3、ノンフィクション(3)

 僕は授業中に小説を書くようになった。黒板の文字を書き写すフリをして、ノートに自分の作品を執筆していく。これも佐倉の影響だった。小説が好きだった佐倉のことを思い出して、自分でも小説を書きたくなったのだ。どんな作品だって書いた。サスペンスもホラーもファンタジーだって書いた。恋愛と青春を描くのは苦手だったが、想像上でならどうにだってなった。別に誰かに見せるわけじゃない。だったら出来の良し悪しなんて関係ない。僕がしたいように、僕が望んだ展開と結末を、文字にする。


 僕はある時『青春の残滓』という小説を書いた。僕にとっては初めてのノンフィクション小説だった。中学の時自分の部屋を貸して、その部屋で性行為をしていたSさんという女子を好きになる。そういう話。僕が実際に体験した話だ。佐倉を好きになったのは瞬間的な出来事で、僕にも想像できない現象だった。あの日画面越しの佐倉をたまたまよく観察してしまって、それで好きになった。単純すぎる。こんな単純な思考を文字にするなんて恥ずかしすぎる。だから一部に武瑠という実在しない友人を一度だけ登場させて、僕が心境変化したのをその架空の人物のせいにしたりはしたが、それ以外は事実本当にあったことだけを書いていた。物語は僕がA君と仲良くなることで終わりを迎える。



【この物語は 僕が中学の時に体験した実際にあった物語である。】



 この文句から始まる小説。『青春の残滓』は僕にとって娯楽作品であり、そして昔にした自分の悪い行いを悔い改めるための作品であった。だからこの文句は必要だった、この話は事実で、この話に出る主人公は愚かで醜い。僕という人間がそういう人間であったことをきちんとそこに記した。


 安藤にも読ませた。他の作品は一度として見せたことがなかったが、これだけは見せておこうと思った。安藤は笑いながら読んでいた。この物語を読んでそういう反応をする奴はきっと安藤だけだろう。読み終わった安藤が言ったのは


「どうにもオチが気に入らないな」


だった。事実を書いているだけなのだから、そんなこと言われてもどうにもならない。でも安藤は言う。別に全部事実にしなくたっていいだろ、小説なんだから少しくらい脚色した方が面白いだろ、と。こんな主人公バッドエンドの方がお似合いだ、なんて言って笑ってやがる。まったく嫌味なやつだ。


 高校生活は楽しかった。中学の時とは雲泥の差だった。友人が一人もいなかったあの頃と、親友が一人いる高校では大きく違った。彼女がいたわけじゃないし、学校でのヒエラルキーは相変わらず最底辺だ。でも僕は青春をしていた。こんな青春もあるんだって思った。


 安藤のおかげで、すべてが変わった。


 でもやっぱり最底辺は最底辺でしかなかった。だからこういう時間が長く続くわけじゃなかった。


 ある日のことだった。


 僕が朝教室に入ると空気が冷ついたのを感じた。普段から挨拶をされたことはないし、話しかけられたこともないが今朝だけは何かが違った。視線は明らかに僕に向けられていて、ニヤニヤしているやつもいれば、不快そうな顔をしているやつもいる。居心地が悪かった。こんなのは僕の日常じゃない。いつだってどんな時だって僕はずっと外にいた。だからこんなのは僕じゃない。なんで僕が。僕が。


 理由はすぐに分かった。机の中に手を入れた時だった。とあるものが僕の机からなくなっていた。僕が大事にしていたもの。絶対に誰にも見られてはいけなかったもの。そうだ、あんなこと書かなければ良かったのに。余計なことを書いたから、全てを明るみに出てしまった。なんで持ち歩いた。なんで昨日に限って机の中に置いてきた。そもそも誰が僕の机の中を探ったんだ。探しても探しても見つからない。本当にない。ロッカーにも。カバンの中にも。完全になくなっている。


 僕の『青春の残滓』が。机からなくなっていた。どこにあるのかわからない。どこにあるのかわからないのに、どうなってしまったのかはわかった。今、僕の周りでは、僕の過去を、知られてはいけない過去を、知っているやつらで溢れている。自分の部屋でセックスをさせて、そしてそれを盗撮していた僕の過去を、ここにいる、全員が、みんな、知っている。


 僕はこの日から、晴れて最底辺から地獄へ叩き落とされることとなった。


 すれ違いざまに暴言を吐かれたり、教科書がなくなったりなんて日常茶飯事だった。僕はいつだって外にいた。外でいることが僕の日常だった。外にいながらも僕の高校生活は楽しかった。なのに。なのに、気づけば僕は周りから強制的にクラスの中にぶち込まれて、負の中心人物として遊ばれた。学校に行くのが嫌になった。誰かと話すのが怖かった。誰と話しても誰と近づいても、僕は盗撮をした変態として蔑まれる。否定のしようがない。事実そうだったのだから。


 安藤にはこの話をすることはなかった。あの時の安藤は僕と大して変わらない立ち位置にいたから、周りから情報が入ってくることがない。学校は同じでもクラスが違っていたから、僕がいじめにあっていることなんて安藤が知る由もなかった。


 とある日の放課後、体育祭を翌日に控えた日のことだった。みんなは応援やダンスの練習に精を出している中、僕は一人下駄箱に向かった。ふと、見ると僕の靴がなくなっていてその代わりに下駄箱には僕の書いた『青春の残滓』の表紙がぶち込まれていた。靴がないときは決まって屋上に隠されていることを経験上知っていた僕は、すぐさま屋上に向かう。そこには三人のクラスメイトが待っていた。

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