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 遠くに見えていた校舎も新入生の流れに乗って進む度にその姿を大きくし、見上げた坂道の先では私たちを待ち構える正門が堂々と佇んでいる。

 新しい環境に挑む緊張感はまだ拭いきれてはいないけど、吉田さんと一緒に登校しているおかげもあって肩ひじを張る力も大分和らいでいた。

 そんな春の賑やかな時間に、反対側の歩道の奥から少し風変わりな格好をした人たちが降りてくる。

 お母さんよりもずっと年上で、笠を被った男女四人組が白い装束を纏って木の杖を突きながらゆっくりと私たちの来た道を下っていた。

 彼らはお寺を参拝して回っている方々で、それをいくつもの県に渡り歩きながら巡礼旅をしている。そして、この街にはそんな参拝客が訪れるお寺が幾つか点在していて、彼らの姿はここの住民にとっては見慣れたものだった。

 それ以外にも小さな祠も知っているだけで十以上はあるので、他所から来た人からは『ご利益の街』だとか『パワースポットが幾つもある地方都市』なんて言われていたりしていた。

 その旅人さんと目が合い、去り際に静かに会釈をされたので二人でそれを返して顔で追いかけて見送る。

 背中には達筆な筆文字で念仏の一句のようなものが書かれていた。

 遠ざかっていく後ろ姿をぼんやりと眺めながら、「よく頑張るなぁ」なんて他人行儀な感想を浮かべて顔を前へと戻すと、今度は新入生たちが何かにどよめいていた。

皆しきりに道の反対側を見ているので、つられてその視線を辿っていく。



 その先には、一際目立つ女の子が立っていた。



 舞い落ちる花弁と馴染むように揺れる髪は桃白色をしていて、あの時はしっかりと見えなかった顔には丸くて大きな瞳に綺麗に通った鼻筋、そしてふっくらとした唇が添えられている。

 服装は初めて会った時のワンピースではなく私や吉田さんと同じ制服姿で、学年分けのリボンも同じ色をしていた。



あの時の子だ……!



 待ち侘びた再会に喜び駆け寄ろうとするが、彼女は神妙な面持ちで何かをずっと眺めていた。

 その子の目の前には石で出来た鳥居と階段があり、奥に行けば小さな神社への参道に繋がっている。主な参拝客はさっきの旅人のような方がほとんどで、私たちもそこは知ってはいるけれど近寄りはしないから、普段は人気の少ない不気味な場所になっていた。

 その子はその場から進んでいくこともなければ、拝んだりするわけでもなくただ一点をじっと見つめるように微動だにしない。

 ただでさえ目立つ髪の色をしているのに、何もせず鳥居の前に立つ姿は周囲からは異質に映ってしまうようで、その容姿に振きはしても近寄ることは誰もしていなかった。


「どうしたの、桜庭さん」


 見惚れるように立ちすくんでいたせいで吉田さんと距離が空いてしまい、それに気づいた彼女が心配して引き返してくる。


「吉田さん、あの子……」


 鳥居の前にいる子に指を差すとすぐに気づいて顔をその方へ向けてくれていた。


「……どうしたんだろうね」


 揃って彼女の様子を不審に思いながらしばらく様子を窺ってみるけれど、大きな変化はなくただ立ちすくむだけで、じっと眺める背中には次第に哀愁すら漂わせていた。


そこに、二度目のチャイムが鳴りだす。


「そろそろ行こう、桜庭さん」


 そう言う吉田さんは私の手を掴んで一歩前へと足を踏み出し、その動きに身体が自然に新しい校舎の道のりへと向けられる。

 けれどそれ以上に、桃色の髪の女の子への好奇心が私の後ろ髪を引っ張っていた。



 もうすぐ入学式が始まる。

 私も急がなきゃ。



 そう分かっていても、初めて会ったあの日から彼女のことが気になってしまい、瞳がちらちらと追いかけてしまう。


 髪の毛が珍しいから?

 私よりもずっと大人びているから?

 それとも、あの不思議な雰囲気に魅力を感じているから?

 

 あの時から考え続けた理由を並べてはいるけど、どれもしっくりとはこない。

 この気持ちに適切な答えを当て嵌めるためにはどうしても時間が足りず、渋々でも目の前の現実に戻っていくしかなさそうだった。

 


——でも、あの子のこと、このまま放っておいていいのかな。



「……桜庭さん?」


 声にはっとして顔を向けると、吉田さんは困惑した表情を浮かべている。奥では、同じ学年の生徒が小走りで学校への道を急いでいた。


 ……話しかけるぐらいの時間はあるよね。

 

「吉田さん、ちょっとだけ待ってて」


 それだけ伝えてから、私は通りを横切ってあの子の元へと踏み出す。

 ここまで気になる理由を聞かれても答えはやっぱり分からないけど、話しかけることぐらい複雑じゃない方が前に進みやすい気がしていた。


「あの」


 彼女の背後に来たところで、声をかける。周りの雑音にすら耳を傾けなかった子がようやく振り向き、特徴的なのセミロングの髪をふわりと靡かせ綺麗な弧を描いていた。

 その光景に息と一緒に言葉も飲み込んでしまいそうになるけど、それを抑えてゆっくりと声にして伝えてていく。


「立ち止まっていたみたいだけど、どうかしたの?」


 突然話しかけられたせいで、彼女は目をぱちぱちさせながら顔を見つめている。

 しばらく待ってみると、今度は「え……?」と言いながら何度か左右を確認するように顔を振って、また元の位置に戻す。

 すると、みるみるうちに頬を赤く染めておろおろし始めていた。


 ……変なこと言ったかな?


 何かおかしなことでもしたのかなと思い自分の行動を思い返していると、突如として彼女の方から大きな声で呼んでくる。


「あの……失礼します!」


 それだけを告げると素早くお辞儀をして、鞄を大事に抱えながら学校へと駆けだしている。呆気に取られている間にも彼女はどんどん遠くなっていき、気づいたら私だけが取り残されていた。



 何がどうなったの? さっぱり分からない。



「桜庭さん、私たちも急がないと!」


 あのやり取りを見守っていた吉田さんの声が耳に届くよりも先に、もう一度手を引かれて一緒に通学路を上がっていく。

 その後ろで、私は急な展開に心が受け止めきれず、呆然としたまま足を動かし続けるばかりだった。

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