4-2

 甲高い機械音が耳を刺激して、睡魔に襲われていた頭を徐々に覚醒させていく。

 意識がはっきりとして身体を動かせるようになり、真っ先に耳元で鳴るスマホのアラームを叩くように指をぶつけて止める。薄暗い部屋の中で眩しく光る画面には、デジタル表示で午前七時を迎えていた。

 そのまま身体を起こして部屋のカーテンを引き開けると、目を眩ませるほどの朝の日差しが室内に差し込んでくる。

 次第にその光が収まっていくと、窓の外の景色が鮮明に映し出されていた。

 雲を突き抜けてしまうかと思うぐらいの高層ビルの群れに、隙間を縫うように走る何本もの路線が網目のように広がり、時代の流行と技術の最先端を行く街の姿がそこにあった。

 日本でいう都会という場所に上京してからもうすぐ十年経つが、毎朝の光景に今更感動も面白さもなく今日もそこにあるんだなぁという実感ぐらいしか沸いてなかった。


 しかし、今はいつもと変わらないその様子に安心感を覚えていた。


 意識がはっきりと目覚めてから掌を見つめれば手汗をかいていて、今が秋の終わり頃なのと私自身あまり汗をかかない体質なのもあって余計に不気味さを増していた。



 この数ヶ月、あの夢をよく見るようになっていた。

 季節はいつも春の夜中で、待ち合わせに使っていた神社が必ず現れ、そしてあの子が決まって姿で登場している。そこから後は同じ展開が繰り返され、周囲が暗くなって何も感じなくなると夢から覚めるという全ててが不気味な内容となっていた。

 出てくる女の子も曖昧にしか記憶になくて、顔や姿には既視感があるのに性格や彼女との思い出といった類のものは何一つ浮かんではこない。

 なにより、名前を呼ぼうとすると決まって喉が詰まってに掠れたような声になり、上手く呼ぶことができなかった。

 それは現実にも影響していて、フィルターでもかけてあるかのように何度思い返しても彼女のことがぼんやりとしたことしか分からず、胸の奥がずっと騒ついたままになっていた。


「一体、誰なんだろう」


 一人しかいない空間で、ポツリとそう呟く。

 その声は、額に掛けられた中学時代からの写真だらけの部屋に寂しく響いていた。


 こんな不可思議な夢に悩まされて、普通ならこうさっさと忘れようと心掛けようとするものだろう。けれども、彼女が現れて以降その存在が妙に引っかかってしまい、すんなりと消えないでいた。



 それに、私は彼女に何かを伝えなければはいけないような気がして、それは分かっているのに肝心の内容が抜け落ちてしまい、はっきりとしないことに釈然としていた。



 しかし、目まぐるしく回るこの都会ではそんな事に気を取られている余裕も無く、出勤時間が刻一刻と迫っていた。

 名前の分からないその子の姿を頭に残しながら服を着替え、一通りの食事を済ませてから鞄を肩に掛けて部屋を出て行く。

 中には小さい頃に使っていたデジタルカメラはなく、業務用の一眼レフカメラが確かな重たさで存在感を現していた。

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