第21話 魔王登極

その日は……少し異常でした―――


それと言うのも、王が……王自身が信じる2人もの友人を伴わず、以前から“黒い噂”しか立たないこの国の宰相と、王のみとで会食をしている事に……だったのです。


そこには、何の思惑があったのか―――今となっては知り得るべくもない……


ただ一つ言えた事には―――王は……


「(……)私の―――“治政”か……。 そう言えば、私の父も常々言っていたことがある―――」

「ほう……前王が―――何か……?」



             王自身の運命を―――



「うむ、そなたの事を―――な……。」



            自らが知っていた…………



「『治政の能臣、乱世の奸雄』―――と、な。

だからこそお前を活かしたのだ……これからは“乱世”などではない―――治まり行くこの世を、お前の手腕で立て直して欲しい……」


宰相ゼンウは、この時ほど自分がこれまで為してきた―――そしてこれから為そうとしている事に、『酷く後悔をした』―――と、伝えられているのです。


そう……宰相ゼンウは、まだこの期に及んでも改心などは―――……


「(!!)い―――いけません王よ! その杯を煽ってあおっては……!!」



異常はありませんでした―――


何故なら、王は既に自らの運命を覚ってさとっており―――


そして宰相は、この後に及んで、…………


「ハハハハ―――何を申しておる! そなたがようやく改心してくれたのだ……だからこそ―――」



王は―――……


知っていた―――にも拘らず、それを制止させようとした首謀者のげんを聞き入れもせず……


「安心して……この杯を煽るあおることが出来る―――」



王はその毒杯を煽るあおると、立ち待ちの内に大量の血を吐き―――王の普段着であるワイン・レッドのドレス以上に、自らの身を―――宰相の邸宅の床を―――あけに染め上げた……


その毒性により苦しみ藻掻き、のたうち回る王―――


自分がしでかしてしまった事にさながらに悔い、青褪める宰相―――


この急変の報を知り、イセリアとセシルが現場へと駆けつけてきた時には、もう……


「王………王―――!!! お気を確かに……

ゼンウ……貴ッ様ぁあ~~~―――!!」


「待ちたまえ、セシル殿!」

「イセリア殿、何を待てと?!!」


「不思議なことがあるものだよ……全く―――」

「はあ? 何を言って―――」


謀臣、逆臣の謀略によってその生命の花を散らすなど、これほど無念な事はないだろう―――なのに、この時の王の死に顔は、とても安らかにして穏やかでさえあったのです。


あれだけ血を吐き―――あれだけ苦しみ藻掻き抜いた、果ての死は―――皆一様にしてそうであるように、苦痛に歪み……怨みがましい表情のまま死に絶えるのが常だった……。

それなのに、なぜ王はこうも晴れやかな―――口元には笑みを湛たたえたままでいられたのか……。


しかしながら、この現場にて横臥るよこたわる王の亡骸なきがらと、自身がしでかしてしまった罪の重さにようやく気付き、その場にへたり込んでしまったままの宰相……


状況としての証拠も確たるものがあり、王を謀殺したかどで、宰相を捕えた……―――の、でしたが、何を想い感じたのか、宮廷魔術師であるイセリアは、宰相ゼンウを牢獄に繋ぎ止めておくに留めておいたのです。



ではなぜ、イセリアはそうしたのか―――


謀殺されたと言うのに、あの晴れやかなまでの、王の死に顔―――


謀殺が成功したにも拘らず、己がしでかしてしまった事に、頭を抱えてしまう宰相―――


この両者の対比に、『これには何か裏があるのかもしれない』と感じたイセリアは、亡くなった王の部屋をくまなく探してみると―――やはり……


「これは―――……」


それは、この度亡くなった王の、遺された唯一の手がかり―――



『私は、近い内に死ぬであろう―――

それは恐らく、毒殺やもしれぬし、刺客に襲われて……なのかもしれない。

だからと言って、哀しまないで欲しい……私が近い内に死んでしまうのは、それが私が、天より宿めさだめられた命なのだろうから―――……。

それに、天命・宿命を変えられるすべを、私は知らないし……もちろん、宮廷魔術師であるイセリアでさえも、知らないだろう……。

だからこそ、私の死を、哀しんではならない……それに、私は次代の魔王となられる方と、ある“契り”を交わした―――

それを実現させる為にも、どうか……よろしく頼みたい―――』



一枚の紙に落とされた、これから死に逝く者の、遺されし言葉―――

そこには自分の命運を覚ったさとった者と、その自分が亡くなってしまった後の“それから”……


そして―――なにより一番驚かされたのが……


「(なんと?! あの宰相がそうだったとは―――……ならば総ての合点がいく―――これまでの御身に関わる不届きの数々を赦してこられた動機……。

思えば宰相も、この時代に於いての被害者であった―――こう言う事だな……)」


それこそが、『治政の能臣、乱世の奸雄』のくだり―――


この世が、ある程度治まった世ならば、能臣としての能力を如何なく発揮出来たものを―――

運悪く、この世は乱世―――そんな世では、己の欲しいがままに能力を振るってしまう奸雄となってしまう。

その事は惜しいとはしながらも、やはり罪あるべき処にはしかるべくをしてたださないといけないとし、イセリアはセシルを伴い、牢獄に繋がれているゼンウの下へと赴いたのでした―――が……


             ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


場面は一転し―――ここはとある建物……欧州中世の古城を思わせる佇いたたずまいの場所で、この程「認められし者」が見晴らしの良いバルコニーに登壇をし……階下に居並ぶ多くの魔族達に呼びかけたのです。


『我こそは、この度より魔王の座に登極せし者―――エリスである!! 聞け、我が多くの臣民よ―――我がげんに耳を傾け、従うがよい!!』


その「認められし者」こそ、この程選出され、新たに魔王の座へと就いたエリス―――その人でありました。


今回の魔王立候補者は、このエリスを含め、計5名―――しかし、他の4名の立候補者を、その弁舌巧みとされている術にて服させたり、エリスの周辺を固める者の武威によって服したり……と、さして目立った衝突もないままに、問題なく推し進められたものだったのです。


そして登極の日―――あるセンセーショナル過ぎる宣言に、新たなる魔王の座に就いた者を祝福すべくつどった者達は、皆一様にして己の耳目じもくを疑ったのです。


「お……おい―――今、魔王様は何とおっしゃられたのだ?」

「ニ……ニンゲンとの戦争を……?」

「あ―――ああ……聞き違いじゃなけりゃ、『即時停止させる』と……」


新たに立った魔王―――エリスは、その初志通りの公約を……ニンゲンはもとより、魔族同士での戦争を禁じたのです。

とは言え―――けれども、種の観念イデオロギーとも言うべき“闘争”も禁じたようなものであり、そこは少なからずの反発もあったのでしたが……。

新魔王の周辺を固める者達の前に、程度の反発では無理だと感じたのか、その場はどうにか収められたように見受けられたのです。


そしてその後―――……


「どうにか、済ませることが出来たね―――……」


「ええ―――程度の反発はこちらの想定内……

ですが―――……」


「王か―――……惜しい人を亡くしてしまったものだ……。

彼の者となら、私の夢の実現も近まった事だろうに。」


「しかし―――その“種”はすでに播かれております。

それにイセリアも、ニンゲン側に留まってこちらとの調整役として、奔走してくれますようで……。」


「そうか……彼の方には苦労を掛けることになるな―――では、私はこれから予定通り『奉魔殿』へとこもり、歴代魔王の能力を吸収する―――」



王の訃報は、未だニンゲン側に留まってくれているイセリアの手により、エリスの下まで届いていました。

エリスが魔王に登極するよりも以前、王と邂逅しその志とする処が同じであると知った―――

これでようやく……誰も得をしない、ただ壊し尽くすばかりの無駄で無意味な争いはなくなるだろう―――

そうしたエリスの想いは、早々に打ち砕かれてしまったモノと思われていましたが、ミリティアが立てた仮説に微かな希望を抱いたエリスは、これから“真の魔王”と成るべくの、試練を受ける手筈を取ったのです。




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