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 それからというもの、隣の教室や渡り廊下、中庭に体育館と思いつく限りの場所を色々探してはみたけれど、あの子の影すら見つかっていない。途中、色んな部の勧誘を受けたり先生たちの不審がる目線を躱したりなんかしていると、時計はあっという間に正午を過ぎていた。

 ここまで変らない結果に、廊下の真ん中で一人ため息をついている。



 ——そもそも、迷惑だったかな。



 冷静になって考えれば、名前も分からない見ず知らずの人にいきなり声をかけられたら誰だって驚いて当然のことだった。

 今更になって自分の行動が不安になってきて、ただ会いたいという欲求に他人を振り回してしまうことに罪悪感が芽生え始めていく。


 これ以上やって、返って不安にさせたら意味ないよね……。


 今日はもう切り上げて帰ろうと、小さく息を吐いて周りに意識を向ける。

 そこに映る学校の景色に人の姿はなく、さっきまで微かに聞こえていた学校生活の音すら遠くへと消えてなくなっていた。

 静寂にも近い空気が昼間なのに恐怖心で背筋を張りつかせてしまい、学校という施設を不気味な場所へと様変わりさせていく。

 異様な光景の中に一人取り残されたような感覚に陥った私は、足がすくみながら一歩ずつ下がり、記憶だけを頼りに階段がある所にまで近づいていく。

 そして一度大きく息を吸い、勢いよく振り返ろうとして——。


 何かとぶつかった。


「痛っ!」

「きゃっ!」

 

 反射的に痛みはあったけど、鼻に少しの衝撃が来たぐらいで怪我をすることもなくちょっとよろけた程度で収まっている。

 当たった感触もすぐになくなり、少し落ち着いたところで今度はこの状況に違和感を覚え始めていた。


 あれ?

 声が、もう一つ聞こえた?


 そのことに気づき、ゆっくり顔を上げる。



 そこに居たのは、ずっと探していたあの女の子だった。



「……あの、大丈夫ですか?」


 思わぬ出来事が立て続けに起きて気が動転しているところに、彼女の方から声をかけられる。何度見ても綺麗な姿に目を奪われそうになるが、心配そうな表情に慌てて我に帰り言葉を返した。


「う、うん。平気だよ。前見てなくてごめん」

「こちらこそ。考え事しながら歩いていましたので」


 お互いぶつかったことを気にしているせいで、口から出てくるのは謝罪の言葉ばかりで、必要以上に萎縮してしまいどんどん場の雰囲気が少し重たくなってしまう。

 何とか話題はないかと適当に視線を泳がせてはみるけれど、目に映るのは奇妙な雰囲気の残る校舎しかなかった。

 他に何かないかと見回す中に、ふと彼女の制服の襟元に目が止まる。

 そこには、赤茶色の円形のプレートの上から金色で型取られた校章のバッジが日の光を反射して輝いている。それと全く同じものを、私も襟につけていた。

 

「……入学式、間に合ったんだね」

「はい、おかげさまで」


 入学式の時に受け取った校章が会場にいた証明にもなるので、気がかりなことが一つ減って、ようやく安堵の息を吐いていた。

 

「今朝はありがとうございました」


 向かい合わせになっている彼女が感謝の気持ちを込めて、深く頭を下げている。ずっと強張っていた表情がようやく緩んで、柔らかな微笑みを浮かべてくれていた。

 その動きに合わせて揺れる薄い桃色の髪は朝見た時と変わることなく艶やかで、それでいて彼女の身体によく馴染んでいた。

 


 今なら、色々聞けるかな。



 融和していく空気の中で、好奇心に突き動かされて少し近づいていく。

ずっと気になっていた相手に、ようやく手が届きそうだった。


「そこで何してる」


 その空気を、一瞬にして渋いおじさんの声がかき消していく。

 揃って声の方に振り向くと、入学式の時に学年主任か何かで紹介された中年の男の先生が訝しみながら立っていた。

 

「新入生はもう下校する時間だぞ。早く帰りなさい」


 突然の人物の登場に二人とも硬直してしまうが、その時間すら待たない学年主任は足で廊下を小刻みに叩き行動を催促される。

 このままでは怒られそうなので、危機感を覚えた私たちは急いで立ち上がり一礼だけをして彼女を連れてそそくさと正門に向けて回れ右をしていた。

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