“王”と“王”

天宮丹生都

第1話 ひとりぽっちの王

その世界は、いつも戦乱に明け暮れていました。


この「世界」には色々な種属が介在しており、中でも大別すると『ニンゲン』と言う種属と―――『ニンゲン』以外の種属……いわゆる『魔族』が存在していました。


その内訳を見ると、ニンゲンと言う種属はニンゲンのみで構成されており、「魔力」というものがないものの、そこそこ戦える身体能力に―――なにより、魔族のよりも数が多い……それに加え、徒党を組んで戦うなど考え方も柔軟性のある種属でした。


それに対して魔族は、ニンゲンにはない魔力を保有し高い身体能力……しかしながら一種属で構成しているニンゲンとは違い多種多様……多岐にわたる「しゅ」としての多さ―――「吸血鬼族」や「竜族」、「淫魔族」や「悪魔族」等々……。

ですが、その個性が強すぎるあまりに他の種と交わり迎合する事などなかった……時にニンゲン―――時に同じ魔族の「違う種」同士で争い合う始末だったのです。


その事に憂慮する者もいました。

いました―――が……残念なことには、その者が説く事に耳を傾ける者は、誰もいませんでした。

高い知能を持ち交渉事を得意としていたその者でしたが、自分が説法を行う時機が尚早はや過ぎた事を覚るさとると、その「時機」が来たるべくを見据え、「野」へと潜み自分の固有領域に籠る事としたのです。


一方のニンゲン側でも哀しき事態がありました。

それと言うのも、一つの「種」で構成されるのだからニンゲン同士での争いは、ない―――と、思われたのですが……。

確かに魔族との戦争ではニンゲン同士が力を併せて、これに当たっていたものでしたが、それ以外……特に貧富の差が生じてくると、それは顕在化し始めたのです。


戦争は―――己を賭けて闘う「争い」……でしたが。

戦争ではない戦争―――それは最も悪質にて陰湿なモノ……いわゆる『政争』とか『権力闘争』と呼ばれる“それ”は、直接的な戦闘行為は起こさないものの、人の見えない処で起こされていたモノだったのです。

{*ここ最近では魔族にもその風習が蔓延りはびこりはかりごとを好ましくないとしている種属の間では、反発も起っているのだとか。}


       * * * * * * * * * * * *


そうした中で―――ここに一人の『王』が誕生しました。

前王の逝去せいきょ伴いともない、新たなるニンゲンの王位にいた者は、まだ年若く―――しかも麗しき容姿の……前王の一人娘『姫君』でした。

{*余談ではあるが、この姫君が王位を継いだ年齢は……12歳}


ただ……この事は、この姫君にとっては、あまり好ましくない事だったのです。


「それではこれより、会議を行う―――皆、忌憚きたんなく思いの丈を述べてみよ。」


『王』……とは言えど、いまだ政治の経験が浅く何も知らないに等しい―――そんな者が、果たして『王』に成り得たのでしょうか。

普通の……常識に照らし合わせてみれば首をかしげたくもなる事でしたが、そうした者こそは、まさしく“一部”の―――これまで政治の中枢にまで食い込み、ニンゲンの国の「富」を「財」を思いのままにしてきた奸臣・佞臣達にしてみれば格好の“傀儡えじき”と言えたものでした。


今も―――自分に仕える家臣達の意見を聞き出すも、そのほとんどがそうした奸臣・佞臣達の利権ばかり……


私は―――この国の……この者達の王なのではないのか……?


王は―――その座位くらいに就いてまだ一月ひとつきも経たない内に、自分の無力さを思い知りました。

そして、父である前王逝去の原因も、どことなく判ってきた……


父上も、この私によく話してくれていた……

奸臣・佞臣彼らの欲望は限りがなく、日を増すごとに横暴になって来る―――

そこを父上は譲歩させるなどして、奸臣・佞臣彼らの欲求を削ってきたと言うが……

こう言う事なのか……? 父上は―――全面的に拒んでしまったが為に……!


しかし―――今の自分には、そうした力はない……


力がないからこそ、強く言えない……


自分には、この胸の内を明かせる、信頼できる者は、一人としていない―――……


ならば私とは何なのだ―――?

ひとりぽっちなのか―――?

父上には私と言う存在がいたから、少なくとも孤独ではなかった……

だが、今の私は―――??

いやだ……いやだ!

死にたくない―――ひとりぽっちで死ぬのは……


王は―――王国の、事実上のトップ……でしたが、孤独でした。

孤独故に、常に恐怖に駆られ、不安ばかりが付き纏うばかりでした。

それゆえに、奸臣・佞臣彼らからの要求を強く拒むことが出来ず、まさしくの“傀儡”と成り果ててしまっていた処でした。


それに、国の頂点がこの有り様なのですから、当然のことながら、その国に住む民達に課される税は重くなり、徐々になにもしない王に、失望―――怨嗟えんさの声が湧く処となってしまったのです。


        * * * * * * * * * * *


そんな様子は、城の王の部屋からも見て取ることが出来ました。


「皆―――さぞかし私の事を、恨んでいるのであろうな……」


王は、そう“ぽつり”と漏らすと、そんな王の発言を否定する声がありました。


「いえ―――そうではありません、王よ。」


その者は、黒きローブを目深まぶかに被り、口元を大きな黒い布で覆った―――このほど『王の側近に―――』と、自らが志願してきた『宮廷魔術師』でした。


「済まないな、折角召し抱えたと言うのに……こんな私に、さぞかし失望しただろう。」

「王よ、差し出がましいようですが、お口添えを……。  何もしていない―――まだ「何もしていない」あなた様が、なぜそのようなお暗い事を言い置かれます。」


「何もしていない……って、何も出来ないじゃないか。 現に私は、大臣たちの要望に抗えあらがえる事さえ出来ていない。」

「なればこそ―――です、なればこそ、「何もしていない」のです。 それに、哀しいかな……あなた様には隠された……いえ、秘められた能力おちからがおありだと言うのに。」


「……えっ? 私―――に……秘められた?」

「そうです―――この私も、あなた様に召し抱えられ5年の歳月を経て、ようやくその“兆しきざし”が見えてきました。」


「5年……もうそんなになるのか―――」


思えば―――不思議な出会いでした。

王が座位くらいを継いですぐの頃合に、未ず知らずみずしらずの魔術師風情が王に目通りを懇願している旨を聞き、取り敢えず追い返す理由もないので会ってみることにしたのですが……不思議と会ってみると“会話”は弾み、これからは自身の悩みを打ち明けられる存在だと思って召し抱える事にしたのです。


そんな、宮廷魔術師からの言葉……

自分には、自分でさえ知らない、“秘められし能力”があるのだとか―――

けれど、そんなことは俄かにわかには信じられなかった。


何より王は、宮廷魔術師の事を、何一つ知っていない……

つまり、信用は―――していなかったのです。

確かに、自分の悩みを打ち明けられる、唯一の存在ではあったようなのですが……


すると―――


「そう……ですか―――非常に残念です…………」

「あっ―――ちょっと待っ……」


自分のげんが聞き入れられないと思ったからか、宮廷魔術師は王に背を向けると……宮廷魔術師の身の周りに、黒い霧のようなものが発生し、その霧が晴れると―――宮廷魔術師の姿は、見えなくなって……消えていました。


その事に、違和を感じ始めた王は―――


そんっ―――な……?

今のは―――まさか……魔力?

魔力の発生で……あの者は―――??


一つの加筆事項として、ニンゲンなる種属には、「魔力はない」―――と、言う事でしたが。

それは、この世界での「黎明期」の話し……今では人知れず、異種属間同士の交配―――禁じられた……禁忌の行いの所為せいもあり、ここ最近のニンゲンにも僅かばかりに魔力が宿される事例が確認されたのです。


それでも―――今の、宮廷魔術師……者が行使したような、高度な魔術操作を行える者は、見なかった……


――と、言う事は、つまり……?


その者が、何者かの差し金によって近づいてきた事を、王は知るのです。



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