第2話 動機

街と街を繋ぐ「街道」―――それを外れる事三里余りの場所……その場所には何者かが住まう一軒の屋敷がありました。  その建物はひっそりとした森の中にたたずんでおり、何者かの隠棲いんせいの場所であることが知れるのです。


そんな屋敷の、入口の扉を叩く音―――

           ――どうぞ、開いているよ――

「失礼します―――」

「やあ、君か―――【北の魔女】……いや、今は『宮廷魔術師』と、呼べばいいのかな。」


この屋敷を訪ったおとなった者―――その屋敷の主のげんが正しければ、以前の話しで王に別離れわかれを告げた、宮廷魔術師……いや、それもまた彼の者を示す一つの存在の証明でしかありませんでした。

そう……彼の者こそは、王も別離れわかれの際に感じていた通りの、正真正銘の魔族―――。

それも、「東」「西」「南」「北」それぞれに『固有領域』を設けもうけているとされている、『魔女』の一人―――【北の魔女】だと言うのです。


だが、しかし―――……


「お戯れを―――私もあなたの戯れ言で付き合ったわけではありません。」

「フフフ……戯れ言―――ね……それもいいだろう。 それで、あなたの目を通して感じた事は?」


「彼女」―――北の魔女は、れっきとした魔族……それも、固有領域を持つほどの有力者……ではありました。

それゆえに他者を認めない―――交わらない―――また迎合しない……、だったのでしたが。


彼女と、この屋敷の主―――


緋色の長髪―――

名のある魔族の証しであるとも言える、立派な角―――

燃え盛る、焔の様な緋の瞳―――

誰もが羨むうらやむ、成熟成したその身体―――


この二者の会話から推察出来たことに、この北の魔女なる者が、ニンゲンの王国の宮廷内に潜り込み、宮廷魔術師としてこの程立った新たな王の事を見定めてもらうよう―――の、示唆があった……。

本来なら北の魔女も、この屋敷の主からの頼みを拒むことは出来ましたが、それすらも「何者か」の意図に示唆があったとしたならば……?


それよりも―――……


「全く―――ですが、ダメですね。」

「そうか―――……」


「ですが、去り際に置き土産はしておきました。」

「『置き土産』?」


「ええ―――私の見立てでは、かの王には秘められた能力……『潜在能力』と言っていいでしょうか。 それが備わっているのが見て取れました。 ただ……その引き出し方を知らない―――まあ、よくある事です。」

「そうか……では、“ゼロ”ではないのだね。」


「(……)イヤですよ―――」

「まだ何も言っていないではないか―――」


「私も、『南』からの頼みもあり、今回は引き受けましたが……それだけです、次はありませんよ。」

「そうは言わずに~~~では―――“こう”ではどうだろう?」


「これは―――!私が探していた「魔導書グリモワール」が、どうしてこんなところに??」

「私の事を……皆なんと言っているか、知らなかったかい?」


「(く……)【学士】―――……」


そう、やはり“例の”示唆こそは、学士と呼ばれた者からのモノでした。

魔族の中でも飛び抜けて有していた『知能』、それだけならまだしも、未だ見ぬモノを「知りたい」とする探究心……。 事実その屋敷には、学士なる者が方々から集めた書物で一杯でした。

それにしても、北の魔女も感心していた事と言えば、こうした記録の媒体は今となっては僅かしかない……かつては、物事の探究を極める為に―――と、作成された書物で世間よのなか溢れあふれかえっていたと言うのに……。

それがいつしか―――あれは、現在より5代も前の者により、廃れすたれ始めてしまった……。

そして、その代から今代こんだいまで、他者を侵略するしか能のなくなってしまった哀れなる者達……。


かつての知識ある者は、今代に希望を失い各地へと散らばって行った……

それが「北」であったり、「南」であったり―――そして、この屋敷の主『学士』であったり……その学士の提唱する説に基づき、心を動かされたのが【南の魔女】でした。


この南の魔女と交流があった北の魔女が、学士が提唱する説に基づく人物が、ニンゲンのなかから輩出して来る……その真偽を確かめる為に己を偽り、王の近辺に―――と、言う事なのでしたが……

それにしても、手強い事この上ない―――自分達は魔族……その誇りもあり、他とは迎合しない―――はずだったのに……学士が交渉材料として取り沙汰して来るモノの価値を知っていただけに、またしても「お願い」を聞かないわけにもいかなくなってしまったのです。


そして不承不承ふしょうぶしょう、王の前に現れた者は―――


「宮廷魔術師―――戻ってきてくれたのか!」

「えっ……ええ―――」


あんなにも“きっぱり”と別離れわかれを告げたモノなのに―――“バツ”が悪いというものではない……どのつら下げて王の前に出れば―――と、思ったものでしたが……


なぜ……この者は、私の方から別離れわかれを切り出したものなのに、こんな嬉しさ余った表情になれるのか……

判らない―――……

……フフ―――“判らない”か……私もまだまだだな。

判らなければ、知ろうとすればいい―――それが、我ら魔族の本分なのだから。


はや、数千年来を生き、これまでにも幾つもの知識を詰め込み、ってきた者が……「今」にして思う事。

たった一人の―――孤独な王の、その笑顔。

その理由を「知りたい」―――との慾が生じたがゆえに、次に口から吐いて出た言葉が……


「私は、あなたの事がもっと知りたい。 王である以前の、一人のニンゲンの娘としてのあなたが。」

「そうか……けれど、私は叩いた処で塵芥ほこりくらいしか出るものがない。 それだけの、薄っぺらい存在なんだ……。」


「なぜあなた様がそんなにまで悲観的なのか……まずはそこからですね。 どうもあなた様は、ご自分でご自分の事を過小評価し過ぎている嫌いがあります。」

「私が―――か? だが私は、何の取り柄など……。」


「まずは“そこ”からです。 そうした偏見的、否定的なモノの考え方を変えるところから始めましょう。」


あまり言葉を交わさない……だからこそ、交わせられたからこそ判ってきたことがある―――。


この者は……王は王でも、自分の“孤独”というものを知っている―――

知り過ぎているくらいに叩きのめされ、絶望の淵に立たされている―――

けれど、“それ”まで……立たされてはいる―――だけで、絶望の淵へと落ちてはいない。

ならば一歩ずつでも前へと歩を進め、落ちないようにするべきだ。


北の魔女は……かつて魔族でその人有り―――と謳われた才媛さいえんは、知識ある者は、孤独なる王を奮い立たせる為の手を講じ始めました。


なによりしなくてはならないことに、自信を喪失させてしまった者に兎にも角にも自信をつけさせること……その為にもと、またしても訪れた学士の屋敷で……


「失礼します―――少し知恵を拝借に来ました。」

「その様子では、活路は見い出せたようだね。」


「ええ―――まあ……それにしても、どうしてなのです?」

「うん―――?」


「どうして彼の者に、そんなにまで目をかけるのか……」



すると―――学士の口からは、信じられない言葉が……



「恐らく―――今代は彼の者によって討ち取られる……」

「―――なんですと?!」


「私も、信じられなかったよ―――南の魔女の『予言』を聞くまでは……。」

「(!!)―――っ……あ、それでは、私に示唆したと言うのも……」


「うん―――とは言っても、裏付けまでは取れていない……。 「もしかしたら」そうなってしまうかもしれないし、そうならないのかもしれない……ただ―――事象の変換点が起こってしまった事後だと、遅きに失する可能性もあるからね。」


衝撃の告白―――として、学士は今代の魔王の未来に於いての“死”を知っていたのです。

それも、あの自信のない―――孤独な王によって、討ち取られることを……

それはそれで、ショッキングな事ではありましたが、まだ更には―――


「だから私は―――次代の候補に名乗りを上げることにしたんだ。」


北の魔女にしてみれば、ニンゲンの王がどうなろうが―――今代の魔王がどうなろうが―――知った事ではありませんでした。

……が、まさかこんな人知れないような場所で隠棲いんせいをしている様な者が、魔族の王―――その候補に名乗りを上げようなどとは思ってもみなかったのです。


でもしかし……その考えが根底にあるとするならば、学士が成し得ようとしている事とは……?


「ですが―――しかし……いや、それはさすがに無謀なのでは?」

「さすがに、皆そう思ってしまうだろうね―――けれど、だからこそ“成る”価値がある。 それに、ここが「転機」だと私は捉えているんだ。」


「転……機―――」

「そう、ここで何も変わらなければ、それこそ世界は閉ざされたままとなる。 そうならない為にも、誰かが為さなければならない事なんだ。」


「何のために……―――? それに為すとしても、学士殿では……」


「我々は、これまで無駄な「争い」ばかりをしてきた。

それは最早、無益と言っても差し支えないだろう。

だから今こそ、健全な「争い」に戻す必要がある―――そう感じたんだ。

それに北の魔女……あなたは『何のために』と言われたが、ならば私は敢えてこう言わせて頂こう―――」


           ――『総ての可能性の為に』――


「(……)それがあなた様の―――?」

「うん、「可能性」ならまだある―――消えてはいない……。

ならば、その可能性を見い出し、その為に奮励努力、邁進することに私は労を厭わいとわない。

これが私の―――次期魔王と成る者の動機だ。」


よく見れば、その容姿おすがたは貴婦人のようであり、どう見た処で武勇があるとは思えませんでした。

それにもしかしたら、この自分でさえも楽に勝ててしまいそうな印象さえする「最弱のひと」―――

それが次期魔王に成るとの、宣言をされた時の何と意思の強固なことか―――


北の魔女は、さながらにして思う……


この方は、誰よりも弱い―――が、誰よりも強い……


やもすれば、自分達が愛想を尽かせてしまった魔族の、「可能性」すら導きだせそうだ……と、思ったのです。


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