夜に咲け2

『俺さ、告白したい人がいるんだ。相談に乗ってほしい』


 放課後八雲と別れてからも、彼の言葉が朱莉の頭の中で何度も繰り返されていた。


「ふう……」


 私は重い息を吐き、スクールバッグを右肩から床に落とす。スクールバッグは短く音を立てて横に倒れた。


 それを放置し、夏仕様の制服を着たまま、顔を突っ込むようにしてベッドに寝転がった。


 八雲の告白の後、彼の相談に乗る時間は私にとって苦しい時間だった。

 それも当然だろう。恋をしていると気づいた瞬間、振られたも同然なのだから。


 そして、彼の想い人に心当たりがあった。

 八雲が仲良くしている女子で、一番近い女子。自惚れと思われるかもしれないが、よく行動を共にするのは私か、私の親友、須賀夏月だ。

 

 私に告白するならば、私には相談しないだろう。

 夏月以外の女子に告白するなら、友達の少ない私に聞くより、別の友達に相談した方が的確だろう。


 八雲も肯定したんだ。恐らく私が夏月のことをよく知っていると踏んでの選択なのだろう。


 

 夕日の差し込む教室に残った私と八雲の間には、なんともいえない、落ち着かない空気が漂っていた。


 私に相談するということはそういう意味だ。


「……告白って、いつするつもりなの?」


 動揺を抑えるようにゆっくりと話す。声が少し震えたのは、見逃してほしい。


「いや、まだ決めてないんだ。でも、夏の間には」

「夏かぁ」


 はっきりしない八雲を見るのは珍しい気がする。

 夏に告白。秋に入る頃には、三人の関係が変化しているということだ。


 八雲の告白の結果により、私か、彼が、疎外されるかもしれない。そんなことはしないと思うけど、何があるかなんて、どうなるかなんて、その時にならないと分からないものだ。


「放課後か、……終業式の後とか、それか夏休みに、呼び出そうかなぁと」

「ふふっ、期限が延びてるよ」

「うっ」


 期限が延びてるし、夏休みという長期期間。もうすぐだというのに、随分と曖昧だ。自信のなさそうな様子になんだか可愛くて思わず笑みがこぼれた。

 決めてから相談に来たわけじゃないらしい。まぁ悩ましいものだろう。


「朱莉ならいつがいいと思う?」

「私?」

「うん」


 女子の意見が知りたいんだろう。

 告白されて嬉しいシチュエーション。


 恋愛に疎い私は少女漫画やアニメを思い出しながら少し考える。


「んー、夏祭り? とか、誕生日とかかなあ。定番だけど打ち上げ花火の下で、告白とか、ロマンチックで憧れるなぁ〜」


 乙女趣味すぎだろうか、こういう話は少し恥ずかしい。

 八雲は頷きながら、思案している様子だった。


「誕生日、夏休み中だもんな」

「覚えてたんだね」


 仲が良いとはいえ、去年からの仲だ。私の誕生日なんかを覚えていることに驚きと嬉しさを感じた。

 もう希望はないのに、喜んでしまう自分が嫌になる。


「大切な、友達だからな。祝うよ」


 ほら、やっぱり。

 余計な期待は捨てるべきだ。


「そうかぁ。ありがとう! 嬉しいよ」

「おう。任せとけ」

「ふふふ、任せた! 楽しみにしておくね」


 私の誕生日は夏祭りの数日後。

 彼が覚えていたとして、本当に祝ってくれるかなんてわからない。仮に彼女ができたら、祝ってもらえないだろう。


 チクチクと痛む胸に反して、私は笑顔を作る。多少無理に見えても、きっとこの想いは気づかれない。


「おう」

「その前に、八雲は告白だね。がんばってね」


 八雲の顔は見れなかった。

 でも、一瞬彼が息を止めたように感じられた。


「あぁ、がんばる。朱莉は、好きな人とかいないの?」

「え」


 つい、黙ってしまった。

 好きな人がいると答えて、相手を聞かれても困る。


 嘘は好きではないが、いないと答えた方が無難だろうに、即答できなかった。


「いるの?」

「い、いないよ!」

「その反応はいる感じか……?」


 食い下がってくる八雲に、なぜ気になるんだと疑問に思いつつも、慌てて首を横に振る。

 顔が赤いのがバレてなければいいが。


「いないってば。それより、私のことはどうでもいいでしょう。今は、八雲の話だよ」

「うーん、そうかぁ」

「そうそう。そうだ、八雲の好きな子って、私のよく知ってる子?」


 話題を逸らそうと早口に尋ねてすぐに後悔する。

 好きな人の好きな子なんて、知りたくないのに。滑った口を呪ってしまいそうだ。


 八雲の頬が赤いように見える。羞恥からか、夕日のせいか。どちらともわからないが、彼に今この表情をさせているのは彼の想い人であろう。


 彼の黒い瞳と視線がぶつかる。


「そうだよ」


 八雲は真っ直ぐに私を見ていた。私の先に好きな人が見えているのだろうか。彼の一途さを表しているようで、羨ましいと思ってしまう。


 好きな人がいると先程よりもはっきり答える彼に、眩しさと苦しさを感じる。


 夏月は、八雲のことを好きなのだろうか。


 今思えば、夏月と恋バナをしたことがない。でも、彼女もきっと、八雲のことが気になっているんだろう。

 彼女から出る話題には八雲のことが多いように感じる。


 夏月との友人関係も壊したくない。

 八雲との縁もこのまま持ち続けたい。

 八雲と夏月には笑っていてほしい。


 現状維持なんて無理なのかもしれない。


 それでも、私を好きになってほしいなんてわがまま言わないから、……。


 そんなことを考えながら、私は帰路についた。


 もう少し早く、咲いた花に気づいていれば、何かが変わったのかなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビターチョコレート 朱ねこ @akairo200003

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ