第3話 近衛長

ある日の午後―――王は錬武の最中でした。


『自分には取り柄がない』とは言っていたものの、よくまあ続けられるものだ。

それに、“筋”も悪くない……。


朝早くから起き、自前の長剣を振るう―――それも、飽きることなく何回も……。

王自身は、以前にも『自分には何の取り柄もない』とは言っていましたが、その直向きひたむきな姿勢―――北の魔女たる宮廷魔術師が遠目から眺めていても判る、その確かな“剣筋”……なのに、自身には自信がないと言う……。


ひょっとすると、相手がいない―――から?

“私”だけがいて、“あなた”がいないから、自身の力量が計れない……と?

“争った”ことがないから、自分には自信が持てない―――と?


『これは……』と、宮廷魔術師は思う処となりました。

それにこの論理は、彼の学士が提唱していたものと似通ってもいたのです。


学士は、常々『健全な争いを』と言っていたが……まさかこの事なのか?


学士が提唱していた論説―――それが『争いの本質』でした。


『“私”と言う“個”がいて、“あなた”と言う“個”がいる。

この“個”と“個”が遭遇し、出会う事により、“個”と“個”の固有領域が接触……衝突を起こし、そこに僅かながらの変化が認められる。

この“衝突”は全体からしてみれば、ほんの小さなモノではあるが、“私”と“あなた”がいればいるほどに、その“小さなモノ”はやがて“大きなモノ”へと発展し、そこには我々も未だいまだ見ぬ、知らぬモノへと達することになるだろう。』


最初にこの学士の論説に当たった時には、学士が言わんとしている事など判りませんでした。

魔族の中でも、屈指の才媛さいえんと謳われた北の魔女をしても……


だが―――今となっては、どことなく言わんとしている事が判ってきた……

恐らくは南の魔女も、この論説に触れ何かを得たのだろう……

彼の者も常々言っていたことがある―――


『我々には未だ知れぬ“深淵”がある。

その“深淵”に触れる為、ワレはしばらく領域を空ける事にする。』


“風の噂”によれば、南の魔女は今代の側近になったのだとか―――?


なぜなのだ……? そなた程の者が行き着いた先―――“深淵”がだったのか……?

判らないな―――どうやら知らなければならないことが、また増えてしまったようだ……


東西南北の、それぞれの魔女のなかで、今の処出自・目的などが知れているのは“北”と“南”だけでした。

その北と南も、今は対抗勢力の枠組みとして組入り、互いが争わなければならない立場になろうとしていたのです。


        * * * * * * * * * * *


それはそれとして―――いつもの朝練の仕上げに……と、王は―――


「お相手願います―――」

「うむ、では手加減無用でお願いします―――」


ここ最近、宮廷魔術師の勧めもあり採用した『近衛兵』―――その“長”。

元はこの国の騎士の一人であり、王が一人でされている練武の程度と、元・騎士であり現・近衛長の練兵の程度を鑑みかんがみ、また王の近辺の護衛も兼ねた者達を選抜したのです。


それに―――……


やはりいい筋をしている。

彼の近衛長は私が見立てた上でもかなりな腕の持ち主……それを、対等に亘りわたり合えているとは。


『取り柄がない』とは言葉のあやか―――王国騎士の中でも五指に入るほどの武の上達者と互角に亘りわたり合えている……。

互いの身体を傷つけ合わないよう、真剣ではなく木で出来た模造剣ではあるものの、互いを譲らぬ剣閃に剣撃―――


しかし…………?


「あうっ―――!」


うん……?

なんだ?今のは―――

なぜそこで……?


やはり武に優るまさる近衛長だからか、打ち負けて地に尻もちをついたのは王の方でした。

けれどは、一般の―――普通の者から見た映像モノ……

王と互角に亘り合った当事者と、彼女達の様子を眺めていた者の目には……


この方……なぜ自ら身を引いた?

あと一歩―――あと一歩踏み込めば、立場は逆だったはず……なのに?


王からは『手加減無用』と言い置かれたものの、その実手加減をされていたのは自分だった……

近衛長は、この国の貴族の出―――ではあるものの、今では凋落ちょうらく……没落し、以前のようには虚勢を張る事さえできない―――だからこそ自信のある武に磨きをかけ、王国の中でも五指に入るまでに成れたと言うのに……。

そこを王の側近である宮廷魔術師の目に留まり、近衛長の家の事情と言うものも鑑みかんがみてもらった上で推挙してもらった『近衛兵』の“長”の身分……。

それと共に、それまでにもなかった好待遇を約束された事に、すぐ二つ返事で返した……


―――のに……


「いや―――強いな【近衛長】殿は、さすがだ……。」

「(……)お止め下さい―――ご自分を偽るのは……」


そう言うと、王から差し伸べられた手も取らず―――してや地べたに座り込んだ方の身を起こしもせず、近衛長はまるで吐き棄てるかのように練武場を後にしたのです。


その現場を見ていた宮廷魔術師は思う処となり、近衛長の後を追うと……


「近衛長殿―――」

「(……)私がこれから仕えるのが、ですか……」


「(!)口を慎まられよ―――そなたは今、誰に対しそんな口の利き方をしたのか……」

「ならばなぜ! ご自分を偽ってまで、この私に仮初めの勝ちを与えたのです!! そんなモノは……この私の武を、この私自身をお認めになっていないからではないのか!!」


『怒るのは当然だ―――』

宮廷魔術師はそう思いました。

事実、王自身の言葉で『手加減無用』を言い渡しておきながら、現実として手加減をされていたのは近衛長だったのですから。


武に生きる者として、手加減をされてまで勝ちを拾う―――と言うのは、最大の恥辱であり、また屈辱……

王もその事を知らないわけではないのだろうに……

けれど、否定しようとも否定できない事実―――宮廷魔術師は近衛長から問い詰められるも、憤怒ふんぬに燃える相手を納得させるだけの返答こたえが用意できていませんでした。


だからこそ、訪れてしまう……最悪の事態―――


「これから私が仕えるべきがなのならば、私はもう必要とされていない。 好待遇ではありますが、この職を辞めさせて頂きます。」

「待ちなさい―――」


「何を待てと? まあ確かに未練は残りますが、に忠義を尽くしたとしても甲斐性と言うものが見当たりません。」

「だから……待てと言っている―――ここは私が言い聞かせるから、もう少し猶予と言うものを……」


少し顰めしかめっ面をしている―――悩んでいるのだろう……

まあ、私が同じ立場でも、そうしていただろうが……

いやはや―――さても、難題を突き付けられたものだ。

思えば私達魔族は、程度の衝突は起こすものの、今回のこうした事案での前例はなかった―――

なんとも興味深いおもしろいものだな……ニンゲンというものは―――

……まさか―――とは思いたいが、学士が“成りたい”とした経緯……

はは……まさか―――な……。


宮廷魔術師からの説得に折れ、どうにか辞める事を思いとどまった近衛長でしたが。

想えば宮廷魔術師は、容姿・身分共に偽ってはいるものの、その本質は魔族なのです。

そんな存在が、対立をしている種属を宥めるなだめる―――こんなにも滑稽にして噴飯ふんぱんな事が起こり得るものだと感心する一方で、次第に分かり始めてきた『魔族』と『ニンゲン』との“差”―――。

こんなにも感情に左右され、衝突を起こしたりもする矮小な者達……しかしその事を、対立しているとはいえ、何一つ判っていなかった魔族自分達……。


そして、“まさか”―――と思う……

学士が、魔族の頂点へと就きつき、何を為そうとしているのかを…………。


       * * * * * * * * * * *


それはそれとして―――自分の部屋で頭を抱え、しきりに悔いる王……


怒らせてしまった……当然の事だ―――

私は……私に嘘を吐いてしまった……

相手である近衛長には嘘を吐くことを禁じたのに、その事を言い出した当の本人である私がこんなザマでは……

けれど……私が近衛長に勝ってしまって、彼女の自信を奪ってしまったら―――


するとその時……


{あ~~やっぱそれでか~~―――}


「(えっ……?)な、なに……? 今の声―――」


{おっ? やっと聞こえるようになったか―――}


「えっ……やだ、嘘―――気持ち悪い……お、お前は誰だ!」


{『気持ち悪い』って、それはあんまりじゃない? それに、『お前は誰だ』……って言われてもね。 私は、“私”――だよ。}


「(ひぃ……っ!)だっ……誰かある―――! 賊だ……賊が…………!!」


{ま、現実を受け止められないと、こうなっちゃうよね~w ―――と言うか、あんた今、自分以外の“誰”がいるのか、そこんところ判ってる?}


「えっ―――?  ……いや、誰も―――……。 なに?なんだお前は―――……」


{だから、私は“私”―――言葉を換えたら、“あんた”自身なんだよ。 その証拠に、私の名は―――……}


不意に、自分の頭の中で何者かの声がした―――……

ここは、王自身の部屋―――自分しかいないはずのこの部屋に、自分以外の何者かと思える声が聴こえた所為せいもあり、怯えてしまう王―――

しかも、この不測の声は、王自身だとも言う……


そして知る―――驚愕の事実を……


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