)


 その瞬間、二人は察した。


 《相手も同じ事を考えていると……》


 そして、互いに相手の話した内容から、国の立場より二人の幸せの事を考えるだろうと思っている。


 「協力しましょう、ラスティ君」

 「えぇアリシアさん、二人の幸せの為に」


 だから二人は固く握手出来たのだ。

 自身の妹、自身の息子の事を大切に思っているから……。


 「おぉ、兄上ではないですか?」

 「おはようアレク」

 「ん?」


 その時、アリシアの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきたので、その声の方へと視線を移す。

 するとそこには、パンやチーズ等が入った紙袋を抱えるエドガーと、手ぶらのアレクの姿が!


 「兄上は買い物帰りでありますか?」

 「あぁ、ネルブさんの店で少しね……。 アレクは何か用事かい?」

 「えぇ、この辺りの街並みを知る為に散歩して回ってきた所であります」


 会話の様子から察するに、どうやら偶然出会っただけの様子。

 そんな二人の様子を見たアリシアは。


 (あ、アレクもこの街に……)

 《ぐぅぅぅぅ……》

 (あっ、お腹が……)


 幽霊であるにも関わらず、腹の根を鳴らし、涎を口からダラーンと流し始めるのである。


 アリシアは生前から大変な大食いであり、それは幽霊になってからも変わらない。

 だから彼女は今、徐々にエドガー達へと近づき、遂には伸ばした右手がパンを握りしめた訳だが。


 「あの〜アリシアさん、右手がパンに伸びてますよ……」

 「はっ!? こ、これはアレよ、アレ、そう毒見よ! そう毒見なのよ!」


 それは実に苦しい言い訳だった。


 さて、背後にフワフワ浮かぶラスティからそう言われたアリシアは、パンを握りしめたまま両手をブンブン動かした訳だが、それは生きている人間には、パンがビュンビュン動き回るホラー現象にしか見えないだろう。

 だがしかし。


 「兄上、パンが動き回っているでありますよ」

 「あぁ、きっと誰かが唱えた魔法の影響かもしれないな」


 魔法の存在は、心霊現象と言う答えを思い浮かばせる事すらなかった。

 だからエドガーとアレクは今、その現象を怖がるどころか、まるで日常の一部の様に感じている為、真顔で会話しているのだろう。

 慣れとは末恐ろしいモノである。


 「あっ、やっぱりエドガー君! それにアレク君も!」

 「ただいま、ミーナさん」

 「ミーナさん、おはようであります!」


 さて、そんな二人の声に気がついたミーナはひょっこり顔を出し、ニッコリ笑顔を浮かべて手を振り、そんなミーナに二人もニッコリ笑顔で手を振り返る。


 (エドガー、幸せそうね……。 城にいた頃と違って……)


 そんな微笑ましい光景を見つめていたアリシアは思った。


 どんな事があり、今の生活に行き着いたかは分からない。

 しかしエドガーが幸せそうな笑顔を浮かべる姿を見ていると、城を出た事は正解だったのだろうと。


 だからアリシアはエドガー達を見つめながら微笑んでいるのだろう。


 (親として、これほど幸せな事はないわね……)

 (アリシアさん、そんなにパンが美味しいのですか……)


 先程まで振り回していたパンを、モグモグ頬張りながら……。

 

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