第11話 最終話 長いお別れ~Z34フェアレディZ(二代目)(令和元年12月)

長いお別れ~Z34フェアレディZ(二台目)(令和元年12月)


プロローグ


 出会いと別れは表裏一体だと思います。出会いがあれば、いつか必ず別れがやって来る。ワシはこれまでの人生でそのことを学びました。出会いさえしなければ別れの悲しみややるせなさを味わうことなく、もっと気楽に生きることができるのでしょうか。


 以前にも書きましたが、リーフでストレスがたまりまくり、とうとう我慢ができなくなったワシは、野垂れ死に覚悟で二回目のZ34の購入に踏み切りました。それが5年前の12月だか1月だかのことでした。そして新しいミッドナイトブルーの貴婦人Zは、ワシにいろいろな思い出を作ってくれました。

 大きな声では言えませんが、以前中途半端に別れてしまった彼女を助手席に乗せることもできました。いかつい顔のミニバンにあおり運転されることも皆無でした。どんなクルマと比べてもワシの中ではZが一番でした。どんな車と対峙しても、まったく引けをとることはないと思っていました。また、いわゆるクルマ好きの方々と交流したり一緒に走ったりして、とても楽しい時間を過ごし思い出を作ることもできました。ワシはカップラーメンをすすりながら、やっぱり無理してでもZを買って良かったなあと心底思っていました。


 そして2020年12月。ついにその日を迎えることになりました。

 ワシのZが2回目の車検を迎えると同時に、例の残価設定ローンの契約が切れるまで、あとひと月となりました。

 しかもワシ自身も次の3月で定年退職となり、年金暮らしの身となります。いえ、実際には年金ぐらしはまだまだできないのです。いつのまにかすっかりうやむやになってしまったのですが、過去の社保庁の年金使い込みにより、あと五年も再任用で働かなければならないのです。「再任用」と言えば聞こえはいいのですが、実際には労働内容は今まで通りで年収半分以下という過酷な実態です。人の年金を台無しにしてくれた社保庁のおっさんたちは、責任もとらないで、罪悪感を微塵も感じることなく、たっぷり退職金や年金をもらって、今頃ハワイでメロンでも食っているのだと思うと、腹が立って怒髪天を衝く思いです。他の国でしたら革命の一つも起きているはずですが、すっかり牙を抜かれて飼いならされたワシたちは日本人は、そんな元気もやる気もありません。ですからこれから先の生活を考えると不安しかありません。

 というわけで、ワシは5年前にZを買うときに、あえて残価設定ローンを選び、定年と同時にZに関するすべてを精算して、さよならすることに決めていました。あとは中古のアルト一緒に長い老後を細々と生きていこうと決めていました。

 ワシは11月に還暦を迎えていました。本来なら孫たち囲まれて、縁側でひなたぼっこをしながらネコをさすっている齢であります。もう十分でしょう。マニュアルミッションの340馬力の二人乗りのクルマは。そう自分に言い聞かせました。


 ワシは冬のよく晴れた日曜日に、ガレージに置いてあるZのカバーを久しぶりに外してみました。それからいろいろと思いを巡らしながら、いよいよお別れじゃなあとしんみりしていました。

 そのほとんどの時間は、ガレージにカバーをかけて置いていたため、まだ5千㎞しか走っていません。ミッドナイトブルーのボディは冬の日射しを受けてツヤツヤと輝いています。太いホイールもその中に見える赤いブレーキキャリパーもタイヤも新品同様です。

 あとひと月。来月の今頃はワシの手の届かないところで、もしかしたら新しいオーナーの元にいるかも知れないなあ。大事にして貰えるといいなあなどと思いながら、別れを惜しんでいました。

 それからエンジンをかけて、久しぶりに走らせてみることにしました。

 たぶん2ヶ月以上動いていません。バッテリーは大丈夫だろうか。そう考えながら、クラッチを踏み込んでエンジンのスタートボタンを押すと「きゅるきゅるきゅる」と頼りないクランキングの後、バオンとあっけなくエンジンが始動しました。それから少し高い回転数でアイドリングを始めました。バッテリーは生きています。さすがに国産車じゃなあと関心しました。センターコンソールの電圧計は14ボルトを示しており、限界まで弱っていたバッテリーに向かってオイルネーターから電気が勢いよく流れ込んでいるのがわかります。

ワシは、Zに乗り込んでゆっくりとガレージから出し、そのまま海岸通りに向かいました。ゆっくり走らせながら、シートやミラーを微調整し、各部のチェックをしました。

 気になったのが乗り心地です。冬場で気温が低くて空気圧が下がっているはずなのにゴツゴツします。それから路面の悪いところでは、極端に操縦性が悪化します。元々乗り心地の良い車ではありませんが、これはなんぼなんでもひどすぎます。長時間の駐車と超扁平タイヤと車重と気温と、その他諸々の関係で、ワシが最も避けたかったタイヤ変形(フラットスポット)が起きてしまったのでしょうか。ワシはZを止めてタイヤを点検しました。目立った異常もないしパンクもしていないし、変形もしていない。しかしトレッド面をさわってみると、カチカチに硬くなっていました。ワシは空気圧計を出して空気圧を測って見ました。標準2,2のところ2,4も入っています。これはワシがあえて長時間駐車対策のために多めに空気を入れているからです。ワシは標準の2,2に再調整し再び走ってみました。

 さっきよりはマシになったのですが、まだゴツゴツ感というか異常な硬さが残っています。これはタイやのゴムそのものです。このまま乗り続けるには、タイヤ交換とバッテリー交換は不可欠だなあ。車検と併せていくらかかるのかなあなどと、もうすぐ手放すZのことを考えていました。

 帰りに高速の無料区間に入って、少しだけ飛ばしてみようと思いました。空港道路を左折したときに、ルームミラーにちらっと写ったのは、グリルに「L」がついた、あの傲慢な高級車でした。ワシがタイヤに気遣いながら法定速度で走っていると、ヤツは直線で近づいてきました。ヤツは直線だけは速いのです。いつもなら道を譲ることにしているのですが、あからさまにあおってきたその傲慢な態度にカチンときました。おそらくヤツは、軽自動車ばかりのこの田舎町で、こうやって他の車に不愉快な思いをさせているのでしょう。偉そうに、どの車も道を譲ると思っているのでしょう。しかしこいつ、そんな安い方から数えて二番目ぐらいの、しかもSUVもどきのレ〇サスで、身の程ほど知らずというか、車のことを何も知らんというか、おそらくZというクルマ自体を知らんかったのだと思います。

 誤解のないように言っておきますが、ワシは決してレ〇サスが嫌いなわけではありません。試乗させてもらった初期型のIS-Fなんかはすごいクルマでした。ワシはお金さえあったら買っていたと思います。また、ワシの周りには、マナーのすごく良くて礼儀正しい方。ものすごく運転が上手くて、Fバージョンなんかを粋に乗りこなしておられる方。本当にレ〇サスが似合うなあと思う方。そういう素敵な方も多々おります。しかしレ〇サスがまったく似合わない傲慢が服着て運転しているようなヤツもいることも事実です。なぜかアルトに乗っている時が遭遇率が高いなあと思います。


 ワシは3速にシフトダウンすると、270°ぐらい旋回するバイパス道路への進入路に飛び込み、アクセルを踏み込みました。やはりZはいいです。Zの旋回能力はいまだに一級品です。路面に張り付いたままグイグイ曲がっていきます。アクセルコントロールでその体制からさらに加速することもできます。ヤツが見る見る離れていくのが分かりました。

「そんな偽物でついてこれるはずがないんだよ。」

と思わず東京弁で言ってしまいました。気分は「湾岸ミッドナイト」で銀色のスープラに遭遇した時の高木優一さんそのものでした。

 ワシは本線に後続車がいないことを確認して、アクセルを踏み込みそのまま合流しました。ええです。ワシのZはやっぱり最高です。コンパクトで思い通りに動くし、ハンドルをちょっと切ったら車線変更できるし、抜群の安定性だし、3,7Lのエンジンはどこから踏んでも加速するし、そのままオーバー7000回転まで一気に、まさに吠えるようにグオンと吹き上がるし。近頃の省燃費カーやハイブリッドカーでは絶対に味わえない凄さっていうか楽しさがあるのです。

 もうお別れかと思うと良いところばかりが目について、やっぱり別れるのは嫌だなあとか考えてしまうのが、意志薄弱なワシの悪いところです。でもワシは分かっていても、この瞬間にアホなことを考えずにはおられませんでした。

「アホなことって?」


 それは考えるのも恐ろしくて言えなかったのですが、要約すると、

「Zの残価を退職金で一括払いして、車検出して、ついでにタイヤとバッテリー交換したらどれぐらいかかるんじゃろう」 

ということであります。

 親しい日産のセールスさんに概算をお願いしました。結果は。

残価約154万円、車検代約15万円(含バッテリー交換)、タイヤ交換約20万円(純正ブリヂストンポテンザRE050A 含組み替え料金)約190万円。

ワシはこの時点で、190万だったら老後のことを考えなければ何とかなるなあと思ってしまいました。どうせ子供もおらんし、住宅ローンはあるけどお金を持ってあの世に行けんし。退職金を使い込んだらなんとか払えそうな気がしました。しつこいようですが社保庁の使い込みに比べたらかわいいものです。ワシの金ですから。ワシが汗水たらして何十年も働いてもらったお金ですから。ねえ。

 こういうときに後先考えずに前向きになれるのはワシの良いところです。

 ワシはガレージに行ってもう一度Zを見てから、すぐにセールスさんに電話して、残価を一括払いして車検出すことを伝えました。ワシを熟知しているセールスさんもその方が絶対にいいと背中を押してくれました。ワシは少しでも安く上げるために、タイヤとバッテリーを自分で手配することにしました。

 タイヤは山もあったしひび割れもなかったので交換しないという選択もあったのですが、5年目を迎えゴムがカチカチになって乗り心地が最悪になっていたので、もったいないけど交換することにしました。ワシはこの年末の忙しいときに、ものすごく検討してミシュランに決めました。ワシの乗り方を考慮してミシュランがベストという結論になりました。しかも安い。製造年月日を確認しながら、アマゾンや楽天で探しまくって、思ったより安く手に入ったので直接日産に直送してもらいました。バッテリーは、少々高かったのですが日産で交換してもらうことにしました。

 そいでもって2020年の1月18日の珍しく快晴の土曜日に日産プリンスにZを持って行きました。今後のことを考えると一抹の不安もあったこと否定しません。しかしZのシートに身を預けて、よく晴れた午後の流れる海岸通りの景色を見ていたら、そんなことすっかり忘れて、まだまだZに乗れる喜びで、脳天気に浮かれておりました。

 一週間後の1月25日これまたこの時期の山陰にしては超めずらしくよく晴れた日で、ワシはZが喜んでいるように思えてなりませんでした。

 日産の駐車場で待っていたZに再開し、やっぱり売らなくて良かったとしみじみ思いました。帰りに感じたことですが、劇的に乗り心地が良くなったというか静かになったというか。ワシのような素人でさえわかるミシュランのすごさを痛感しました。そういえば昔(ワシの若い頃)は、「車に飽きて買い換えを考えたらミシュランに交換してみるべし」とか言われていたことをふと思い出しました。


エピローグ


 いろいろありましたが、そういうわけで、Zはまだワシのガレージにあります。お金はかかりますが、乗るたびに見るたびに触るたびに妄想するたびに、エネルギーを与えてくれます。売らなくて良かったと心から思っています。

 仕方がないのでワシは4月から再任用で働きます。いやなことも多々あると思いますが休日にZを出してドライブするだけで、Zとどこかに行くだけで、あるいは洗車したり眺めたりするだけで、ワシはいやなことや不安などはすっかり忘れてすっきり元気に過ごせるような気がしています。

 ワシは日頃は中古のマニュアルの7年落ちのアルトに乗っています。この車も大好きでこまめに洗ったり掃除機かけたり、整備も自分でしたりして通勤にも使っています。時々、あおり運転的な不愉快なことに遭遇することもあります。しかしワシにはZがある。ガレージに行けばZに会える。単純なワシはそれだけで元気に自信を持って今後を生きていけるような気がしています。

 さあ。久しぶりにZを出して、高速乗って夜景でも見に行ってこようか。そんな自分であり続けるにはZは最高のパートナーです。(でも維持費がたいへん。泣)


そいでもって、あれから2年があっという間に経過しました。2022年。今年がもう車検。お金も気力も下降気味でどうしようか悩んでいます。でもきっと無理して車検に出すんでしょうね。ワシのことですから(笑)

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間違いだらけだったクルマ選び~徳大寺先生すみません~ 詩川貴彦 @zougekaigan

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