高校生編
夜に咲け1
壊したくない。
高校二年生の夏。日差しが強く照りつける暑い夏。
空調はされていても、ポニーテールにした癖のない黒髪が首にベタついて鬱陶しい。
淡々と授業をする教師から遠く。窓際の席でノートを取る朱莉は落ちてきた髪を軽く後ろに払う。
暑さにやられて怠そうに椅子にもたれている生徒やお腹が膨れて眠気と戦う生徒、本能に抗えず机に突っ伏す生徒。その中でも、真剣に授業を受ける生徒など、様々だ。
カサリと乾いた紙の音。それと同時にノートの上に半分に折った小さな紙がのった。
朱莉は顔を上げ、右隣を見る。
視線が合うと、彼はにやりと悪戯な笑みを浮かべた。
男の子らしいなと思うと頬が緩んだ。
朱莉は驚きもせず折られた紙を広げる。
彼は八雲直弥。去年も同じクラスで吹奏楽部に所属している。
人に流されず、マイペースで気ままな彼。八雲と話すのは気楽で良い。
部活やバイトで忙しいと押し付けられたゴミ出しや先生から頼まれた資料作りを手伝ってくれたりする。誰も見ていないのに、だ。本当に助かった。
広げた紙には、まん丸の奇抜なクマの絵と『先生のバッグにクマ! クマ同士仲良しだ!笑』と少し汚い丸っこい字。
崩れて面白い形になっているクマの絵と他愛の無い文章が可愛らしく微笑ましい。
教壇の横の机に置いてある先生の黄色いバッグをよく見ると、確かにクマの耳と頭の上部が見えた。黒板とノートばかり見ていた私はよく気づいたなと感心する。
小さなメモ用紙の束から一枚紙を取り、シャーペンを走らせる。
『面白いくまだね笑 真面目に授業受けなされ笑』と書いて、笑い顔のくまの絵を添えておく。その紙を半分に折って八雲の机の上をめがけて軽く投げる。
ちょうど八雲の腕に当たり、教科書の上に落ちた。
ふっと息を吐くように笑い、彼はまた新たにメモ用紙をよこしてきた。
そのメモには横向きの丸っこい円柱とその上に『マシュマロ』と書いてあった。一瞬首を傾げるがすぐに気づいてメモ用紙にロバの絵を描く。
真面目に受けなさいと言ったのに、始まった絵しりとりが面白い。
こうして、小さな手紙は増えていく。
授業終了の鐘が鳴るまであっという間だった。
机の上を片付けると、ある女子が英語の教科書を抱えてこちらに来る。
「朱莉、次移動だねえ。八雲君も行こ~」
周りの空気を和ませるような笑みを浮かべる彼女。
彼女の名前は須賀夏月。中学二年生の時から縁が続いている大切な友人だ。
彼女は察しが良く、適度に距離を取ってくれる。適度な距離感を保とうとしてくれて、なんとなく気が合う仲でもあった。
そんな彼女は八雲と同じ吹奏楽部に所属していて、八雲とも仲が良い。
「うん、用意できたよ、八雲は?」
「えーと、あったあった」
「プリントちゃんと整理しないと~」
八雲は配布物の詰め込めすぎで太くなったクリアファイルをまたスクールバッグにしまう。
「プリントを配りすぎな先生が悪い」
「気持ちはわかるね」
わざとらしく真面目に言う八雲に私が同調する。
夏月は「もお〜」と頬を膨らませた。その様子が可愛らしい。
「まあまあ、八雲も準備できたんだし、行こう?」
「うん〜。朱莉テスト勉強どお〜?」
夏月がのんびりとした声で聞いてきた。
来週の月曜日には期末考査が迫っている。
「ん? んー、ふつうかなあ。夏月は?」
私の成績は中の上か、上の下くらい。週三でバイトをしているから、毎日少しずつ勉強している。
最悪、赤点を取らなければそれで良いと思っている。
「数学がわからないところあってねぇ、教えてほしいんだぁ。明後日の土曜日空いてる? うちで勉強会しない?」
「うん、大丈夫だよ。あ、八雲も来る?」
夏月からの誘いじゃなければ断っているところだ。勉強せず、駄弁って終わりそうだから。
「俺は、わかんないなぁ。行けそうだったら教える」
「おっけー」
「ありがとう! 朱莉!」
「どういたしまして! お安い御用だよ」
そうこう喋っているうちに次の教室に着く。後ろのドアから入り、私は一番近い席に教科書を置いて木の椅子に座る。
夏月と八雲は教壇の目の前の席に着いた。
楽しそうに喋る二人を眺めて、頬杖をつく。
「お似合いだなぁ」
ぽつりと呟く。
二人の自然な笑顔を見られるのは嬉しいのに、胸がきゅっと締め付けられるような感覚。
それと同時に始業の鐘が鳴った。
放課後、私は八雲に言われて教室で待っている。八雲は教師に呼ばれたのだ。
私は後ろの壁に寄りかかった。
赤い空が教室を照らす。
軽い足音が聞こえ、ドアに視線を向ける。
八雲が私の方に歩いてくる。
「遅くなってごめん」
「ううん。平気だよ。どうかした?」
珍しく八雲が真剣な表情をしている。
口の動きから何か迷っているようにも見える。
話しづらい内容なのだろうか。
「話したくなるまで待つよ。ちゃんと聞く」
「……ありがとう。あのさ、俺」
「うん」
グラウンドではボールがバットで打たれた音が響く。
少しの沈黙に緊張が走る。
「俺さ、告白したい人がいるんだ。相談に乗ってほしい」
予想外なことに私の思考は止まる。
「朱莉しか相談できる人が思い浮かばなくて……」
照れくさそうに言う八雲。
あ、と思った時には自分の気持ちに気づき、彼の好きな人が誰か分かった。
「……いいよ」
臆病な私は目を瞑った。
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