第2章

第23話 愚裏木村①

「昨日は散々な目に遭ったな」

「そうね、生きて帰れてよかったわ……」


 GW明け俺達オカ研メンバーは、先日愚裏木ぐうらき村で行われたフィールドワークリベンジの反省会と称し、疲れの抜けきらない頭と身体で授業が始まる前のオカ研部室へと集まっていた。

 俺の率直な感想に隣に座る麗美れいみは同意の、いや同意以上の返答をした。

 いかに人間以上の能力を持つ半吸血鬼ハーフブラッドと言えど、疲労や心労は普通に溜まるらしく普段から良いとは言えない顔色が今日は一段と青白く見える。

 そして机の下では俺の左手の小指を軽く触れる程度につまみ、今現在精気吸収ドレインの真っ最中で有る。


 俺が一番元気なのは、やっぱ普段から鍛えているからか?

 とは言えあんまり吸ってくれるなよ、俺だってしんどくない訳じゃ無いんだから。 


「フ、フフフ……まさか道摩法師と謳われた芦屋道満あしやどうまんの子孫で有り、オカルト文学研究部部長で有るこの私の心に恐怖心を植え付ける程の超常現象に遭遇してしまうとは、全く世の中まだまだ面白い事が尽きぬと言うものだ……」


 テーブルを挟んで正面の席に座り、テーブルにつっぷしたままのみちるがボソボソと呟く。

 字面だけ見ればいつもの調子中二病だが、その実口調は弱弱しく顔を上げる気力すらない様子。

 今現在顔は見えないが部室に入ってきた時は、うつろな視線にクッキリと浮かんだ目の下のクマと、それはそれは酷いものだった。


「道満と道摩法師が同一人物かどうかは諸説有るらしいわよ」

「……知ってます」


 麗美、弱ってる人間をあまり虐めてやるなよ……


 麗美の言葉を最後に部室はシーン……と静寂に包まれる。

 が、その静寂を打ち破るような一際元気な声が部室に響いた。


「本当ですね~私も危うく取り込まれて悪霊化しちゃう所でしたよ~」


 その声にビクリと体を震わせたのは、満の隣でうつらうつと船を漕いでいた妹の梨花りかだった。

 梨花は恐る恐るといった感じで声のした方に視線を向けると、天井付近でフワフワと漂いながら反省会に参加していた幽子ゆうこと目が合う。

 ニコリと愛嬌の有る笑顔を梨花に向ける幽子ちゃんだったが、梨花の方は引き攣った笑みと呼べるかどうか、かなり怪しい表情を浮かべるのが精いっぱい。

 どうやら幽子の存在にまだ慣れない様子の梨花だったが、まあそれは無理も無い。

 元々怖がりな上ましてやあんな事が有った直後なのだから、いくら友好的な幽霊で同じオカ研部員だと言っても直ぐに受け入れるのは難しいだろう。


 しかしあんな事の後にも関わらず部員の参加率は100%と言うのは正直大したもんだな。

 まあ梨花は俺が半ば担いで来たし、行きたくないオーラを全身に纏ってた麗美も俺が迎えに行ってほとんど無理やり連れてきた様なもんだがな。

 芦屋がきちんと来たのは流石部長と言ったところか。

 ただもう一人、肝心な人の姿が見えない。今回の超常現象に立ち会った唯一の大人……


中澤なかざわ先生は?」


 オカ研顧問で俺と麗美の担任の中澤も、今朝の反省会には参加する予定だったのだが未だに部室へは姿を現さない。


 遅刻するような人では無いのだが……体調でも崩したか?


 そんな事を考えていると、ようやく顔を上げた満がスマホに映ったメール画面を皆に見えるようにしながら口を開く。


「先生からは今朝連絡が有りました、今日は午後出勤だそうです、その……車を修理に出すからだとか」


 ああ~


 満の説明を聞いて皆が一斉に納得した表情を浮かべる。

 なんだかんだ今回の件で一番割を食ったのは中澤だろう。

 部活が授業の一環とは言え連休中にわざわざ車を出してくれたにも関わらず、その車がよもやあんな事に……


「先生には災難だったな、おかげでこっちは助かった訳だが」

「そうね、先生が居なかったら私たちはこの場に居なかったかも」


 麗美の言葉に皆の顔が一斉に強張る。


「授業が始まるまであまり時間も無い、先生抜きで始めるとするか」


 何となく重い空気に包まれてしまった雰囲気を打破するべく、晴明は努めて気を張った声で宣言する。

 その声に黙って頷く一同。

 かくして始まったフィールドワークリベンジ反省会と称した事実確認。

 では語っていこう、あの日愚裏木村で何が起こったかを……

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