2、フィクション(2)

「わかりますけどね。去年のせんぱいの作品は正直人気だったみたいだし、プレッシャーになるのもしょうがないことです。まぁ正直、なんであんな変態的な作品があれだけ他の先輩方にウケたのか……私にはわからないけど」


 丸山はいつもこうして正直に自分の意見を発信する。好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。はっきりと言う。ただその好き嫌いはどうにも感情的で理論的ではない。だから彼女から何か否定的な意見をもらったとしても、改善のしようがないのがもったいないところだ。


「私はきっとハッピーエンドが好きなんですよ。主人公が死んで終わりっていうのは、物語としてわかりやすいですが……どうしても私は腑に落ちないんです。なんていうか、全部を諦めて投げ捨ててしまっているみたいで」


「まぁそれもそうかもしれないな」


「だからせんぱい。次はハッピーエンドでいきましょ」


 どれだけ変態的な作品と言われようと、どれだけ否定されようと、あの作品は一部ノンフィクション。一部は僕の経験に基づいて書かれたものだ。変えられないところだってある。事実と虚構を混在させて、それでいて整合性を保つというのは結構難しいものなのだ。


「でもせんぱいにはファンまでついてるんだから……おかしいのは私の感覚であってせんぱいは間違ってはないのかもしれないですけど」


「ファン? そんなのがいるのか?」


「え、せんぱい知らないんですか。この前部室の前に可愛い女の子がいて、先輩のことを探していたんですよ」


「いや、聞いてない」


「そういえば言ってなかったかもですね。でも今言いました」


 詳しく聞くとどうやら先週の話らしい。とある女が部室の前を去年の文芸部の本を持ったままうろうろしていたらしい。その女は本の一ページ目を開くと「この作者の方と会いたいんです」とだけ言って、いないことを確認するとそそくさと帰ってしまったらしい。正直僕の去年のあの作品が女ウケするとは思えなかった。それにたかが一大学の一文芸部の一作品にファンなんてつくはずがない。関わりたくない、そう思った。


 その日は丸山と夕方までファミレスで過ごし、家に帰った。丸山がよく喋るからか部屋がいつもより静かに感じる。ただ大学入学から一人暮らしを始めてはいるが、寂しくはなかった。部屋で一人なのは慣れていた。僕は机に向かい執筆活動を再開する。そしてPCの前で悪戦苦闘していると気付いたら朝を迎えていた。それなのに昨日からほとんど進んでいない。やっぱり僕には才能がない。ずっとそうだ。本当の僕には何もない。去年の作品が認められれば認められるほど、そのことを実感する。


 サークル活動日である金曜日、僕はついに作品の投票を行うことを宣言した。部員数は僕を含めて十三人。一人何票でも投票は可能だが、一作品において一人が何票も投票することは不可。また自分の作品に投票することも不可とした。作品数は全部で四十三作品。その中から上位数作品がページ数を考慮した上で選ばれる。代表である僕の作品が一つもないことに対して、誰かが何か意見することは全くなかった、が、多分みんな心の中では思っているに違いなかった。代表のくせに何もしないのか。この一年間何をやっていたんだ。授業中いつも執筆しているのに完成させられないなんてどれだけ才能がないのだ。去年のはただのマグレだったのか。と、そう。きっとみんなそう思っているのだ。


 でも仕方がない。そう思われたとしても事実そうなのだから。


 投票が終わって掲載作品もおおよそが決まり、本日の活動は終わりを迎えた。モヤモヤとした何かが心の中を漂って、肺を汚染していく。なんとなく呼吸がしづらい。本当に嫌だ。最悪だ。自己嫌悪に陥る。


 丸山は遠くの方で僕の顔を見て何かを察したのか、静かに部室を去って行った。僕はそれに気づいていたが、気づかないふりをして選ばれた作品を眺めていた。


 僕には才能がない。事実は小説より奇なりというが、全くその通りであった。僕の考える作品には現実を超えるものなど一つもありはしない。中学の頃の出来事を小説にして去年は支持を得た。でも本当はそれですら不完全だった。結局僕は現実でさえも虚構で固めて生きている。そういう人間なのだ。


 もはや部室に残っているのは僕だけだった。散らかった本の山を少しだけ片づけて、消灯する。扉の鍵を閉めたところで後ろから声をかけられた。


「あの……久しぶり」


 知らない声だった。今にも消えてしまいそうな声で、近くに誰かがいたらきっと彼女の声に気が付くことができなかっただろう。振り向くと長い黒髪の女の子がそこに立っていた。知らない女の子だった。いや、知らない女の子と見間違える程だった。


「私のこと……覚えてない……かな?」


 頭の中で言葉を紡ぎながら、何とか声を発しているみたいだ。どこかおどおどしているようにも見える。ただその顔も、よく聞けばその声も、僕は彼女のことをよく知っていた。


「いや……覚えてる。でもなんで」


「同じ大学だったんだね……変わっちゃってて気が付かなかったよ」


「ああ、僕もだ……知らなかった」


 僕の前に現れたのは、去年の小説にも登場していたサクラ……佐倉だった。校則を無視して髪を染めたり、学校をさぼったりしていた佐倉。小説では詳しく書いていなかったが、かつての彼女の素行は、不良以外に形容しがたいものであった。先生には盾をつくし、同学年の女子をいじめていた時期もあった。そんな彼女とは到底思えない程に代り映えした、全く別人の佐倉がそこに立っていた。


「いや……佐倉さんの方が変わったんじゃないか」


「……そう、かな?」


「いやごめん、別に悪くはないと思うよ。まぁ……中学の時からもう五年は経っているんだから……お互い変わりはするよ」


 僕はこの前丸山が言っていたことを思い出した。僕に会いたがっていた人物、それは佐倉だったのではないだろうか。佐倉の両手には去年の僕らの本があった。


「それ……」


「そう……これ。この本ね、友達にもらったの。ほら私、本読むの好きだったでしょ」


「あ、ああ……そうだったか」


「それでね……あの、この作品ね……これ、私のことを書いてるのかなって。名前も……放課後の出来事も、それに木曜日しか学校に来なかったっていうのも……あまりにも同じだったから」

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