2、フィクション(1)

 大学二年生の秋、九月。僕は部員数十三人の文芸サークルの代表になった。僕なんかが代表に選ばれた理由は明確で、まず一つは僕の同級生が僕ともう一人しかいなかったということ。そして二つ目はそのもう一人が代表はやりたくない、と申し出たからだった。サークルの活動内容は単純で、小説を創作すること。一年を通して優れているとされた数作の小説は、まとめて製本し秋の文化祭で売りに出す。毎年奇跡的にも我がサークルの本は百冊以上を売り上げていた。


 代表と言ってもやることは大してない。毎週金曜日に集まって、部員が今何を書いているのかを把握し、進捗具合なんかを聞くだけだ。あとは最近読んだ面白い小説の話をしたり、こういう設定の物語を書いてみたいんです、と言った駄話をしたりして、部員は各々帰宅する。居心地は良かった。みんな僕と同じで、青春から遠ざかって生活しているやつらばかりだったからだ。


 僕が去年このサークルに入って初めて書いた作品は、先輩たちに認められ、文化祭で売る本の一ページ目……つまりは最初を飾る作品となった。


 一人の冴えない中学生が自分の部屋をクラスメイトに貸し出したことから始まる、反青春ストーリーだった。物語の主人公は彼らが自分の部屋に残していった青春の残滓を見つけ、そして心の奥底で青春に憧れを抱く。憧れるだけで手に入れることができない主人公はその残滓を探し、集め、そして味わうようになる。そうして彼は青春の味を覚えていき、ついには彼らが自分の部屋でしている行為を盗撮し始める。そうしているうちに主人公はカメラに映る女の子に恋をしてしまうのだ。しかし彼氏がいる女の子への恋の結果は火を見るより明らかだった。


 主人公は撮影されたデータをずっと大事に持っていたのだが、高校三年生になった彼は偽物の青春しか知らない寂しい人間になってしまったことを後悔し泣き崩れる。高校生になったところで彼には何もなかった。何も起きなかったし、何も変えられなかった。彼は過去に撮ったあのデータを全て金に変えた。未成年の性行為を映したその映像は高値で取引され、彼はその金を均等に割り振ってかつての二人に還元する。「この額が君たちがしてきた青春の価値だ」。そうして彼は濁った青春を全て吐き出して、昔の自分の部屋に火を放ち、自殺するのだ。


 もちろん、この物語はフィクションだ。しかし全てが事実ではないというわけでもなかった。これは僕が過去に経験した事実を元にした作品で、一部本当にあった出来事が含まれている。本を買ってくれた人や部員のやつらには、どれが本当でそしてどれが嘘かを話す気はない。というよりこれが一部ノンフィクションであることさえも、話したことはなかった。話せるはずもなかった。


 大学の授業は僕にとって執筆活動の時間だった。ある程度出席し、そしてやればできる試験をクリアさえすればいいのだから、普段の授業なんて真面目に受けるだけ無意味だった。タブレット端末を開いて、文字を打ち込んでいく。主人公はとある女の子に恋をしており、告白をするが受験が近いことを理由にフラれてしまう。それなのに一か月後、その女の子は一つ上の先輩と付き合い始め……という、ありきたりな物語。大した展開も無ければ、オチもないに等しい。きっと今回の作品が今年の文化祭で製本されることはないだろう。それはわかっているのだが、僕は書き続ける。


 ふと気がつくと、授業が終わっていた。次の授業が始まろうとさえしていた。こんなことは日常茶飯事だった。


「せーんぱい」


 ふと背後から声をかけられて振り返ると、部員の一人である丸山が立っていた。猫のようなまん丸い瞳をした彼女は、自分が一つ年下であるということを忘れているのかどうにも馴れ馴れしく、正直に言うと苦手だった。その瞳でじろりと見つめられると、どうしてもたじろいでしまう。それを丸山に悟られないようにすることが、面倒でしょうがないのだ。


「せんぱい、また一人ですか?」


「丸山もだろうが」


「ええそうです、うちら文芸部のメンバーってコミュ障だから、みーんな授業一人で受けてるんです。ウケますよね」


「授業を受けるのなんて別に一人でもできる」


「せんぱいはお昼ご飯もひとりでしょ。今日は私が一緒に食べてあげますよ」


 丸山はそう言って頼んでもないのについてくる。立場上僕が彼女を奢らないといけないのだから、一人で食べた方がいいに決まっているというのに。きっと丸山はそれも見越しているのだ。


「あ、せんぱい。私、駅前にできたカフェに行きたいんですけど」


 ほらな。まったく意地汚いやつだ。


 しかし丸山の提案したカフェはその目新しさで入った学生で満席だった。結局僕らが入ったのは近くのファミリーレストランだった。丸山はオムライスとドリンクバーを、僕も同じものを頼んだ。


 丸山と話をするのは面倒だ。あの目で見られるとやはりたじろいでしまう。だから苦手だ。でも彼女と話しをすることが嫌いというわけではなかった。彼女が出す話題は僕の興味を惹くものばかりであったし、そんなに面白くない話でも丸山がすると笑いが起きたりした。楽しいと感じていたし、時間が経つのも早く感じた。本当不思議なやつだった。


「あ、そうだせんぱい」


 オムライスをぺろりと完食した丸山は、スプーンを僕の方に向けて話し始めた。


「今度の文化祭で出す本、誰のどの作品を載せるか決まりました?」


 文化祭までは残り二か月。遅くてもあと一か月で誰のどの作品を載せるかを決めておかないと間に合わない時期に差し掛かっていた。


「いや……まだだ。いくらかは決まっているけど全部は決まってない」


「早く投票しちゃった方がいいですよ。そもそもせんぱい、自分が今年一作も作品上げてないから、そういう指示もしづらいんでしょうけど」


「いや別にそういうわけじゃない。まぁただ……代表の僕が一作も書き終えていないというのは……確かにあまりよくないことではあるな」


 僕が今書いている作品を納得がいっていないまま書き続けているのはこういう理由だった。どれだけ駄作であろうと、完成すらもさせていないだなんて上に立つものとして示しがつかない。

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