最終話『巡りゆく季節の先に』

4-1

 小さなファインダーを覗き込み、そこから視える景色をよりよく写すために構図を考えながらその穴を覗き込む。

 奥で広がる祭殿は何百年もその姿を変えることなく神を祀り続け、春の息吹で小さく身体を揺らす桜が散らした花弁はゆっくりと舞い落ちながら参道で何枚も重なり、日の沈んだ暗闇の中でも薄い桃色が淡く輝いているようだった。

 ずっと昔、それこそ中学校の時にこの景色が好きで通っていた神社によく似ていて、変わらない神秘的な雰囲気は例えその場所を知らなくても人を惹きつける魅力があった。



 ……そういえば、何でここにいるんだろう。



 我に返って顔を離して振り返ってみると、そこには灯籠が道標となって等間隔に並んでいる。その先では鳥居が構えていて、参拝客をひっそりと迎えていた。

 最近のスケジュールでは寺院での撮影は入っていないし、そもそもアパートや職場の近くにこういった場所もない。

 どうやら毎日の忙しさに追われていくうちに心の何処かで恋しくなったのか、故郷に戻ってきたようだ。

 流石に急なことに困惑してしまい、周囲を見回しながら、それでも何処か懐かしさに触れながら春一色の風景を眺めていた。


「ミノリ」


 唐突に、後ろから名前を呼ばれる。

 身体を向けると、祭殿のすぐ隣にある大きなご神木の隣で女の子が立っていた。

 桜と馴染んで靡く桃白色の髪に丸くて大きな瞳、そして女性らしい柔らかい体つきをしていて、不意にみせる無邪気な笑顔が可愛らしげな印象を与えていた。


 何処かで会ったのだろうか、不思議と安心感が胸を覆い自然に彼女近づき、声をかけようとする。

 けれど、声は発せられることはなくまるで音が切り取られたかのように口を開いたり閉じたりを繰り返すだけだった。

 その違和感に気づいてすぐに、視界が徐々に暗く狭くなっていく。

 恐怖心を抱いた私は、咄嗟に彼女の方へ走り出し手を伸ばしていた。

 


 ——待って! 私まだ何も……!


 

 焦る私を嘲笑うかのように暗闇の世界はどんどん近づき、私から視界を奪おうとする。目の前彼女は状況が分かっていないのか、黒く染まっていく景色の中でも微動だにすることはなく未だに佇んでいた。



 そして、世界は真っ黒に染まり影も形もなくしてしまう。彼女のいたであろう場所にまで駆け寄るが、既にいなくなった場所に手をかざしても感触は何もなく、虚無の空間をひたすらに探し求めていた。

 次第に私の意識も薄くなり、頭を振って必死にもがくけれど一向に収まる気配はない。



 気づいた時にはもはや何が見えているのか、何に触れて感じているのか訳も分からないままその場所を彷徨い続けていた。

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