第27話 愚裏木村⑤

 客間と言って通された部屋は十畳程の和室だった。

 小ぶりのテーブルにははるか自らが入れたお茶が人数分置かれ、内二つは手付かずのまま仄かに湯気を上げている。


「じゃあ遥さんはこの家で一人暮らしなんですか?」


 初対面の人間と話すのがイマイチ苦手なみちるに代わり、梨花りかが話し役を買って出ていた。

 テーブルを挟んで向かい側、お手本の様に整った正座で座る遥は梨花の質問に静かに頷く。


「はい、通いでお世話をしてくれるお手伝いさんは何人かおりますが家族はおりません。早くに両親を亡くしましたが、村人達の助力も有って何とか一人でやれております」


 そう言うと遥は柔らかい笑みを浮かべる。

 美人だがどこか儚げ。見た目で言えば自分と然程変わらない年に見えるが、自分の母親よりもずっと落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 人を引き付けて止まない笑顔と不思議な雰囲気にやられたのか、少し熱を持った目で遥を見ていた梨花だったが、正気を取り戻さんと小さくかぶりを振る。


「どうかなされましたか?」

「い、いえ! なにも……」

 

 いけないいけない、何か遥さんを見てると変な気持ちになってくるよ。

 今まで女の人を見てこんな気持ちになった事無いのに、ましてやお兄ちゃんと言うものが有りながら!


 梨花がモヤモヤとした気持ちを抑えながら悶々としていると、障子の向こうから声が掛けられる。


「遥様、湯あみの支度が整いました」

「有難う、静江しずえさん。では皆様、お風呂場までご案内いたします」


 遥の口にした「静江さん」とは、通いのお手伝いさんの一人だろう。

 声からすると、最初にこの部屋へ案内してくれたお手伝いさんと、同一人物で間違い無さそうである。


 遙は静江に一言礼を言うと、見惚れる程美しい所作でスッと立ち上がり、廊下へ通じる障子を開け表へ出る。

 そして一同を振り返り「どうぞこちらへ」と付け加えた。


「分かりました。満ちゃん、浦戸うらと先輩、行きましょう!」


 梨花は内心助かったと思いながも、平静を装いつつ二人に声を掛けながら立ち上がる。

 満も痺れた足を庇いながらよろよろと立ち上がるが、麗美れいみはそんな二人に。


「私は先生と阿部あべが来るのを待つわ、二人が戻った時に誰も居なかったら心配するだろうし」

「あ、そっか。だったら私が残ります」


 梨花は自分が一番年下なのだから、その手の連絡係は自分の役目と思いそう口にする。


「いえ、それなら部長である私が!」


 漸く痺れの収まってきた足をさすっていた満は、梨花の言葉で自分の役目を思い出したかの様に、一呼吸遅れて声を上げる。


「私に任せてあなた達は先に行ってなさい。それに気を使う必要は無いわ、疲れたからもう少し休んでからにしたいってだけよ」

「そ、そうですか? 分かりました。そう言う事でしたらお願いします、では私と梨花ちゃんとで先に行ってます」

 

 満は後のことを麗美に託すと、梨花と共に遥に連れられ部屋を後にした。


「さてと……幽子ゆうこちゃん」

「はーい」


 一人の残った麗美は三人が十分に部屋から遠ざかったのを確認すると、誰も居ない空間に小声で話し掛ける。

 呼ばれた幽子は、やや気の抜けた返事と共にスゥ……と姿を現した。

 普段から穏やかな笑顔を絶やさなず、いるだけで雰囲気が明るくなる温和な幽霊こと幽子だったが、今日はいつになく表情が硬い。

 そんな幽子を見ただけで、麗美は自分の感じている嫌な予感が間違っていないとほぼ確信した。


「率直に聞くけど、ここどう思う?」

「んーそうですね~正直あまり長居はしたくない場所です。でも帰る事も出来なさそうですね、何かよく分からないですけど強い力の影響下にあるみたいです」


 幽子の言葉に表情を強張らせる麗美。

 確かに嫌な予感はしていたが、自分が思っていたよりもずっと深刻で、理解し難い状況だと分かってしまったからだ。


「そう……幽子ちゃんが言うなら間違いなさそうね。で、あの遥ってのは?」

「う~ん、それがよく分からないんです。人間のようなそうでない様な……あまりお役に立てなくてご免なさい」


 そう言ってペコリと頭を下げる幽子、そんな殊勝な態度に頭の一つも撫でてやりたい手を伸ばし掛けた麗美だが、実体を持たない幽子には触れることすら出来ないと思い出しもどかしさを覚える。


「良いのよ。愚裏木村ここも住人も普通じゃ無いって分かったし、あなたの存在は今後とても頼りになるわ」

「そうですか? えへへ、頑張りますね」


 麗美に頼られ嬉しかったのか、普段の様なはにかんだ笑顔を浮かべる幽子。

 それに釣られた麗美も一瞬笑顔を露わにするが、直ぐに気を引き締め思考を巡らせ始めた。


 何が目的でこんな真似をするのかは分からないけど、今すぐどうこうって言う事は無さそうね。

 こんな状況を理解して対応出来るのは、私と幽子それに……


 頭に浮かんだもう一人の顔。

 アイツなら何とかしてくれるのではないかと期待してしまう自分に呆れながらも、フッと思わず笑みが溢れてしまう。

 そんな麗美を不思議そうに眺め、小首を傾ける幽子だった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る