第15話 秘儀

 愛するセレスタンを救いたい。

 けれど、国が滅ぶようなことは許されない。

 ならば。

 贄になるのは自分でいい。

 次代の王には、前王の王子であるセレスタンが立てる。

 そう考え至ったユルシュルがしたのは、邪神を喚ぶことだった。


「やあ、ユルシュル。そなたの父と同じく我を喚び出して、何を願うつもりかな」

「贄を交代します。セレスタンを解放しなさい、邪神。代わりに私がその任に就く」

「ほう……面白いことを言う……だが、反対はしない。そろそろ可愛いセレスタンの肉体は限界だ。死が近い。そうだな、もう、明日あすにでも」

「ならば、方法を教えなさい!」

「焦るでないぞ、愛らしきユルシュル。我もセレスタンが死ぬのは望まぬのだ。あの子はいじらしい。おまえを愛し、それが故、死を厭わぬようになった。おまえの生きる国のため、最大限の苦痛に耐えておる。ふふふふふ……なんとも愛おしい……」

 耐えがたい胸の痛みを堪えるユルシュルを、邪神は愉しげに見下ろす。

「それで、おまえが贄にと?」

「そうです。セレスタンから贄の任を私に移したい。どうすれば良い?」

「方法があると信じているようだな」

「ないのならば、創りなさい。邪神ともあろうものが出来ないとは言わせない」

「やはり、おまえは最高に愛らしいな、ユルシュル。その不遜さは本性か? それとも、無理をしているのかな?」

「教えなさい、方法を」


 邪神は沈黙し、それから腕を振った。指先から真紅の光が放たれ、壁に陣を描いていく。単純な円と三角を組み合わせた陣。

 ユルシュルは目に焼きつけた。

「これをセレスタンの体内に描け」

「体内? どうやって」

 邪神が手を伸ばし、ぐいとユルシュルを引き寄せた。

 驚いた彼女の花弁のような唇を奪う。

「──!」

 逃げられない彼女の口腔内を舌で嬲る。尖った生臭い、爬虫類を思わせる舌で。そして、舌先で先程の陣を、彼女の口蓋に描いた。何度も、何度も。

 やがて身を離し、青褪めて崩れ落ちるユルシュルに、冷酷無比な視線を投げ落とす。


「覚えたろう。同じくせよ。我が名を胸の内に唱えながら」

「……我が名?」

 邪神が身を屈め、ユルシュルの耳許で囁いた。

「〝ロアンドレザル〟。我が名だ。言うておくが、この名は門外不出。おまえが他に漏らせば、この契約は無効となり、セレスタンは死ぬ。そして、その魂はわれが手にすることになる」

「そんなことは許さ」

「だが、我が名を知った者は契約者のくびきからは脱することが出来よう。おまえは死後、我が手から離れられる。可愛いセレスタンは契約者ではない。おまえたちの運命を主神が哀れまれれば、死ののちに、ともに在れるかもしれぬな」

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