1-5

 私たちが会場について十分もしないうちに入学式は始まり、およそ一時間ほど校長先生や生徒代表の子が壇上で演説を披露していた。

 その式の最中、先生や両親に注意されないように気をつけながら何度も周囲を見回す。

 近くは同じ新入生で集まり、反対側には在校生が整列していて、後ろには他の保護者や来賓の方々が着慣れたスーツ姿で参加している様子が映っていた。

 その中にあの子の髪があればすぐに分かりそうなものだが、残念ながらそれらしいものは見つかることのないまま入学式は終わりを迎えてしまった。

 その後も一年生の教室のある棟に移動する時や、新しい教室で初めてのホームルームをしていた時も人が視界に映る度にいないかと探してみたが思うようにはいかず、あっという間に下校時間になってしまっていた。


「桜庭さん」


 配られた時間割や連絡網のプリントをせっせと鞄に詰めているところに、同じクラスになれた吉田さんが歩み寄ってくる。


「このあと暇? 良かったら一緒に帰らない?」


 中学で出来た始めて出来た友達にそう誘われて、うきうきな気分で立ち上がる。朝から色々あって迷惑もかけたのに、今もこうして気さくに話しかけてくれることが嬉しかった。


 瞬間、彼女の姿が脳裏にちらつく。



 まだ、あの子のこと見つけられてない。



 そのことが、私の動きを鈍らせていた。


「……ありがとう。でも、今日は止めとく」


 せっかくの誘いに申し訳なさを感じながら、掠れるような小さな声で頭を下げて断る。

 その返事に、吉田さんは何かを言いたそうにしながらじっとこちらを見つめていた。


「もしかして、今朝のあの子のこと?」


 そう聞かれて、思わず目を見開いてしまう。対する吉田さんはといえば、両手を腰に当てて誇らしげに胸を張りながら笑顔を向けていた。


「そりゃ入学式の時からあれだけ周り気にしてたら、そうかなって思っちゃうよ」

「バレてた……」

「桜庭さんが分かりやすいだけだよ」


 最初の方から気づかれていたみたいで、行動が全部筒抜けになっていたことに笑いながら頬を掻いて誤魔化す。


「……そんなに気になるの?」


 不思議そうに訊ねてくる吉田さんに、私は素直に頷く。


「どうしてかは分からないけど、何だか放っておけなくて」


 宙を舞う曖昧な気持ちを上手く捉えられず、言い表す表現が分からず歯痒い気持ちになってしまうが、聞いていた吉田さんは晴れやかな表情でいた。


「それなら、会ってもやもやする気持ちを解消しないとね。こういうことって、溜め込んでも良い事ないから」


 あっけらかんと話す彼女は清々しいほどに堂々としていて、誘いを断られたことなんか気にもかけずに背中を押してくれた。


「ごめんね。せっかく誘ってくれたのに」

「気にしないでよ。また明日も明後日も誘えばいいんだから」

「……ありがとう!」


 その姿勢が悩む私を後押ししてくれて、後腐れなくまたねと言って教室を飛びだす。出会って間もない私にこれだけ支えてくれる吉田さんに感謝しながら、もう一度あの子を探すために校内を歩き回りことにした。

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