第14話 希求

 ──ベル! ベル、聞いて! アオツグミに会ったのよ!


 城に上がって緊張に身を固めていたミラベルに、王女殿下はいつだって心安く温かだった。輝く笑顔を向けて、抱きつかんばかりに親しい態度で接してくる、無邪気な姫君。いずれ女王となられる、やんごとない御方だというのに、無防備なほど清らかで、透明な人柄だった。


「いつでも、我が君は、誰の心をも温めてくださいました。宮廷には足をとられる沼や泥も多いものです。けれど、我が君のお側に上がれば、腹黒の貴族も、誰もが自然に頭を垂れ、膝を折りました」


 亡きユルシュル殿下の話を聞かせて欲しいと申し出るなり、ミラベルは立ち上がり、ユルシュルの前に跪いて美しく臣下の礼をとった。

 驚くユルシュルの手をおしいただき、そっと下ろしてその甲に忠誠の口づけをすると、嬉しげに微笑む。

 この日を待ち望んでおりましたと告げ、感涙を浮かべて。


「あなたさまは黒い艶やかな御髪おぐしも、輝く黄金の瞳も、セレスタンさまによく似ておいでです。誇り高いお振舞いも、そうですね。ただ、そのお顔立ちは我が君に生き写しなのですよ。お優しい笑みと声に皆が敬愛を抱くのも、不思議と自然に恭順できるのも、我が君を思い出します。

 お人柄を受け継がれたのでしょうね」

「王母さまと、わたくしは、それほど似ているの? お祖母さま」

「はい。あなたさまが我が君に、お会いできていたら、きっと実感なさったでしょう」


 それからミラベルは、亡き主人あるじの思い出を愛しげに語った。

 何故、彼女に一生涯を捧げたいと望むようになったのか、それは、その数々の逸話を大切そうに語る様子からも理解できるような気がした。

 彼女はミラベルにとって唯一無二の存在だった。


 美しく、気高く、それでいて慈愛に満ちて親しげで、身分に捉われずに周囲を気遣っていた。国の未来を憂い、それでも誰かを踏み躙って上がることは望まず、苦しむ存在を許さなかった。どうしても犠牲が必要なら、我が身であるべきと考える人だった。

 守りたい人だった。ミラベルにとって、ユルシュルは。

 けれど、彼女はミラベルに言った。

 ──私の我儘だと思うでしょう。そう、愛する人が、もう16年も独り苦しめられていることに耐えられない。それは、私の我儘ね。国のために耐えているセレスタンを解放したいと願うのは。でも、どうか、私が身代わりに立つことを、あなただけは許して欲しいの、ベル。この心を認めて欲しいの、ベル。私は彼を蹂躙して女王に立つなんて、死ぬよりも辛い。

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