第26話 愚裏木村④

「……着いたな」

「……着いたわね」

「……」

「……」


 木々に覆われた酷道を突き進む事数時間、突然視界が開けたかと思うと目的地と思われる集落が姿を現した。

 集落の周りは鬱蒼とした木々に覆われ、また獣除けなのか集落全体を高さ1メートル程度の木で組まれたフェンスで囲まれている。

 道は集落まで伸びており、その先が入り口なのだろうか。

 そこだけ木組みのフェンスが一部取り払われ、ぽっかりと口を開けていた。


「予定より随分遅くなったが、無事着いて良かったなお前たち」


 村に到着した時には日もとうに落ち、時間は既に21時を回っていた。

 そして中澤は無事と言っているが、実はあまりそうでも無い。

 体力に自信のある晴明と、晴明から精気を吸い取れる麗美は比較的元気だが、梨花と満は車酔いでグッタリしている。

 予定では夕方には到着するはずだったのだが、愚裏木駅を過ぎた辺りで突然ナビの画面が消え操作不能に陥り、スマホのナビに頼ろうにも電波が無く全く使い物にならず。

 中澤の「何とかなるだろう」の一言で、直感を頼りに車を走らせ始めたのだが、途中で道はいつから人の手が入っていないか分からない様な未舗装路になり果て、そんな所を迷いに迷って数時間走ったのだから無理も無い。


「さて、着いたは良いがどうしたもんか……取り合えず泊まれる所でも探すか?」


 当初の予定では今日は下見で村の場所だけ確認し、近くの町で一泊の後明日本格的なフィールドワークを開始する筈だった。


「でも先生、こんな所に泊まれる所なんて……とても宿泊施設が有るようには見えないんですが」


 家の数は見渡す限りで十数戸、家から明かりが漏れているので少なくとも誰かは居るようだが、未だ人の姿は確認できていない。

 

「分からんだろ? もしかしたら隠れ家的な素敵古民家の宿が有るかもしれん。とにかく行ってみるぞ!」


 車は道から少し外れた空き地に停め、未だにグッタリとした梨花と満は一旦車に残し、晴明と麗美それに中澤とで入口めざして歩き始める。

 スマホのライトで足元を照らしながら入口まで歩くと、そこには元々門でも有ったなごりだろうか、入口の両脇には朽ちかけの門柱と思われる木製の柱ががそのまま残っていた。

 入口の幅は1m程しかなく、中澤のハイエースで乗り入れるのはかなり無理が有る。

 

「車は駄目だな、荷物は後回し。とりあえず中に入って誰かに聞いてみよう」


 入口を抜け集落の中に一歩踏み込む。

 人の気配は確かにするが、誰一人家から出てくる者は居ない。

 中澤は手近な家に近づくと、扉をコンコンと叩き「夜分遅くすいませーん。お聞きしたいことが有るんですがー」と声をかける。

 土壁に茅葺かやぶき屋根、それに木の引き戸と、何とも時代錯誤なまるで時代劇にでも出て来そうな日本家屋。

 しかも手入れが行き届いているとはとても言えず、壁はところどころ剥がれ落ち一部には穴すら空きそこから淡い光が漏れていた。

 時折その光が何かに遮られるので、誰かが中で動いているのが分かるが中澤の呼びかけに答える事は無かった。


「恥ずかしがりやなのかね?」

「閉鎖的の間違い、よそ者が嫌いなんでしょうね」


 晴明が場を和ませようと冗談を口にするが、麗美には通じず現実的な言葉が返ってきてしまう。


「仕方がない、こう言う時は一番大きな家だな。ほら奥の方に見えるあの家に行ってみよう」


 中澤が指さした先集落の一番奥には、他の家屋とは違い塀に囲まれた建物が見える。

 遠目に見てもかなりの大きさから、屋敷と呼んで差し支えないだろう。

 

 村長の家とかかな?

 

「ところで先生、何故途中で引き返さなかったの? それに無理してここに泊まらなくても、他で探した方がまだマシなんじゃない?」


 半ばまで歩いた辺りで麗美が中澤に質問する、特段責めるような口調では無いが明らかに不満を持った口ぶりだ。


「ああ~うん、そうかもしれんな。まあここでダメならまた考えよう、最悪車中泊って手も有るしな」


 車中泊か……ちょっと面白そうだが、少なくとも身体を伸ばしては寝れないだろうな~

 それに暦の上では春だが、まだこの時期特に夜は結構寒いぞ。 

 それは置いといて中澤先生、イマイチ歯切れ悪いな……?


 晴明がそんな事を考えていると、程なく屋敷の前に到着する一行。

 集落を囲んでいたのと同じような木組みの塀でぐるりと取り囲まれた大きな屋敷、正面には立派な門が設えられておりこちらは朽ちる事無く機能を果たしている。


「呼び鈴の類は見当たらんな、簡単に開きそうも無いし叫んでみるか……」


 中澤が息を吸った所で、背後からバタバタと何者かが走る音が聞こえて来る。

 何事かと後ろを振り返れば、ほのかな明かりがこちらに猛スピードで近づいてくるの見て取れた。

 思わず身構えてしまう晴明達、正体を探るべくこちらも明かりをかざす、すると!


「お゛に゛い゛ぢゃん゛!」

「ヒューヒュー……」


 泣きべそを搔きながら走ってくる梨花と、それに少し遅れて付いてくる満の姿が浮かび上がった。


「なんだお前らか、具合はもうグフッ!」

「なんで置いてっちゃうのよ! 気が付いたら誰もいないし辺りは真っ暗だし、森は何か怖いしで大変だったんだから!」


 晴明の胸にダイブしてきた梨花は、そう一気に捲し立てる。

 

「ああ、悪かった悪かった。先に村の様子を見とこうと思ったんだ。芦屋もすまんかったな」


 梨花の頭を撫でながら少し遅れて来た満にも声を掛けるが、満の方に喋る余裕は無い様で膝に手を置きヒューヒューと苦しそうな息をしていた。


「あ~大丈夫か?」

「だ……だい……じょ……ウプ」

「よし、無理すんな少し休んどけ」


 満は怪しい音を立てる口元を抑え、へたり込んでしまう。

 梨花に付き合って柄にも無く全力疾走、しかもご丁寧に自分の荷物である、身の丈にそぐわない巨大なリュックを背負ってまでいるのだから無理も無い。

 

「……先生」

「ああ……」


 中澤が今度こそ叫ぼうと大きく息を吸い込んだところで。

 ギギギ……

 と、軋む音を立て今まで固く閉ざされていた門が両側に開き始める。


「お客様方、よくぞおいで下さいました」


 開ききった門から現れたのは、和装に身を固めた髪の長い小柄な女性であった。

 女性は深く礼儀正しいお辞儀をすると、一行に向かい自己紹介を始める。


「私はこの愚裏木村でおさを務める、はるかと申します」

「当然の訪問申し訳ありません、実は少々道に迷ってしまいまして、ここいらで一晩お世話になれる所を探しています」

「それでしたら当家でお休みになっていって下さい、このお屋敷には私と数名の手伝いの者しかおりません、部屋は余っておりますので是非」


 そう言いニコリとほほ笑む遥の姿にドキリとしてしまう晴明。

 艶やかな黒髪に透き通るような白い肌、和装を華麗に着こなし清楚と言う言葉がぴったりなのだが、その笑顔からはどこかか妖艶な雰囲気も感じられる。

 

 不思議な人だな、確かに綺麗な人なんだけどチョット怖い気がするのは何でだ?

 それに突然訪ねて来た見ず知らずの人間を、何の躊躇も無く家に泊めるってのはどうなんだろ?


「助かります、お世話になります。私は中澤、教師をやっていてこの子達は教え子です」


 自分の中の常識と少しずれた感覚に戸惑う晴明だったが、話は世話になる方向に決まりつつあった。

 元よりそのつもりで来ていた筈なのだが、ここに来て晴明の中の何かが仄かに警鐘を上げ始める。


「よし、お前らは先にお世話になってろ。阿部あべは私と来い、車から荷物を運ぶぞ」

「了解」


 中澤と一緒に車まで戻ってきた晴明は、先ほど麗美がした質問と同じ事を聞いてみる事にする。

 中澤は普段から良くも悪くも大雑把だが、決して責任感が無い訳でも思慮が浅い訳でも無い。

 今日の中澤のやった事はどうも腑に落ちない。


「先生、どうして引き返さなかったんですか?」


 晴明の質問に深くため息を吐いた中澤はポツリと呟いた。


戻らなかった・・・・・・んじゃ無い、戻れなかった・・・・・・んだ」

「どう言うことですか?」

「流石の私でもこのまま進むのは時間的に厳しいと思ったさ、だから途中で何度か引き返そうと思って何度か進路を変えたんだよ。

 それでも何故か戻ることが出来なくて、気が付けば同じ所を行ったり来たりしてたんだよ」


 そこまで話すと中澤はもう一度大きな溜息を吐く。


「とても信じられんだろうが本当だ」

「信じますよ、俺は先生を信じます」


 晴明は若干食い気味に答える。

 単純に道に迷っていただけでは無く、中澤は何とか引き返そうと頑張ってくれていたのだ、不安を一人で抱え込み誰にも何も言わず何時間も。

 そんな中澤の事を信じない訳には行かない、それに身近な所に吸血鬼や幽霊が居るのだから、今更迷いの森位では驚かない。

 そう言うのも有るのか、程度の認識なのだ。

 そんな晴明の言葉を聞いて少しだけ肩の荷が下りたのか、いつもの中澤らしくニカリと笑うと、晴明の首に腕を回しそのまま頭をわきの下に抱え込む。


 わっぷ、先生何を! ってむむむムネが!!!!


 抱え込まれた晴明の顔は、巨乳と名高い中澤のムネに密着し半分埋まっている状態である。

 

「良いか阿部、男手はおまえ一人なんだ。女性陣をちゃんと守ってやれ」


 低い声で耳元でそう囁くと、中澤はパッと手を放し晴明を開放した。


それ・・は報酬の前払いだ、無事に帰れたらもっと良い物をやっても良いぞ!」


 無意識に頬をなでる晴明をからかう様に努めて明るく言うと、中澤ははっはっはと笑いながら皆の荷物を背負い始めた。


 良い物って……

 いや! それよりも先生の言葉。

「守ってやれ」か、もちろん言われなくても守ってやるさ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る