第33話 あなたが選ぶのなら

「……また、ここに来ているんだね」


ルークは今日も、エストリア城内の中庭を散策していた。

長椅子に腰掛けていると、王室付き魔道士のフーシ・バラガンがルークに声をかけて来る。


「…ああ、バラガンさん。おはようございます」


バラガンもこの中庭のことが気に入っているようで、暇を見つけてはここによくやって来ていた。


「…天気の良い日だ。まさにパレードにはうってつけの…」


バラガンの言葉に、ルークは今日が″守護者″様の生誕20年であることを、思い出す。


「…そういえば、今日ですよね。守護者様の式典…」


ルークは、エストリア城から離れられないために、式典前のパレードを観ることは出来ない。…それを少々残念に思いつつも、中庭で過ごす至福のひとときに勝るものはないと思い、特に気にはしない。


「…ソフィアはじめ多くの魔道士達が

このパレードの仕事に駆り出されている。なので今は、私が君のお目付役だよ、ルーク君。」


軽く笑いながら、バラガンはルークに告げる。


「…バラガンさん。僕はしばらくこの城から出ることは出来ませんが… みんなは無事なんでしょうか?」


ルークは、ここしばらく会っていないマーカスやメアリー、なによりビアンカ・ラスカーの安否が気になっていた。


「…心配することはない。君の同伴者…ビアンカ・ラスカーは病院で治療を受けて、今は回復し復帰している。…マーカス・ジョンストンとメアリー・ヒルも、まだ市街のほうにいるよ。…今頃は、パレードでも観ているかもしれないな。」


バラガンの言葉に、ルークはほっと胸を撫で下ろす。なにより、ラスカーの意識が回復したという事実が、嬉しかった。


「…ルーク君。君もパレードを観に行きたいからといって、勝手に城を抜け出したりしてはいけないよ?」


「心配は無用ですよ、バラガンさん。わざわざパレードを観るためだけに、勝手に城を抜け出したりはしません。」


「…はは、なかなか信用は出来ないな。君は何をしでかすか、わからないから」

冗談めいた口調で、バラガンは笑う。…冗談ではないかもしれないが。


「…バラガンさん。もし僕が城を抜け出すようなことがあれば、それは…大切な人に危機が迫った時です。」


「…やっぱり抜け出すじゃないか…

…それでは困るなぁ。

今は″何があっても″城から離れないように、という王女からの指示なのだから。

君は司法院から目をつけられている身なんだよ?」


バラガンを安心させようとしたルークの言葉は、逆効果だったようだ。


(…………)


ルークは、先日のシャーロット王女の様子が、まだ鮮明に頭の中に刻まれていた。



(……なぜ彼女は、泣いていたんだろう…)












「……今、揺れました…?」


メアリー・ヒルが、僅かながらの″地響き″を感じ取った。


「た、たしかに…揺れたかもしれんな…まわりの人間は気付いていないのか…」


マーカスが周囲を見渡すが、人々はこれから始まるパレードに心躍らせ、興奮し、″些細″な事象にはまるで、目もくれない…というか、気付いてはいないようだった。…少しの時間起こった″地面の揺れ″に。


「…最近、突発的な″地震″が多いですね。病院にいた時も、散発的な″揺れ″が起きていました…」


ビアンカ・ラスカーは、聖エストリア病院で起きた地震のことを、思い出す。あの時は天井が一部崩壊して、落下物の破片が″聖女イリヤ″の像に落下したのだ。


(なんだか不安ね…)


ラスカーは、抑えきれない胸騒ぎを覚える。

…無論、不安なのはラスカーだけでなく、マーカスも、メアリーもそうだろう。



(青の教団は、嘘をついている!!)


メアリーは、さきほど「青の教団」の教えを非難する″分離主義者″の老人の言葉が、ずっと頭に残っていた。


…教団が、嘘をついている?


シスター・マーラを…青の教団を信じているメアリー・ヒルにとっては…

危険思想を持った酔狂な老人の″戯言″…と思いたかった。でも……


何も、わからない。何が真実なのかも。

教団が、″守護者″を神と同等の存在…神の化身として崇めているのも、教団の教義だ。


なぜ分離主義者達は、それを否定しているのだろう?



…聖女イリヤって、誰なんだろう?



〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪


そして突然に。彼女らの暗雲の思考を取り払うかのように、盛大なラッパの音楽が響きわたった。



それは、パレード開始の合図だった。














「…では頼んだぞ、ギャザ。」


「…おまかせを」


魔法院長官のゲーデリッツ。彼は、パレードにおける魔道士の役務統括をしていた。

パレードには、大勢の魔道士も参加するためだ。


「…″召喚″させるのは、久しぶりかね?」


長官に″ギャザ″と呼ばれた男…彫りの深く、皺の刻まれたその顔は、硬く威圧的だが、どこか激越とも言える印象を与える。不整列に逆立った頭髪には、この者に並々ならぬ印象を、否が応にも与えていた。


「…はい。長官。

……″ドラゴン″を召喚するのは、極めて労力を要します故…」


彼の名は、ギャザ・オーケントール。

王室ではなく「魔法院」直属の、魔道士である。

…彼は、エストリア王国内で最も優れた召喚術を誇り…″大召喚術師″と呼ばれている。


「…ふむ。″ドラゴン″は、この世に存在する使い魔の中では、最強の存在…

ギャザ。いかに多くの魔道士が召喚術で使い魔を召喚出来るとは言え…″ドラゴン″を召喚出来るのは、お前だけだ。」


多くの魔道士は、″召喚術″という魔法で、各々の″使い魔″達を召喚させることが出来る。

″使い魔″の中でも、最強かつ最凶と言われる存在……それは″ドラゴン″だ。

大地を焼き付くし、空気を揺るがす紅蓮の咆哮…


「魔法抑止法」で、使い魔の戦争利用は禁じられているが、およそ″戦えば″、ドラゴンに打ち勝てる者は存在しないと言われている。…それほどまでに、無敵かつ不死身と言われる、破壊の化身。

それは、唯一無二の存在。


この″ドラゴン″を召喚できるのは、エストリア王国で…いや、世界でもギャザ・オーケントールだけである。

故に彼は、″大召喚術師″という特別な呼称で呼ばれているのだ。


「…パレードに″ドラゴン″を召喚させるとは、随分と贅沢な使い方だな。苦労をかけるぞ、ギャザ。…これは″大神院″からの命令なのでな。

″この特別なパレードの初陣を飾るのは、ドラゴンこそが相応しい″、とのことだ。」


「…かまいやしませんよ。どうせこういう場でもなければ、″あいつ″を使う機会もないのですから…」


ギャザの言葉に、ゲーデリッツは笑みを浮かべる。


「…では、召喚させます」


ギャザはそう言うと、右手の掌を上に向ける。すると掌から、紅蓮の″紋様″が浮かびあがり、やがて紋様からは無数の紅い″閃光″が、宙へと飛び立った。

閃光は、″紅い流星″の如く流麗な軌道を描き、空目掛けて直進する。


紅い閃光は、空高く上がったところで、″紅蓮″の渦を作り出した。渦は次第に大きくなって、やがて″炎″を帯びてきだす。



「…あれは、何だ…?」


パレードを心待ちにしている群衆は、突如空に描き出された″紅蓮の渦″に、驚嘆する。



「…紅い竜巻き…?いや、違う!」


人々が目を凝らして注視する中、紅い渦はその大きさを次第に拡大させていく。


———刹那。



空から大地に響くような、怒号が聞こえた。


自然現象、ではなく″生き物″のような声。

しかしそれは、獣の叫び声、というほど明瞭なものではない。



それはまるで、慟哭(どうこく)———



まるでこの世ではないどこか——さながら地獄から聞こえる叫び声のような…

その声は鈍く、重く…波動を起こすように大地を″振動″させた。


その″声″…あるいは、″咆哮″だろうか。それは人々に、これまで感じたことのない″恐怖″を味合わせていた。…まるで、この世の終わりが来た「審判の日」がやってきたかのごとく…人々は、その″咆哮″に畏怖し、硬直していた。


だが、この″声″こそがまさに、大召喚術師ギャザ・オーケントールが、″ドラゴン″を召喚させたという証左。



「…何かが、やって来る」


ビアンカ・ラスカーは、紅い渦の中から垣間見える″影″を目にし、呟いた。



「…あれは……」


渦の中から現れたのは、″巨大な″影。…それは遙か上空にいるにもかかわらず、誰の目から見てもわかるほどの…大きさだった。


翼を畳み飛翔している…″紅蓮″の鱗を身につけた巨体…


全身に覆われた鱗からは、時折り炎が迸り火の粉が舞い…眩い″火の雪″を降らしていた。その全身の先には、強靭で頑強な太い首が伸びている。

首から先も、やはり炎で纏われた″紅い″皮膚で覆われている。その炎の紅は、苛烈で激烈で…しかしどこか神々しいほどの″美しさ″も孕んでいた。


首の先にある顔面部には、″怪物″と呼ぶに相応しいほど、鋭い牙の羅列。そして″紅蓮″の鱗で覆われた全身とは対比的な、″蒼(あお)い″眼光。まるで″宝石の塊″の如く…美しくも鋭さを放つ、蒼い眼。


「…あれが、ドラゴン……!

すごい…はじめて見た……!」


ラスカーは、空高く飛翔しているその″存在″に、感動に近い声を漏らしていた。


魔道士達にとって″ドラゴン″とは特別な存在だった。おおよそ大多数の魔道士が召喚する″使い魔″とは、格が違う。


「ドラゴン。…伝承上の存在ではなく、本当に実在した…」

マーカスもまた、並々ならぬ興奮を覚えていた。


一般民衆にとっても…ある意味伝承上のみで語られた特別な存在。自分達は、まさにその″伝説″の存在を、この目で見ている…

その圧倒的な存在感は、″使い魔″と表現するにはあまりに控えめな表現である。


ドラゴンは、折り畳んでいた両翼の翼を広げた。ただでさえ巨体な全身よりも、更に大きく至大な、ドラゴンの翼。



そしてドラゴンは、おおよそ首都全体に響き渡るほどの……咆哮をあげた。



「——————っ!!!」



それはまるで、大地を裂きそうなぐらいの…大きく激しい咆哮。

人々は、このドラゴンの″叫び声″に、恐れ慄いた。

…まるで、この世の終わりが来たかのように、人々は頭を抱えて…地面に伏していたのだ。…ドラゴンの、あまりの″声″の迫力に圧されて。


「凄い咆哮だ…」

例に漏れず、マーカスも耳を塞いでいた。


「正直言うと…ちょっと怖いですね…」

メアリーは率直な感想を述べる。


…たしかに。普通の感覚ならば、ドラゴンは″恐怖″の象徴そのものだ。伝説のみで語られる、″破壊″の化身…

人々がこの場から逃げ出していないのは、ドラゴンがこのパレードの″一環″のひとつであると、理解しているからだろう。…だからといって、ドラゴンへの恐怖心までは消すことができないが。


空高く飛翔しているドラゴン。その姿の発現だけでも、行事の開幕としては十分すぎるほどの格段さではあるが…


更にドラゴンは地上の人間達に、自らの″力″を見せつける。



″彼″は空中で飛翔しながら——開口していた。



口の中から紅く眩い閃光が発せられ、その奥から紅蓮の波がせり上がり———

人々が理解するよりも早く… 一瞬のうちに、青かった空は、ドラゴンが吐き出した″炎″によって、″紅一面″に染められていたのだ。


″炎で覆われた空″


それを見た人々は、終末の時がやって来たかのような…憂懼な絶望感に襲われていた。そして同時に、ドラゴンが吐き出した激烈な炎が、もし我々人間達に向けられた時のことを想像し、「恐怖」した。


…そんなことは、絶対にあり得ない…


いや。″あってはならない″、と願いつつ…



「…パフォーマンスにしては、随分と刺激が強すぎるな…」


ゲーデリッツ長官が、呟く。


「…長官。ドラゴンを召喚し続けるのは、多大な労力と精神力を要します。…あまり長時間、召喚し続けることは出来ません」


ドラゴンの召喚者たるギャザが、額に汗を流しながら、ゲーデリッツ長官に告げる。


″使い魔″を召喚する″召喚術″の魔法は、使い魔が強大であればあるほど、魔道士の肉体的負担が大きい。″ドラゴン″という最強の″使い魔″を使役できるのはギャザだけであるが、その彼ですら、ドラゴンを長時間召喚し続けるのは不可能なのだ。


「…ああ、よくやってくれたな、ギャザ。

″パフォーマンス″としては、もう十分だろう。…召喚を解きなさい」


ゲーデリッツに指示され、ギャザはドラゴンの召喚を解除する。


召喚を解除された使い魔は、ただちに消失する。

宙高く飛翔していたドラゴンは、″解除″されて、まるで″炎の雪″のように、美しく鮮やかな火の粉を散らせながら、炎の波動とともに、その全身を″霧散″させた。


「…ドラゴンが、消えた…?」


「…召喚を解除しただけですよ、メアリーさん。死んだわけではありません。というか、使い魔はまず死にませんが。」


驚くメアリーに、ラスカーが冷静に解説をしていた。

″使い魔″は通常、召喚術の魔法解除によって、消失する。″消えた″あとの彼らの存在が、一体どこに行ってるのかは、誰にもわからないが。


「…凄かったな…」


マーカスは、余韻に浸るように感想を述べる。彼はドラゴンの姿に感動すると共に、ある種の″畏怖″のような感情も抱いていたが。


(しかし、あの姿……)


マーカスは、初めて見たドラゴンの姿に…

初めて見たはずのドラゴンの姿に…既視感を抱いていたのだ。それがなぜなのかは、わからないが。


(そうだ、あの美術館だ…)


マーカス達が、首都アルベールに向かうまでの道中、立ち寄った町。″ミールウォルズ″の美術館で、彼が見た″絵画″。

作者不詳のその″絵″に描かれていたもの。


鮮やかな夕陽によって照らされる廃墟の町。その町を見下ろす、巨大な翼を持った生き物の後ろ姿。どこか寂しく、哀しい、その後ろ姿… その姿に、ドラゴンが酷似していたのだ。


(あの絵は……)


無論、マーカスの思い込みかもしれない。



(……ドラゴン?)



とは言えマーカスは、記憶は良いほうだが。







ドラゴンによる「開幕合図」が終わり、ようやく地上のほうで展開される、パレードが始まった。


歌劇隊によって奏でられる″エストリア国歌″とともに、パレードの一団が行進する。


パレードの先陣を切るのは、衛士隊の一団。黒と赤を基調とした服を纏い、歩く動作から歩行間隔まで、寸分の乱れもなく縦横に調律された一団。その″歩く姿″そのものが、一種の芸術のように美しかった。


その後方からは——太鼓をはじめとした、多種多様な″打楽器″を奏でる一団。

それは、人間ではなかった。

魔道士が使役する″使い魔″たちだ。


華美な装飾を施された巨大なエレファントの上には、太鼓を叩く″8つの腕″を持つゴリラ。

その周囲には、黄金のアクセサリーを身につけた″クジャク″が、愛らしい鳴き声を出しながら行進している。″鷲の翼″を持ったフラミンゴは、歓喜するように飛び回り、パレードの列にいた人々のギリギリまで近づいて、誘惑するような官能的な踊りを見せる。


パレードを進む使い魔達は、ライオンや馬といったオーソドックスなものから、およそ″合成獣″とでも言うべき面妖な容姿をした使い魔達まで…まるで「使い魔の展覧会」とでも表現すべき多様さで溢れていた。


「…まあ、かわいい」

メアリーは、″虎″ほどの大きさの体を持つ″猫″に近付き、頬擦りしていた。


「メアリー、気をつけなさい。襲われたら怪我するぞ」

不用意に″使い魔″に接触するメアリーを、マーカスが注意する。


確かに、迂闊に使い魔には近寄らないほうがいい。しかし、このパレードに出ている使い魔達は、人間達に一切の危害を加える様子もなければ、警戒して″威嚇″する使い魔もいない。…よく訓練された使い魔達であるようだった。


先程のドラゴンによる″激しい″パフォーマンスとは異なり、こちらのパレードのほうは、市民達にとっても純粋に楽しめるものだった。パレードの周囲は民衆でごった返していたが、ラスカーはこの喧騒の中にあっても、周囲で騎士団や衛士達が、″怪しい者″がいないか目を光らせていたのを発見する。


″守護者″様に万が一のことがあってはならない。…分離主義者達が紛れ込んでいて、もし″守護者″に危害を及ぼすようなことがあれば、それを全力で阻止しなければならないからだ。


パレードはしばらく続いていたが、このパレードのメインは、見事な演奏を奏でる楽器隊でもなければ、派手な使い魔達でもない。

パレードの大トリ。最後尾に現れるであろう、″守護者″こそがこのパレードの主役。



″それ″がついに、姿を現した。



″守護者″様を乗せた御輿が、″大神院″の本部から、姿を現したのだ。


やはり使い魔と思われる、合成獣のごとく奇怪な容姿をした生き物が、守護者を乗せた御輿を牽いていた。

蛇の尻尾を持ち、獅子の体に生えた4つの翼。そして頭部もまたライオンのそれだったが、眼は″8つ″存在している。この極めて面妖な見た目の使い魔も、しかし民衆達は気にならない。

…それよりも、その使い魔が牽いている御輿…そこに″守護者″が乗っているという事実に、人々は興奮していた。


だが興奮しているからと言って、騒ぎ立てることはない。この国の最高権威たる″守護者″の前で大声を出すことなど、守護者様への″不敬″に当たるからだ。


…その代わり、パレードの最後尾から通りを進んでいく″守護者″の御輿を前に、民衆が取った行動——


それは…皆が片膝を地面につけ、右手を胸に当て、首を垂れていたのだ。これは、民衆から守護者様に対する、いわば″信頼と忠誠の証″ということだ。


御輿はベールで覆われ、守護者様の顔をうかがい知ることは出来なかったが、民衆達は次々と膝をついて、ベールの先にいるであろう″守護者″に頭を垂れる。


まるでドミノのように…御輿が目の前に来ると、人々は膝をついて頭を下げる。守護者への忠誠があろうがなかろうが…

「皆がそうしてるから」という行動の伝播。

あるいは「そうしなければならない」という、極めて″歪(いびつ)″で同調的な一体感。

…無論、誰も「不敬罪」にかけられたくないという、前提があってのことだろうが。


しかし、「守護者」を否定する″分離主義者″にとっては…不敬罪など関係なかった。

彼らは、「法」を恐れない。逮捕されることを、恐れない。それは「狂気」なのか、あるいは「信念」なのか。



「…守護者に……」


やはり、紛れ込んでいたのだ。


パレードの民衆の中に、″分離主義勢力″の人間が紛れんでいた。



「…守護者に、死を!!」



女が突然叫び出し、守護者の御輿の前へと走っていた。…右手には、銃を構えている。


鳴り響く銃声。


しかし、その銃声は、分離主義者が守護者に向けたものではなかった。



撃たれたのは、女のほうだった。



パレードを逐一監視していた騎士団の銃手が、女を狙撃したのだ。



「はぁ…!はぁ…!」


女は、撃たれて胸から血を流す。息も絶え絶えな彼女は、守護者への″テロ″の失敗を確信し、自殺しようとする。


…しかし、女が自決するよりも早く——守護者の御輿を牽いていた″合成獣″のような使い魔が…その8つ眼の一つから、紫の光線を女に向けて放っていた。その光線が女の体に直撃する。


「いや……やめて——」


そして。悲鳴をあげる間もなく、女の肉体は分子レベルにまで粉々にされ、″砂″のごとく、女の体は崩れた。肉体一つ残さず、女の体は消失した。


まるで「守護者」の進む道には、死体を置くことすら許さない、と示すかのように…


民衆は、″分離主義勢力″による突然のテロ行為に、一時騒然となりかけたが、それも一瞬だった。″騎士団″と、8つ眼の″使い魔″によって、一瞬のうちに女は始末された。故に、また守護者の御輿の道中は、再度の静けさが戻っていた。


言うまでもなく、その一連の光景は、民衆にとって″恐怖″の感情を抱かせていたが。彼らの頭には、使い魔によって″砂″のごとく″崩れた″女の光景が、しばらく残ることだろう。それと同時に、「守護者に危害を加えようとすると、こうなる」という、当たり前だが残酷な事実を、否応なしに頭に刷り込まれた。






「…もうすぐ、守護者がやってくるな。」


″ガルド騎士団″の団長、スペンサー卿達は、アルベール中央広場に設営された″式典場″の主賓席にいた。


行事のメインは、この式典場。パレードが終わった後、守護者の御輿が到着する最終地点が、この式典場だ。


「…パレードの警護は、″穏健派″の騎士団達に任せて…わたくし達は、式典への参加のみ。…随分とまあ、大神院に信用されていませんわね、わたくし達。」


主賓席には″シュヴァルツ騎士団″の団長、アンバー・フェアファックスの姿もあった。


「…大神院から信用されない。それは誇るべきことだ、フェアファックス。」

スペンサーが、フェアファックスに返答する。


…大神院に敵対的な騎士団″強硬派″メンバーは、この行事においても、極力″守護者″から遠ざけられていた。それは、必然かもしれない。

騎士団″強硬派″が、大神院を敵視しているということは…「名目上」大神院の頂点である″守護者″をも敵視している可能性が高いのだから。


「…パレード中にも、″分離主義勢力″が仕掛けたみたいねぇ」


エストリア騎士団の副団長、キーラ・ハーヴィーが、呑気な口調で言う。キーラの言葉に、スペンサーが言葉を返す。


「…ああ。連中に守護者を始末することなど、不可能だろうがな…

騎士団の監視がある上、御輿を守る″ギャザ″の使い魔…

あの状況下で、暗殺など出来んよ。

…まあいいさ。どの道やつらに、たいした期待などしておらん。」


「…敵の敵は味方、ということでしょうか。スペンサー卿。」

フェアファックスがスペンサーに尋ねるが、彼は返答はせず、意味深にほくそ笑んだ。



「…くだらん行事だ。早く終わってほしいものだな」


キーラ・ハーヴィーの右隣に座っていた″ロータス騎士団″の団長、ジェイコブ・ウッズが呟く。ルークの移送任務の道中、行動を共にしていた彼も、騎士団″強硬派″のメンバーだ。


「ジェイコブぅ?退屈なら、眠っていればいいわぁ。後で私が起こしてあげる」

キーラが、冗談めいた口調でジェイコブに言った。



「…まあそう言わずに、しっかりと拝んでおこうではありませんか。もう″二度と″、このような行事を観ることも…ないのかもしれませんからね…」


不吉な言い回しでそう言ったのは、強硬派メンバーの一人。落ち着き払ってはいるが、″氷″のように冷たく、冷徹な声。老齢というほど歳を重ねてるわけでもなく、かといって若者というほど若くもない、その中間。

…しかし、病人のように″真っ白″で病的な肌は、その人物の年齢を殊更不明瞭なものにさせていた。…まるで人間の命を吸い取って、生きながらえる吸血鬼のごとく。


彼の名は、ジェイデン・キャラウェイ。

″ヴィーコン騎士団″の団長だ。



「…守護者が生まれて20年。世界大戦が終わって10年。この10年周期…実に、良い節目だとは思いませんか?」


不気味な仄暗い声で、そう語るキャラウェイ。



「…たしかにな。守護者が生まれて20年…実にめでたい年ではないか。この年を、良きものにしよう…」


やはりスペンサーは、不吉な笑みを浮かべてそう語っていた…









「…久しぶりですね、ゲーデリッツ長官」


「…シャーロット王女」


式典場の中央には、シャーロット王女をはじめ、エストリア王国の要人達が、守護者の来訪を待っていた。守護者への忠誠を示す″誓い″の儀式が、ここで行われる。


「…今更ではありますが。ルークの移送任務の手筈を整えてくれて、感謝致します。」


シャーロット王女は、ゲーデリッツに労いの言葉をかける。


「…いえ、私など何もしていません。

騎士団達のおかげですよ…」


「…ですが、″黒き魔法″を行使するルークの存在…貴方がそれを教えてくれた。それがきっかけで、私は″希望″を見出すことができた…」


「…希望、ですか…」


「はい、″希望″です。あるいは、別の言い方をすべき、かもしれませんが…」


王女の包んだ言い方を、しかしゲーデリッツは殊更追求するつもりはない。


「…ルークがうまく、あの″秘宝″を見つけだしてくれたら…私は彼に報酬として、彼が欲するものを与えるつもりです…」


「…王女。ルークが欲するものとは、何なのですか?」


ゲーデリッツ長官が尋ねると、王女はしばし間を置いて…胸を握りしめて、返答する。



「…彼は、″記憶″を欲しました」


「記憶…?」


それはゲーデリッツにとっても、意外な答えだったが、決して理解できないわけでは、なかった。


「…ルークは、昔の記憶を失っています。そのことに彼は不安を覚え、自分が何者かを見失っている。…だから彼は、″記憶″を取り戻そうとしているのです。」


「…貴方が、ルークにそれを提供できる、と?」


ゲーデリッツの問いかけに、シャーロットは答えない。



「……王女。失われた記憶を取り戻せば…ルークは、自分自身を取り戻せるのでしょうか…?」


ゲーデリッツの言葉に、やはりシャーロットは答えない。…代わりに。彼女は逆に、ゲーデリッツへ問いかけた。

 


「人がなぜ、記憶を忘れるのか、わかりますか?」



王女の問いに、ゲーデリッツは言葉を詰まらせる。彼の言葉を待つより早く、王女は言葉を続ける。


「…忘れなければならないから、忘れるんです。…″思い出さない″記憶には、痛みがあるからです。それは哀しみか、あるいは苦しみか…」


話しながらシャーロットは、ゲーデリッツに背を向ける。背を向けた王女の表情を、伺い知ることは出来なかった。



「…だけど、ルークが選んだんですよ。


…″思い出す″ことを、彼が選んだ。


…たがら私は…彼に協力します…」


そう言いながら話すシャーロットの声には、ほんの僅かな″哀しさ″が内包されているように、感じられた。


しばしの間を置いて、今度はゲーデリッツが口を開く。


「…王女。では、″忘れられない″記憶とは、何なのです?」


それは唐突な、ゲーデリッツの問い。


「…哀しみは怒りに。怒りは苦しみに。…それは、決して消えることのない″螺旋″のようなもの。″忘れられない″人間だって、いるはずです…」


逡巡するようなゲーデリッツの言葉。その言葉に思いをめぐらせ…シャーロットは言葉を返す。


「…たしかに、そうです。

…私も、″忘れられない″人間です。

…変わることが出来ない。

″過去″に囚われて、同じことを繰り返そうとしている。

…でも、それで良いんです。″譲れないもの″が、ありますから。


…ゲーデリッツ長官…あなたは…」 


シャーロットは、ゲーデリッツの方に振り返り、彼に問いかける。



「あなたも…忘れらないものが、あるのではないのですか?」



王女に問いかけられたゲーデリッツの顔は、硬直した。

まるで、顔を動かす全ての筋肉が消失したかように…ゲーデリッツの顔面は、一才の″表情″を失っていた。


そして彼は、空虚なまでに″寂寥″とした声を、

″ひり出し″ていた。


「…忘れられたら、どれほど楽だったろう…」


それは王女への返答なのか、自分への返答なのか…

 


「だがそれは、永遠と心の中を蝕み…″亡霊″のように、私を掴んで離さない…」



それはあまりに仄暗く…澱んで、掠れ、

″ひしゃげた″声。



「…だから私は、生きている」



死に場所をなくした″魂″は、その存在を″醜く″輝かせる。それは、誰にも救済することの出来ない″亡霊″そのものなのかもしれない。


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