第24話 愚裏木村②
「先生、お休みの日にわざわざありがとうございます」
長い様で短かった連休も大詰め。
前回は公共機関を利用したが、今回はオカ研顧問の
「ああ、気にするな。学校側には部活の合宿と言う名目で許可を取ってるし、流石に泊り掛けとなるとおまえら生徒だけって訳にはいかんからな」
助手席に座る
確かに若い男女が学校外で一泊すると言うのだから、教師としてはそのまま見過ごす訳には行かないだろう。
何となく中澤なら「お前らだけですきに行ってこい」位の事言いそうな予想をしていたのだが、流石にそうはならなかった。
そして問題の愚裏木村。
よくよく調べてみると現在最寄り駅で有る愚裏木駅には、日に数本しか電車が止まらず公共機関で行こうとすると、とんでもなく不便な所だった。
そこで前回の二の舞を避けるため誰かの親に車を出してもおうと言う案も出たのだが、ダメ元で中澤に相談した所思いのほかあっさり車を出してくれたのだ。
しかし……
「先生、何故にハイエース? なんですか?」
先生は確か独り身で、その上教師の住む独身寮的な所で一人暮らしのはず。
それなのにこの6人乗りワンボックスは、ちょっと大きすぎるのでは?
「独り身だからこそ、だな。引っ越す時に便利なのさ、大体こいつ一台有れば事足りる。
教師ってのは意外に転勤が多いんだぞ?」
中澤はまるで晴明の心を読んだかのような、的確な答えを返してくれた。
曰く「私物はこの車に乗り切る程度までしか増やさない様にする」
これは自分に対する戒めなのだそうな。
車に乗らない様な大きな物は? と聞けば「大型の家具類は大体寮に備え付けられているか、前住人が残して行った物で事足りる」との事。
それ以外にも教師は大体3年で転勤の対象になり、6年でほぼ転勤になる等の話も合わせてしてくれた。
「私は昔から浪費癖が合ってな、こう言う縛りが無いとまあまあヤバい事になり兼ねんのさ。
そんな訳で最後の高い買い物としてこいつを買ったって訳だ」
中澤はそう言うと、ポンポンとハンドルを叩きながらニカっと笑って見せた。
先生にも色々事情が有るんだな、けど浪費癖って何に使ってるんだ?
服は年中大体ジャージだし……それともプライベートではブランド物で着飾ってるのか?
晴明は見慣れたジャージ姿の中澤を眺めながら、キラキラとした服やアクセサリーに身を包んだ姿を連想してみるが……
うん、無いな。全く想像がつかん。
確かに先生は美人でスタイルも良い、でも何でかそう言った派手な格好が全く結びつかん。
まあまず間違いなく、ジャージ姿の印象が強いからなんだろうけど。
「ところで先生がジャージなのはいつもの事だから良いとして、私達まで学校指定のジャージって言うのはどうなの?」
晴明の隣に座り自分の着る黒いジャージに目を落としながら、そんな不満を口にする
うちの学校では男女関係なく、一年は小豆色、二年は青、三年は黒と学年ごとに分かれた指定ジャージが存在する。
胸の部分には白地に学年、クラス、名前の書かれた名札が縫い付けられ、肩から袖口までは一本の白いラインが入っている、全く持ってオシャレのオの字も無い極ふつーのジャージだ。
そんな麗美の他愛もない一言に一早く反応したのは満だった、満は後ろの座席の方を振り返ると意気揚々と説明を始める。
「あくまで部活の一環ですから服装は学生服か指定ジャージです。今回はフィールドワーク、野外活動がメインになりますのでジャージを選択しました。至極当然のチョイスですね」
「……前回は私服だったじゃない」
自分の説明が完璧と言わんばかりに、やけに満足げな満だったが麗美は更なる不満を漏らした。
因みに車内での席順は運転席には当たり前だが中澤、助手席に満。
2列目に晴明と麗美。
そして3列目に
当初梨花は当然の如く晴明の隣に座ろうとしたが、完全に体力が回復しきっていない麗美は、定期的に
しかしそれを言う訳にも行かず、どう言い訳をしようか考えている内に業を煮やした梨花は有ろう事か、二人の間に無理やり座ろうとするのを何とか宥めて3列目に押し込んだのだ。
すっかり拗ねてしまった梨花は、それ以降一言も発していない。
そうそう、実は梨花の隣にはもう一人(?)の部員で有る
何でも珍しく幽子の方から一緒に行きたいと言って来たのだそうだ。
「前回は……まあ置いといて。服装がご不満ですか? それならば我々には
そう言うと、満は足元に置いてあった自分のバッグからバサァっと黒いアレを取り出し、隣で運転する中澤の邪魔にならない様細心の注意を払いながら器用に身に着けて見せた。
そう、例のアレ。
オカ研のユニフォームとされる校章入りの黒いローブである。
前回のフィールドワークには間に合わず着る事を回避できたが、今回は残念ながらきちんと全員分揃ってしまっている。
なんなら今朝皆が集まった段階で、透明なビニールで包装された真新しいソレを手渡されていたりする。
事前に貰っていたのなら(意図的に)忘れる事も出来たのだが、そんな晴明と麗美の考えを読んだかの如くよりにもよって当日に渡してきたのだ。
「満ちゃん! 着て良いの!?」
「勿論です! さあ、我が盟友阿部梨花よ。選ばれし者のみ着用する事を許された聖なる漆黒の
やっと口を利いたと思った梨花は、いそいそと自分の手荷物からローブを取り出し嬉々として袖を通し始める。
そういや梨花はあっち側だったわ!
って言うか選ばれし者とか言ってるけど、部員は全員着れるよな? あくまでユニフォームって事なんだから、後聖なる衣なのに漆黒ってどうなの? それにそんなもん着なくても入部届が受理された時点で正式な部員だっつーの。
それから梨花、芦屋が小さくて可愛いのは分かるが、先輩なんだから敬語を使いなさい!
突っ込みどころが多すぎて間に合っていない気もするが、そんな事よりももっと大変な事実が晴明の脳裏に浮かぶ。
これはやっぱ俺も着る流れなのか?
その恐ろしい考えを振り払うべく隣の席に視線を向けると、そこには一早く同じ考えに至ったと思われる麗美が、まるで可憐な眠り姫の如く静かに目を瞑りスゥスゥと可愛らしい寝息を立てていた。
いやそれ絶対寝たふりだろ!
「さあ、次は阿部晴明……さんの番です。今まさに盟約を果たす時! 我と手を取り合い混沌の大地に降り立つのです!」
もう何言ってるか分かんねーよ!
「ほら、あれだ
晴明のかなり苦しい言い訳を黙って聞いていた満は、それでも納得してくれたのか残念そうな表情を表しつつも「分かりました、楽しみは後に取っておくとしましょう」と言い、意外にもすんなりと引き下がってくれた。
芦屋の事だからもっと食い下がってくると思ってたが、割と簡単に諦めてくれたな。
まあ問題を先送りにしただけなんだがな~
折角人数分揃えてくれたんだし、芦屋も楽しみにしてるから一回くらい着てやらんとな。
等と考えていると、チョンチョンと腕のあたりを突かれる。
見れば寝ていたはずの麗美が片目だけ明け、ニヤニヤしながら晴明を見ていた。
「着てあげれば良かったのに」
「やっぱり狸寝入りかよ。良いんだよどうせ後から皆で着るんだから」
「私は着ないわよ?」
「死なばもろともだ」
「遠慮しとくわ。ところであなたの荷物、アレなによ」
麗美がチラリとラゲッジスペースに置いてある荷物に視線を送る、その先には晴明がバックパックと一緒に持って来たもう一つの荷物が。
それは革製の細長いバックに、肩紐が付いた物だった。
「アレ? ああ、アレか。ありゃ素振り用の木刀だよ」
「呆れた、そんな物わざわざ持って来たの?」
「日課なんだよ、やらねーと身体が鈍っちまう」
「とんだ筋肉バカね」
「ほっとけ!」
距離が近い事も有ってか、何となく小声でヒソヒソと話す晴明と麗美。
お互いの距離もおのずと近づき当人達には一切そのつもりは無いが、傍から見ればお付き合いしているカップルのそれである。
そしてそんな状況を見逃す筈もない人物が一人いる訳で……
「お兄ちゃん?」
ついさっきまで新品のローブを撫でまわし悦に浸っていたていた筈の梨花が、気が付けば背もたれの上から顔を覗かせ晴明の事を睨みつけていた。
「おわ! ビックリした、梨花なにやって……」
「
梨花コワイコワイ!
目を見開いて無表情で詰め寄るの止めて!
「どう言ったって言われても……なぁ?」
助けを求めるべく隣に座る麗美へ視線を送るが、当の麗美は「私は何も聞いていません」とばかりに、おやつに持ってきたチョコチップクッキーを黙々と頬張り始めていた。
さっきまで普通に話してたのに!
麗美さんの危険察知能力はどうなってんの!?
「もう一度聞くねお兄ちゃん。浦戸先輩とはどこまで行ったの?」
ズイっと更に身を乗り出し質問を繰り返す梨花の体は、上半身はほぼ完全に晴明達の席側に乗り出し、顔だけは晴明の方を向いている。
あ〜俺ホラー映画でこんなシーン見た事有るわ……
じゃ無くて! きちんと席に座ってベルトをしなさい!
って言うか年頃の女の子が何てこと口走るんだ!
どこまで行ったって……悲しいかな一歩すら踏み出せてねーよ!
……いや、一応名前呼びになったし精気吸収の為とは言え手も繋いだ(正確には小指と小指だが)
これは一歩前進したと言っても良いのでは……良いのか?
等と自問自答をしている間にも梨花はグイグイとこちらに近づいてくる、と言うかもう目と鼻の先に梨花の顔が有る。
そして相変わらず目が怖い上に、背後にドス黒いオーラ? みたいな物を背負っている様に見えるのは晴明の錯覚だろうか?
そんな晴明と梨花をよそに、チョコチップクッキーの殲滅を完了し、新たな目標として選んだポテトチップスの袋に手を掛ける麗美。
ダメだ、麗美に助けてくれる気は全く無い。
ってかオヤツ食べ過ぎじゃね?
とにかく麗美が役に立たないなら芦屋に助けを求めるか!
「芦屋~梨花をちゃんと席に座らせてくれ、このままじゃ危ない」
そんな俺の声を聴いて、助手席に座っている芦屋が振り返り口を開く。
「わ、私も! どこまでい、イッタノカキニナリマス……」
それだけ言うと顔を赤く染め、前を向き直り口を噤んでしまった。
芦屋お前もか!
クッ、しかし梨花のやつ何てプレシャーだ、俺にこれだけのプレッシャーを与えてくる程の奴は、去年参加した剣道全国大会の上位人にも居なかったぞ。
我が妹ながら何て恐ろしい子……
梨花の思いもよらぬ攻撃にたじろいでいると、ポテチの駆逐を完了し満足したのか、麗美がやっと助け舟を出してくれた。
「あんたらうるさい。梨花はちゃんと席に座ってシートベルトを締める! 満も部長なんだから部員を注意する時は注意する! 私と
くっ、晴明呼びから阿部呼びに戻っちまった、一歩進んだと思ったのにまた後退かよ。
「ほらほらお前ら、はしゃぐ気持ちは分かるが少し落ち着け。そして阿部、女子を3人も
「先生!」
「それはさておき私は腹が減った、休憩にするぞー」
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