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 シミ一つない肌をより綺麗に写すために照明を当て、白背景の前でポーズを撮るモデルさんにピントを合わせてシャッターを切る。それからポーズや物の配置を変えてからまたカメラを向けて、モデルのマネージャーや雑誌の編集担当の人に出来を確認してもらいながら何十枚にも及ぶ写真を撮っていく。

 そんなやり取りが数時間に渡って続き、正午前にようやく雑誌の表紙撮影にひと段落が着いた。

 

「少し休憩しましょう」


 構えていたレンズの先にいるモデルさんに声をかけて、倒れないように三脚からカメラを外して鞄の中に仕舞い、すぐ隣にあるパイプ椅子に座って水を飲み始めていた。

 都内にある撮影スタジオに新卒で就職してから三年が経ち、小さい頃から培ってきた技術と懸命な態度を買われるようになり、今ではクライアントの方を相手に広告写真などを撮る毎日を送っている。

 相手方の予定などもあって思うように休みがあるわけではないけれど、働いた分はちゃんと給料に反映されるし、何より今の仕事を楽しめてはいるのでそれなりに充実した日々を送っていた。


「桜庭さん、お疲れ様」


 午後のスケジュールを書いた手帳を片手に、次はどう撮影するかを考えていると今日のお相手の笹森梓さんが声をかけてくる。


「お疲れ様です」

「かしこまらなくて大丈夫よ。ゆっくりして」


 立ち上がって挨拶しようとするが手で静止されてしまい、自分で持ってきた椅子を横に並べてそこに腰かける。さすがモデルということもあって、すらりと伸びる手足や曲線を描くスタイルが絵になり、同性ながら出てくる感想は麗しいの一言に尽きていた。

 彼女は二年前から会社に依頼を出してくれるお得意様の一人で、最近ではラジオやドラマ、更には映画にも出演していてどのメディアでもその姿を見ない日はないほどに人気が急上昇している。

 そして、その売れっ子さんの撮影は決まって私が担当をしている。

 初めて一緒に仕事をした日から私の腕を気に入ってくれたみたいで、今の会社で一人前のフォトグラファーとして認められるようになったきっかけを作ってくれた人物でもあるので、毎回指名してくれることにはとても感謝していた。


「お昼は食べないの?」

「ちょっと考え事していまして」


 休憩に入ってからすぐにスケジュール張と睨みあい、持ってきたコンビニのおにぎりに一切手をつけずにいることを指摘され、愛想笑いで返す。

 そんな様子に呆れた顔をしながら、彼女は私の膝の上にサンドイッチを追加でおいてくれた。


「仕事熱心なのは良いけれど、休むときはしっかり休んでよ。あなたが倒れたら撮ってくれる人がいなくなるもの」

「……ありがとうございます」


 いつも何かしらと気にかけてくれて、こうして差し入れをしてくれる笹森さんに頭を下げながら、その包装を解いて一つ掴んで口の中へと運んでいく。それを見て安心してくれたみたいで、彼女も自身のランチを取り出していた。

 一緒に過ごしていると、スタジオ内を歩くスタッフや同僚が彼女の容姿に見惚れて時々こちらへ視線を送ってくる。それが気になっていちいち反応してしまうが、当の本人は見られることには慣れているようで、素知らぬ顔でサンドイッチを齧っていた。

 その堂々とした姿に感心しながら咀嚼していると、改まった様子で笹森さんが話題を切り出していた。


「ところで、桜庭さんに折り入ってご相談したいことがあるのですが、よろしいですか?」

「私で出来ることならお聞きしますよ」


 いつになく真剣な表情に、こちらも姿勢を正して彼女の台詞を待つ。それだけひっ迫したようなことでも言うのだろうか、内心胸がざわついていた。


「私個人の事情もあって、この度事務所が変わることになりました。それは構わないのですが、契約等の都合で今後はこちらの会社へ来るのが出来なくなってしまいます」



 これ、もしかして打ち切りの相談?



 嫌な話になることもある程度覚悟はしていたが、どう伝えられてもやはりこの手の話題は耳を塞ぎたくなってくる。まして年単位での付き合いのある方からそれを言われてしまうと、全身に重りがのしかかったみたいな衝撃が響いていた。

 それでも、これは彼女がもう決めたことだから素直に受け止めるしかなさそうだった。


「それでなのですが、もしよろしければ私の専属のフォトグラファーとして一緒に来てもらえないでしょうか」

「………………え?」


 彼女の放った一言に耳を疑い、巡り続けていた思考が一旦止まる。

 私をじっと見つめる大きな瞳には何かの期待がこめられていて、その力強い眼差しに圧倒されて素っ頓狂な声を上げていた。

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