第22話 “古の法”に依りて

その場所―――『奉魔殿』とは、“歴代”魔王の残留思念の溜まり場。

他の種属を屈服させ、ひざまずかせることに歓びよろこびを感じる者の、吹き溜まり。


“支配欲”―――“征服欲”―――等々……“正”ではない“負”の慾ばかりが蔓延まんえんした、怨念の巣窟。

そして今代のエリスは「43人目」……つまりは、残り42人分の、そうした負の情念渦巻く場所にその身を浸し……これから「真の魔王」と成り得るべくの、エリスのたった一人ぽっちの戦争が為されようとしていたのです。


これこそがまさしくの試練―――言わば、「自分の意志」と言うものを、どれだけ侵蝕されずにいられるか……。


何しろエリスは、自他ともに認める「最弱の存在」……ゆえに、彼女の同胞である『七人の魔女』もエリスが奉魔殿に入った途端、歴代魔王の負の情念に屈し汚染を余儀なくされるものと心配していたのです。


ところが―――……?


「(!)出てきたようです―――」


「(信じられない……42人分の怨念、総てを受け切れるとは……それに―――)」

「(エリス殿の目論み通り、『闇の衣』と42人の特殊能力……修得したようね。)」


「エリス殿……ご無事か―――?」


「ああ―――何とか納得してもらえたが、中々骨が折れたものだったよ……。

さすがに42人全員分を納得させるのは、難しいモノだね。」


エリスは、何も直接的な戦闘を得意とはしていない……。

言わば舌先三寸での交渉事にその本領は発揮されると言えました。

とは言え、その当初とは見違えるほどに強大となったエリス……これまでの「最弱の存在」から一転「最強の存在」へ―――

しかも、直接的な戦闘能力もさながらにして、これまでにも歴代魔王が成し得ることが出来なかった、交渉事での征覇―――


つまりは、ここにきて『最終難敵ラス・ボス』と成り得てしまったのです。

とは言え当初の公約通り、当面でのニンゲン達との戦争は、「停止」―――と、なったわけなのですが……


「ふむ―――「南東」の地に、開放された街を作りたいと?」


「うん―――そこを当面の“交渉の窓口”にしようと思う。

その街には、ニンゲンも魔族も隔たりがあってはならない……そうした上でのモデルケースになってくれればいいと思っている。

ただし―――」


エリスは、ニンゲン達との戦争を停止―――しただけではありませんでした。

もちろんそうした後での施策も、すでに視野に入れていたのです。


それが―――魔王城から「南東」に位置する場所に、開放された街を作る……と言うモノでした。

まだエリスが魔王に登極した段階では、魔族とニンゲンとの間では交流・流通の拠点となる場所がなかったため、その場所にそう言ったモノを作ると言うのは、この当時に於いては画期的な施策であるとも言えたのです。

それに彼の地は、各街への経路の結節点ハブともなっており、そうした意味での『地政点』とも言えたのです。


しかしエリスがこの地に目をつけていたのは、また別の視点があり―――……


「もし―――万が一の事を想定に置いて、ここを私の「直轄地」とする。」

「(……)その意図は―――?」


「今現在は静かな水面の様なものだ……それも、器に並々と張られた水の様な―――ね……。

そこでもし何かがあった場合に、この地点を我々魔族の『最終防衛地点』とする為だよ。」


真に賢い者は、『最悪』を想定して動く―――

ミリティア自身も、今現在というものが仮初めにも似た、“危うい平穏”だとは感じていました。

そして彼女自身の施策も、当然のことながら考えてはいたのです。

けれどエリスと違っていたのは、もしそうなった場合に於いての『最終防衛地点』が「南東」の街―――ではなく、この魔王城だったのです。


このミリティアをも凌ぐ読みの深さ……確かな計略性に、さすがのミリティアも舌を巻くばかりでした。


それに―――……



42人の魔王の怨念を、交渉により納得させた―――とは言っていたが……強ちあながち間違いではないようだな。

だが、“今”はそれで良い―――“今”は、その指向性を正しき方向性に向かわせてはいるが……


もし―――…………



ミリティアの、たった一つの不安要素―――

その“たった一つ”とは、まだこの時点では過ぎたる心配だと感じていたのですが。

将来・未来に於いて、そのたった一つの不安要素が頭を擡げもたげてきた時、想定してとでは、その“初動”対応にも差があるものと感じていたのです。


              ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


場面は一転し―――イセリアとセシルの2人は、しかるべくをたださなければならないとし、牢獄に繋がれている宰相の下へと赴いた……の、でしたが―――


「こっ―――これは……?!」


「なぜ……宰相が―――……」


有り得ない事実―――として、この牢獄に繋がれていたのは、ゼンウただ一人……。

それに、出入口には看守2人が見張っており、この牢獄に“出る”にも“入る”にも彼ら2人を通さなければならなかったのです。


なのに―――……


イセリアとセシルがゼンウの下へと訪れた時……首なしの状態で放置された、ゼンウの亡骸なきがらが……

しかも、看守2人に事の次第を質しただしても、『知らぬ』『存ぜぬ』の一点張り―――

そこをセシルは、首謀者に言い包めくるめられたものだと感じていたのですが……


「止めなさい、セシル殿……どうやらその者達は、嘘は吐いていないようだ。」


「イセリア殿?

(……)判りました、行ってよい―――それで……よいのですか?」


「ああ―――あの者達に対しては、後で適当な金品でも与えておけばよいだろう。

それにしても……奇妙なモノだよ―――」


「は? “奇妙”……とは―――?」


「この、宰相が繋がれていた場所に、わずかばかりの魔力の残滓ざんしがあるからだよ……。」


「魔族が?! しかし―――なぜ……」


「だからこそ、“奇妙”なのだ。

今までは宰相が己の私利私欲のために、魔族われらを利用してきた経緯すらあると言うのに―――な。」


イセリアからの助言により、どうにか難を逃れた看守達……この2人には、この後に“賠償”と称しての適当な金品が支払われた口封じが行われたようですが……。

それにしても魔族であるイセリアが“奇妙”だと感じたことには、ゼンウの暗殺時にこの場所に遺されていたわがかばかりの魔力の残滓ざんし……。

つまりは、自分達がこの場所に着くまでの間、何者かが「転移魔術」等を行使し、2人の看守の知れない処でこの牢獄への侵入を果たし、ゼンウを殺害に至った―――


それに……感じていたのは魔力の残滓ざんしだけではなく―――この一件は、「単独犯」ではない……そう、複数人の気配が感じられていたのです。


そう―――つまりはこの場にいたのは、「ゼンウを殺害した人物」に、「この場所に転移魔術を行使した人物」……この「2人」―――

しかも……は、どこかイセリア自身も知っていた―――?

そこまでは、イセリアが認識出来た処となったのでしたが、まだ他に手がかりとなるものはないものか―――と、現場をくまなく捜索していた処……


「(う……ん?これは―――? 何者かに宛てられた……“伝言メッセージ”?)

……っ、いけない―――消えてしまう……! 〖魔術転写〗―――」


「イセリア殿―――?」


「危うい処だったよ……もう少しで手がかりを失う処だった。

それにしても、私が気付くタイミングと、この術式が失せるタイミングと……良く考えられている。

もしかするとこの術者―――この私以上か、そうでないにはしてもかなりな熟練度を持っている……はてさて、世間とは広いものだよ―――」


“気付く”か―――“気付かない”か―――の、境目……そうした盲点・死角の場所に、ここに居たであろうとされる何者(達)かの意思の伝達を計るかのようなモノが為されていたのです。


それにしても―――『何者(達)かの意思の伝達を計るかのようなモノ』……


それを、後日になって紐解いた時―――……



       ≪我ら、虚空より来りきたりて―――≫

        ≪“古の法”に依りて、彼の者を断ずる≫

       ≪願わくば、この地に幸の多からんことを≫



この“伝言メッセージ”が、誰に向けてのモノかは判りませんでしたが。

不思議とイセリアは、“誰”がこの場所へと来ていたかは判った様な気さえしていました。



そう言えば……“そなた”は居なかったのだったな……王の訃報の、その時に―――

それを“そなた”は、知ってしまったのだな―――

そして……知った上で―――



そう……イセリアは、王を殺した罪人を“処断”した者を、どこか知っていた―――

ある時機、王の魂の内に潜み、幾度となく王の窮地を救ってくれた―――

そしてまた……いずことも知れずに消えてしまった―――“もう一人の王リリア”……


            * * * * * * * *


そして―――この……イセリアの予想と寸分違わず…………



イセリアとセシルが、この牢獄へと到着する、20分も前に―――……



          ――――――・・・・・・・・・・・・。



「(……)フン―――来おったか……」


突如として、罪人の前に立ちたるは―――蒼の衣を纏った「騎士」の身形みなりをした者でした。

そしてその「騎士」の傍らには、術師とみられる、紅白の衣を纏った……「巫女」の身形みなりをした者。


しかもその「騎士」の面影は、見れば見る程に―――


「フッ……憎らしいまでに、あの小娘そのまま―――だ、な……。」


「“リリア”―――この者は……?」


「以前話したことがある様に、こちらの世界での“私”を殺したヤツだ……。

それにしても、意外そうな顔をしないものだな―――この私を見てさして驚きもしないとは……」


「下らん御託はいい―――さっさと、やれ……」


罪人がそう発すると、王とその面影をよく似せた「騎士」は、立ち処に罪人のくびはねた―――

その、精妙なる抜刀の技こそは鞘の内にて飛燕すら斬り落とせる域だった―――


そしてやおらすると、蒼の騎士の供回りと思われた神威の巫女により、この時代における“者”への“伝言メッセージ”がてられた―――



その“伝言”にあった、“古の法”―――……

『目には目を、歯には歯を』…………



その“報い”は、必ず訪れる―――いくら謀議・策謀を巡らせたとはしても、逃げ避ける事などおおせられないのです。




                おわり



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“王”と“王” 天宮丹生都 @nirvana_2020

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