第21話 ドレイン 前編
耳元に息がかかる。
良かった息はしている。
背中に体温と僅かな鼓動が伝わって来る。
脈だって有るのに何で意識が戻らないんだよ。
そうだ、カーミラさんに聞けば何か分かるかも!
麗美をおぶったまま片手で何とかスマホを取り出し、登録してある連絡先からカーミラへ電話をかける。もちろんその時でも前へ進む足は止めない。
『あら晴明君、どうかした? もしかして麗美ちゃんをお持ち帰りかしら?』
数回のコールで繋がったスマホから、カーミラの冗談めいた声が流れる。
「麗美が倒れて意識が無いんです、どうすれば!」
『……直ぐに連れて来て。大丈夫、慌てず落ち着いてね』
晴明の言葉を聞いたカーミラは、直ぐに真剣な声色へ変わる。
「分かりました!」
良かった、やっぱりカーミラさんには見当が付いてるっぽい。
しっかりと麗美をおぶい直すと更にスピードを上げる。
慌てずと言われてもゆっくりなどして居られない。
兎に角今は一刻も早くカーミラの元へと気持ちだけが早る。
身体が重い……麗美をおぶっているからか?
いや違う、麗美なんざ軽いもんだ。だったら何故?
剣道で鍛えて来た俺の身体はこんなにヤワだったのか?
「うおっと!」
突然膝から力が抜け、危うく転びそうになるのを踏ん張って耐える。
麗美の身体がずり落ちそうになるのを腕に力を入れ支えながら、何とか体勢を立て直す。
その時背負った麗美から「ん……」っと小さな呻き声が聞こえた。
「麗美! 意識が戻ったのか? おい麗美!」
「
一瞬意識が戻ったのか、か細い声で二言三言何か呟いた麗美だったが、また直ぐに気を失ってしまった。
「直ぐカーミラさんの所に連れてってやるからな、もう少し頑張れ!」
✳︎
「晴明君!」
マンションの入り口では晴明の到着を待っていてくれたのだろう、カーミラが出迎えてくれた。
「カーミラさん、麗美は一体……」
「電話でも言ったけど大丈夫よ、心配しないで。詳しい事は部屋に着いてから、ね?」
晴明を落ち着かせるため優しい口調で宥めるカーミラ、そのやわらかな声と表情で晴明もようやく冷静さを取り戻す事が出来た。
が、安心したのか気が抜けたのか。突然足から力が抜けその場に膝を着いてしまう晴明。
「よく頑張ったわね、後は任せて」
言うが早いか、カーミラは晴明の背中から麗美を引き剥がすと軽々と抱き上げた。
背中に感じていた麗美の体温が徐々に消えて行く中、未だ意識が戻らずカーミラの腕の中でグッタリとする麗美をボンヤリと目で追う。
身体が恐ろしくダルイ……
もう動けない……
頭の中もモヤが掛かったみたいで何も考えられない……
「晴明君、エレベーターを呼んでくれる?」
いっそその場に倒れ込み意識を手放してしまおうかと思った矢先、そんなカーミラの声で現実に引き戻される。
そうだった、倒れるにはまだ早い。
言う事を聞かない身体を無理矢理意思の力で従わせ立ち上がり、おぼつかない足取りでエレベーターに向かうと上へのボタンを押す。
たったそれだけの事が酷く億劫に感じる。
壁により掛かりながら、ゆっくりと数字が減って行く階数表示を忌々しく睨み付けていると、チーンっと到着を知らせる音がエレベーターホールに響き渡り扉が開いた。
先にエレベーターへ乗り込みカーミラが乗るのを確認すると、重い腕を何とか持ち上げ15階のボタンを押す。
気力を振り絞った晴明だったが、ついにそこまでだった。
視界が暗転し、意識は深く暗い穴の底へと飲み込まれて行くのであった。
✳︎
「ここは……」
晴明が目を覚ますと知らない天井……いや、見覚えの有る天井が視界に映る。
「晴明君、気が付いた? ちょっと待っててね」
晴明の声を聞き付けたカーミラが一度キッチンに姿を消すと、コップを乗せたお盆を持ち戻って来る。
「麗美は……」そう言ったつもりだったが、声が掠れ上手く言葉にならない。
「大丈夫よ、今は自分の部屋で寝かせているわ。先ずはこれを飲んで、ゆっくりね」
カーミラに手渡されたコップを受け取った晴明は、中の液体をユックリと一口含む。
ほんのりと甘みの有る液体は、口に含んだ瞬間まるで身体に吸収されていく様な感覚に陥いる。
恐ろしく喉が渇いていた事に気が付いた晴明は、カーミラの言葉も聞かず一気にコップを傾け残りを口に流し込む。しかし、食道を通り切らず行き場を失った液体が気管に入りむせ返ってしまった。
「ほらほら、ゆっくりと言ったでしょ?」
咳き込む晴明の背中を優しく撫でるカーミラからは、液体と同じ僅かな甘い香りがした。
「す、すいません。でもおかげで落ち着きました。これは?」
「滋養強壮のお薬、それを薄めた物よ。ほんの少しキツいお薬なのだけど、今の晴明君には丁度良いでしょう」
滋養強壮……栄養ドリンクの類いだろうか?
そう思っていると腹の底がカッカと熱くなり、あれ程失われていた体力がみるみる回復して行くのが自分でも分かった。
「うおっ! ……カーミラさんこれヤバイ薬なんじゃ……」
ソファーから飛び起き自分の身体を確認する。当然見た目で何か変わった訳では無いが、身体中に力がみなぎり今にも駆け出したい衝動にすら駆られる。
「そうね〜呼び方は色々有るわ。エリクサー、生命の雫、単純にポーションと呼ばれる事も有ったわね。その昔、魔術で生み出されたお薬よ。安心して、ちょっと眠れなくなる程度で身体に害は無い筈だから」
「魔術……?」
「そう、今は廃れて久しいけど昔は魔術も立派な学問だったのよ? その薬も流通自体は殆どしなくなったけど、それでも昔のツテを頼ればある程度都合は付くわ」
「は、はあ……」
相変わらず世間話でもするかの様な口調で、サラッととんでも無い事を言って来るカーミラだったが、残念ながら話の内容は余り頭に入って来なかった。
と、言うより考える事を拒否している感じで有る。
身体は動くが頭は働かない、体力は有り余っているのに何かしようと言う気にはならない不思議な感覚。
晴明が首を傾げていると、それを見ていたカーミラが口を開く。
「まだ横になっていた方が良いわ、回復したのは体力だけで精気は回復していないの。
晴明君貴方はね、麗美から無意識の
「精気吸収……それって!」
「そう、今の麗美は精気枯渇状態に陥っているわ」
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