3、ノンフィクション(2)

 僕が中学の時に佐倉のことを好いていたことを安藤に話したのは、高校二年になった頃だった。いや、その言い方は間違っているのかもしれない。僕は高校二年になってもまだ、佐倉という女子のことを好きでいたままだった。会うこともなくなってから一年半ほど経過していたというのに、この気持ちは何一つとして変わらなかったのだ。そのことを安藤に伝えると、安藤は驚いていた。他人に興味がないと思っていたのに、清嶋にもそういう感情があるんだな、と。


 中学の頃佐倉を想っていたあの時の感情を安藤に話す。なんだか変な気分だった。安藤は佐倉と付き合っていて、佐倉は安藤のことが大好きで、それでこの部屋であんなことをしていて。


 一つ気になったことがあった。安藤は佐倉のことをどう思っていたのだろう。佐倉と同じで安藤も佐倉のことを大好きでいたのだろうか。しかし答えは思っていたものと正反対のものだった。


「……正直僕は佐倉のことが嫌いだった」


 安藤は言う。元々好きというわけではなかった。ただ告白されて、あの時は中一だったから、女子にそういう気を持たれるということに少し舞い上がってしまった。だから告白を承諾したというだけだった。中学の時何回か女子に告白をされたけど、その初めてが佐倉だったから佐倉が選ばれたというだけに過ぎない。不良と付き合っているということは苦痛でしかなかった。


 佐倉も安藤のそういう気持ちに少しは気づいていたんだろうと、安藤は言った。だから佐倉は週に一度、身体で愛情の確認を始めた。それが僕の家に来るようになった原因だった。


 僕はあんなに佐倉のことを好きでいたというのに。好きでもない安藤が、佐倉にあれだけ好かれていて、それで僕の部屋であんなことをしていたという事実が僕は辛かった、悲しかった。悔しかった。もうこの頃には安藤のことを親友だと思っていたし、だからこの話を聞いて安藤を嫌いになったりしたわけではなかった。でもこの負の感情は段々と、沸々と、怒りに変わってきて。そして僕は気づいたら安藤のことを殴っていた。そこにあった少年ジャンプで、安藤の顔面を殴った。ふざけんな。僕はずっと佐倉が好きだったのに。佐倉はお前のことが好きだったのに。なんでそんなことが言えるんだよ。


 安藤も僕を殴り返す。本当のことを言っただけだ。こんなところで今更嘘をついてどうするんだ。親友だと思ってるからこそ全部本音を話してるのに。


 そして安藤はこう続けた。


「僕は全部本当のことを話してる、だからそろそろ清嶋も話せよ」


 安藤が何を言っているのかわからなかった。でも段々と僕の中に隠していることがあることを自覚し始める。そうだ、確かに。僕は安藤に話していないことがある、でも話してもいないのに安藤がそれを知っているということは、安藤はとっくの昔からあのことには気づいていたということになる。絶対にバレていないと思っていたし、バレるわけがないと思っていた。そもそもバレていたとしたら、その時点で指摘されると思っていた。


「僕が……お前らのことを、撮っていたことか……」


 清嶋は頷くわけでも返事をするわけでもなかった。ただただ静かな時間だけが流れていく。


 僕は勉強机の引き出しの鍵を開ける。中には中学の時に盗撮した、安藤と佐倉のDVDが数枚入っていた。


「おいおい……冗談だろ、残してたのかよ」


 安藤は呆れた様子だったが、しばらくすると何故だか笑っていた。


「馬鹿じゃん、なんでそんなとこに大事そうに持ってんだよ」


「大事だから」


「馬鹿じゃん」


「全部は残してない……僕のベストテンを残した」


 それを聞いた安藤は腹を抱えて笑い出す。ベストテンってなんだよ、とか言いながら床をバシバシ叩いている。


「一番良いやつを一つ残そうと思ったら一番良いやつが十個あったから」


「やめろもうお前! 一旦話すのやめろ!」


 安藤は笑い転げていた。もはや僕が口を開けたらなんでも笑うんじゃないだろうか。


 のちに安藤から聞いた話だ。安藤は僕が二人の行為を盗撮しているのではないかと中学の時には既に疑っていたそうだ。ただ確証はなかった。偶然にもカメラがあることに気付いて、でもそれが果たして録画しているのかそれとも置いてあるだけなのかの判断まではつかなかったという。佐倉のことを好いていた話を聞いて、あの時のカメラが行為中に起動していた可能性は高いのではないか、と。そう思って僕にかまをかけたのだ。僕はその誘導に感情的になっていたこともあってまんまとかかってしまった、というわけだった。


 あの時の盗撮の件について、安藤は全く怒ろうとはしなかった。むしろネタにして笑いを取りにくる始末だ。


 安藤はいつも冗談交じりに笑って言っていた。


「いつか絶対仕返ししてやるからな!」


 でも実際安藤が僕に何か仕返しをしてきたかというと全くしてはこなかった。


 これで良かったのか悪かったのかはわからないが、僕にも、もちろん安藤にも、この件を明かしたことでお互い秘密にしていることがなくなった。僕らは何でも話せる仲だった。僕は安藤に佐倉のことを話すし、安藤もその話を聞いてはたまに否定してくる。僕の佐倉へのイメージはそうやって安藤から聞く本当の佐倉の話によって、徐々に変わっていった。それでも僕はやっぱり佐倉のことが好きで。もうずっと会ってもいないというのに、佐倉のことを考えると胸が締め付けられた。あの時図書館で佐倉に言われた「なにそれ、だっさ」という言葉を思い出しては、僕がしたあの「もし、他の誰かが佐倉のことを好きだと言ったら……」という馬鹿な質問をした自分に嫌気がさす。本当にダサい。でもこれが僕だった。当時の僕だったし、今の僕でもある。きっと僕は今、佐倉に会ったところで中学の時みたいにダサい事しか言えない。所詮僕は残りカス。何一つとして自分を変えられない最底辺の人間でしかないのだから。

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